「うるさいなソコ」
とオジさんは言った。たまりかねたという声音である。
実は私たちもたまりかねていた。
私たちは、私とツマ。温泉旅行へ行く新幹線の車内である。五つくらい前の座席にいる若いOL風四人組の、オシャベリの声が車両じゅうに響きわたっている。
女の子たちも、おそらく旅行なので、ウキウキして、オシャベリの声のキーが上がっているのだ。旅行気分がさせているのに違いない。
しかし、そこに居合わせた乗客はみんな、ちょっと俯くようにして思っていた。
「るさいなあー」
オジさんの声は思いのほか通ってしまった。みんなもちょっと、たじろぐような通りかた。みんなが遠慮して空けてた道を、ストレートに通り抜けたような具合だった。
さすがにオシャベリはピタリと止んだ。鮮やかに一本きまった感じ。
ちょっとした空白の時間があって、ツマが囁いた。
「あの言い方は失敗……」
「え? 何で?」
「だってあれは最後のセリフだよ、あのコたち今、なーに変なオヤジ! って一斉に思ったよ」
ちょうど先生が、授業中に黒板に向かったまま「注意」したみたいな言い方だったというのだ。あの言い方だと若いコは、「反発するはずだ」と見た、らしい。
あれでは次にもう一度、うるさくなったとき、同じセリフはもう使えない。
「そうかなあー」と私は異存がある。以前にツマと二人でイタめし屋にいた時だ。隣のテーブルの八人グループが、全員、異様に大声! まるで暴風雨の甲板上で「談笑」してるみたいなのだ。全身全霊をこめて喋って笑う。ものすごくうるさい。
私はそれを「スゴイ顔してニラみつけてた」らしい。ツマが言った。
「ダメ! そんなにニラんじゃ」
事が荒立つというのだ。しかし、それは無法者を助長する考えではないか? と、私は思ったものだ。
が、果たしてツマの予想は的中したのだった。ほんの四、五分もした頃だろうか、四人組のオシャベリは、先刻と同じボリュームに戻っていた。
どうやら、自分達と対立してるのは、あのヘンなオヤジだけだ、と判断したらしい。あきらかに反抗的である。
オジさんは咳ばらいをした。果たして完全に無視された。
と、オジさんは、やおら立ち上がると、ツカツカと四人組の席の方へ歩いて行った。
またピタリ……とオシャベリは止んだ。オジさんはどうしたのだろう? と、しばらくすると、また四人組がペチャクチャ喋り出した。
どうやら、オジさんは、再度注意するべく立ち上がって、近づいて行ったところ、ピタリと止んでしまったのでそのまま通過して結果的にトイレに行ってきたらしい。
あるいは単にトイレに行くつもりで通りすぎただけですよ、という形をとったのかもしれない。
しかし座席に戻ってくると、オシャベリは完全に旧に復してしまっていた。私はオジさんに同情した。オジさんの頭の中は今や、いまいましいOLの事でイッパイになっているはずだ。
お弁当を食べるのも、新聞を読むのも心ここにあらず、その「いまいま、いまいま」しい気分の波動がはっきり伝わってくる。
おっと、オジさん、また立った! 再度トイレ作戦か? 通過すると、オシャベリはフェイドアウトする。
本当なら、ここで私は立ち上がるべきだったかもしれない。でもって、あの座席まで行って、
「うるさいと思ってんのは、あのオジさんだけじゃないんですよ、このオジさんだってうるさいと思っている!!」
とハッキリ言ってあげるべきだった。
「どうかなあ、それは」
とツマは不賛成らしい、ヘンなオヤジが二人に増えただけだというのである。
けしからん話ではないか?!
私は、こういう、公共の場所で常識はずれの馬鹿声を出したり、馬鹿笑いをしたりする馬鹿が大嫌いである。
そんな馬鹿がいると、だから私はニラみつける。しかし、そんなことでは馬鹿には通じないのだ。馬鹿には馬鹿に分かるように、ハッキリクッキリ言ってやるしかない。
そういえばそういう実例が、ついこの間あったのだ。東京に帰ってくる新幹線の車内である。
馬鹿笑いと馬鹿声のオヤジ四人組、何がおかしいのか、何か言っちゃあ、ドッと笑う。馬鹿声で休みなく話し込んでいる。
乗客のうちから一人、二〇代の青年が立ち上がってツカツカとその席に近づいた。
「あの、すいません、眠って帰りたい人もいるんで、ちょっとお静かにしていただけませんか」
とても静かな口調だった。
われわれは即座に静かになった。たしかに、うるさかったんだろう、と思ったからだった。なるほど、気がついてみると、騒いでいたのはわれわれだけだった。
われわれが黙ると、車内はしんと静かになってしまったのである。
楽しく会話している時、われわれはどうも馬鹿声を出しているみたいだ。それで、アハハ、アハハと馬鹿笑いする馬鹿野郎になっているらしい。