クリスマスが近づいてきた。
今さら「イヴは二人で」などというガキではない。ないが……しかし、イヴにいつもと同じように原稿を書いているというのは、あまりにも淋《さび》しい。淋しいが……しかし、今年のイヴはどうも私は一人ぽっちになりそうなのである。大人の女というのは色々あって、何というか、突然予期せぬ事態を招いたりするものなのである。どうせならクリスマスが過ぎてから、予期せぬ事態を招けばよかったと思ったがもう遅い。
「イヴは原稿かァ……」
と思った時、ファックスが来た。脚本家の井沢満からである。
「イヴを去年までは何とか運よくしのいできたけど、今年はついに一人ぽっちの僕です。かといって積極的にそのためのスケジュールを用意する気もないけど。食事くらいは誰かと仕組めるけどメンドくさい。成りゆきまかせのイヴでしょう」
私は目の前が明るくなった。そうだった。私には井沢満という強い味方がいたのだ。困った時の井沢満! これである、これである。私はすぐにファックスを返した。
「よしよし、イヴは私がつきあってあげる。私と過ごしたがってる男はもちろんいるけど、何でアータをひとりにしておけましょう。シャンペン持って行くからサ。待ってなさい」
すぐに井沢満から返事がファックスされてきた。
「ワハハ。笑ってしまうね。あの内館牧子がイヴにあぶれてるってさ、最高。誰かと別れたんだな、これは」
このファックスは私のプライドを大いに傷つけた。すぐに返事を送った。
「あぶれてなんかねーよ。アータが可哀相だからよ。私みたいないい女と別れる男なんているわけないでしょ」
すぐに返事がきた。
「僕だってアテはあるよ。『青春家庭』のご縁で土肥《とい》の人たちが�井沢満を囲む会�ってのをやってくれる。土肥には僕の署名入りの石碑ができるかもしれないんだよ。初めは石像って言われてさすがにこれはやめてもらった。でも何だかこうしてファックス書いてたら、イヴは淡々とやり過ごせそうな気もしてきたよ」
私は笑い転げて返事を書いた。
「アータって爺《じい》サンみたい。石碑だの、淡々とやり過ごせそうだのと、枯れたこと言うんじゃないの。この内館牧子が言い寄る男どもを振り切って、アータと過ごしてあげようって言ってんのよ。よし! イヴは二人だ。いいねえ、何か恋人みたいじゃん。ホントはあぶれ者の寄りあいって噂《うわさ》もあるけどサ」
すぐにまた返事が来た。ホントに二人とも原稿書けばいいものを!
「いいよ。うちにおいでよ」
しかし、土肥の方たちに申し訳ない気もして、私はまた返事を送った。
「じゃあ、イヴは流動的に約束しておこう。土肥に行きたくなったら行けばいいし、お互いキープってことにしとこうよ。これがあぶれ者の智恵ってヤツよ」
すぐにまたファックスが鳴った。
「うん、キープでもいいよ。どうせ捨てられるのはこっちサ。ただし、キャンセルは四日前に頼む。四日前って別に根拠はないけど、あぶれた時の心の準備期間ね。もし実現の場合は、簡便な食事と小さなケーキと、ローソクを用意して待ってるよ」
私は笑って笑って返事を送った。
「ブハハハ! おかしー! 簡便な食事だって。すっげえ爺サンくさいボキャブラリー持ってんだ。でもイヴにはピッタリだ。馬小屋で簡便に生まれた人の夜だからね。でも私、簡便ヤだよ。ゴージャスが好き。メニューは、
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
㈰お寿子《すし》(アータが用意する)
㈪ビール(アータが用意する。キリンラガーにしてちょうだい)
㈫コーヒー(アータがいれる)
㈬ケーキ(アータが用意する。デコレーションはおいしくないから、普通のにしてちょうだい)
㈭シャンペン(私が持って行く。でも開けるのはアータね。あれ恐いから、私ヤ)」
[#ここで字下げ終わり]
と書いて、私はこれのどこがゴージャスかと涙が出た。本当に私は根っから地味な女なのだ。何て可愛いのかしら。そして最後につけ加えて書いた。
「言っとくけど、ローソクって言わないでね。キャンドルでしょーが。ローソクは仏壇!ホントにアータって爺サンくさいからイヤになっちゃう」
しばらくすると返事が来た。
「あいかわらずわがままだよね。わかったよ。キリンラガー買っとく。言っとくけど他の銘柄が家の中にゴロゴロしてるんだよ。特別だからね。それと新しいコーヒーメーカーが複雑にバカで、よく使えないけどこれも学習しとくよ。ケーキはマキシムのをご用意しときましょう」
私は一人でムフフと笑った。よしよし、これでとりあえずイヴはキープできた。すると某女優からファックスが入った。
「イヴはどうするの? 私は運がよければ仕事。運が悪ければ……ああ、一人ぽっち。私は十二月二十四日を�サタンの日�と名づけました」
何という心強いファックス。美しい女優までがあぶれて、サンタの日ならぬ悪魔《サタン》の日と名づけているなんて。私はすぐに彼女にファックスした。
「井沢満をキープしたから、アナタもあぶれたらいらっしゃいよ」
即、彼女から巨大な字が届いた。
「行く行く! 仲間に入れてー!」
イヴはやっぱりサタンの日である。