事務所のガジュマルに水をやっていて、奇妙なモノに気がついた。
「こりゃ一体なんだ?」
トックリを逆さにしたようなものが枝にとつぜんなっている。それがあまりにも堂々と見事である。
土壁のような上品な黄土色で、濃淡のシマ模様がある。自然物のようでもあり、アフリカの民芸品のようでもある。
大きさは一〇〇ワットの電球くらい、電球にしては首の部分がとても細く形の印象は、ずんぐりさせた小ぶりな一輪挿しといったところ。
表面の質感から、即座に想像したのはハチの巣だが、形はぜんぜんハチの巣とは違う。そば屋の床の間かなんかで見たことのある、スズメバチの巣は、全体がややたわんだ球形だった。表面の模様も、どちらかといえばウロコ状だったような気がする。しかし、その色とカラリとした質感が、とても似ている。
ハチの巣に水をかけたりすれば、ハチはオドロいて、その後私を恨むにちがいない。私は大事をとって、水まきを中止した。
「あのさァ、いまベランダで水やってたらさァ」
と私はツマに電話した。
その日は日曜日なので、ツマは自宅でアイロンがけしてるとこだ。
「おそらく宇宙人の小さいヤツだと思うんだけどガジュマルの木に着陸してんだよ」
「ふーん」
「とにかく、今まで見たことのないような宇宙船なんだけど、とっても小さくてキレイだよ」
「ヘエー」といってツマは電話を切った。
翌日である。出勤すると我々はすぐベランダに出て、その物件を見た。
「う〜〜〜ん」
とツマはうなっているのである。
「な?!」と私はいった。ヘンだろ? 宇宙人の仕業としか思えない。
「うん」ものすごーく「上手」に作ってある。
宇宙船には見えないけどとツマはいった。
「ハチの巣かもしれないとも思ったんだけどさ、こんなトックリみたいな巣つくるハチっているかね」
「いるとしたらトックリバチだね」
とツマはいった。そんなものはいない、と思ってそういったのらしい。
「近頃はこういうわからないことがあったらインターネットでケンサクとかするんだろ」
と私はいった。せっかくパソコンあるんだからそれやってみろよと提案したわけだ。
ツマはその気になったらしい。しばらくコンピューター室に閉じ籠って、ケンサクとやらをしていた。
「伸ちゃん!!」
いたよォ、トックリバチってのが本当にといって出てきた。さっそくコンピューター室に入って、画面を見せてもらう。
トックリバチは、トックリ形の巣をつくるハチである。トックリ形の巣をつくるのでトックリバチである。ところが、その出てきた写真を見ると、ガジュマルの木になっていたのとは、まるで趣きが違う。
うちの、アフリカの工芸品と見紛うような見事なつくりと比して、トックリバチのトックリは、小学生の楽焼きのようで有り体にいってヘタクソだ。全然違うな、全然違う、と私はいった。
「そうだね、全然違う」とツマもいって、念のために「トックリバチの巣」でケンサクをしてみると、何件かあけていくうちに、「あっ!!」と二人で叫んでしまうくらいソックリのトックリが出てきたのだ。
どうやら、それもどこかの一般家庭の植木に、トツゼンなっていたらしい。「お父さんはトックリバチだというんですが」といって、コドモが昆虫館のHPに写真を送ってきたのだ。
昆虫館の係の人の回答。
「この巣はトックリバチの巣ではありません。コスズメバチという種類のハチの巣でそのままにしておくと大変危険です。いまのうちに、処置して下さい」
というような意味のことが書かれてある。ヤヤヤ、やっぱりスズメバチだ!! 巣のテッキョは素人の手に負えないゾ、区のサービス課に電話して保健所から係の人にきてもらうことにした。
サッシをピッタリ閉めて、我々はまるでコレラかエボラ出血熱を恐れる、どこかの先住民のようなのだった。
「保健所、どんなカッコでくるかな、カサンドラクロスみたいかな、ゴーストバスターズみたいかな」
「防護服は白いほうがいいんだよね」
とかと、いっているうちにチャイムがなって、ものすごく速攻で保健所は到着したのである。
ドアをあけると、三人もいる。ところが三人がそれぞれ、家庭用の殺虫スプレーをもっているだけで、全然、フツーのカッコなのだった。
しかも、巣を見ると「あー、こりゃトックリバチだ」と間違ったことをいいながら、スプレー缶を早くもカチャカチャいわせている。いや、アノ、それはコスズメバチの巣でとても危険でといい終わらないうちに係の人はスプレーをシューッと、巣の口に無造作にかけてしまった。
ワ、ワ、ワ、どうなるか!! と思ったら、どうにもならなかったのだ。係の人はアッサリ帰っていった。
問題の巣は、今、机の上にある。