「ねえ、カラスが頭いいって、ほんとの話?」と、突然ツマが言った。
ちょっとカラスに批判的な声音である。
「うん、まあ、そういわれてるけどね、世間じゃ、一応……」
「お向かいのマンションの屋上だけど、二本目なのよ」
と、ナゾのようなことを言う。こういう場合は、黙って聞いていればいいのである。
「私が目撃した二本目なんだけど、カラスって、マヨネーズが好きみたい。まだちょっと中味が残ってて、外側からそれが見える状態になってるマヨネーズってあるでしょ?」
そのマヨネーズを、カラスがなんとか食べたいと悪戦苦闘するサマを見ていたというのである。
カラスは、マヨネーズの味とか形態については、頭に入っている様子なのだった。
「ックショーッ、コレ、ンマインダヨナー、コレ、スキナンダヨナァ」
と、カラスがいいたそうにしていたそうだ。
何度も容器を投げつけたり、ピョンと全体重でのっかってみたり、しばらく眺めていたりするのである。
「アソコニ、見エテンノニナァ」という目付きであったそうだ。
クチバシで突っついてみたりも、もちろんする。
「でも、マヨネーズの容器って、けっこう強いのよ」
カラスはいろいろ、さまざまに努力した結果、どうも諦めたらしい。あの、隅の方にコロンと投げ捨てたと思ったら、バフバフって、あっちのビルに行っちゃった。
「ていうことは、あの赤いフタ、ついたまんまなんだ」
「そう、アタシの思うには、赤いフタついてない状態で、マヨネーズなめた経験があると思う」
だから、たとえば容器に乗っかって、中味を移動させる、っていうようなワザは、既に持っている様子だったというのである。
ところが、あの小さな赤いフタをとるってことが出来ない。
「クルッて回す、そのことに思いいたらない」のがジレったいらしいのだった。
「教えてやりゃあよかったじゃない、こうくわえてグリッグリッって顔回して……」
なんかスキマで固定しといてからキャップくわえて、ひねり加える。
「こう、こう」
「そりゃ、教えてやりたかったわよ、そこをクイッと、こう、咬んでクルッと」
全然、こっち見やしないんだもん。
「バッカじゃないの?!」って。
「まァ、しかし、あのネジっていうガイネンはね、相当高度なものらしいからな」
「だって、クッて、それだけなんだから、あれだけいろんな工夫したんだから、あの赤いとこに、なぜ? 着眼しないか?!」
だってさあ、カラスって、クルミ自動車に轢かして、中味食べたりするんでしょ。マヨネーズのフタひとつあけらんないで「頭いい」とか言われてんじゃねえよ、といいたいとのことだった。
それで、結局、あけかたわからずにお手上げなのかと思ってると、さっきまた新たにマヨネーズくわえて、もってきたというのだった。
「それが二本目だ」
そう、私がモクゲキした二本目。だから、ひょっとすると、もう、ものすごくたくさん、くわえてきちゃあフタあけられないマヨネーズが、そこらじゅうに点在してるかもしれない。
「オレはねぇ」
と私は言った。
「カラス頭いいってことに、人間はもうちょっと着目するといい、と思ってんだよ」
カラスにもいろいろいて、人間と同じように、一律に頭いいわけじゃない。マヨネーズのフタひとつ、あけられないカラスも、そりゃいるだろう。
しかし、カラスの中から器用で物覚えのいいのをえらんで、ゴミ袋の結び目をほどいたり結び直したり、チョイチョイっと、そこらを箒で掃いたりするような「天才」がでてきたら、どうか。
カラスは、今ほど目の敵にされることもないんじゃないか。せっかくキレイに整頓して、収集を待ってる状態のゴミ袋をつついて中味を散らかす、ゴミ箱におさまってるゴミをわざわざ引き出して、片づけないでそのまま行ってしまうから、人間はバカにされたような気持になってカラスを憎むようになる。
もーし、だよ、もーし、カラスがゴミ袋を、こうほどいて、必要なものだけ選んでですよ、その場で食べるなり、屋上の方へ持ってくなりしてですよ、あとはもと通り、ゴミ袋結んで、チョイチョイっと、体裁よく並べ直したりしとけばですよ。
ちょっと早目の出勤のおじさんかなんかに声かけられるよ、
「あー、毎朝カンシンだねえ、ゴクローさん」
「いえいえ」
「いえいえって?」
「いや、だから、カラスがさ、答えるわけですよ、中には積極的にアイサツするようなのも出てくると思う。オハヨウ、オハヨウ、オターケサン、オハヨウ、オハヨウ、オターケサン」