パリから帰って早くも一か月近くになるが、友人知人からの電話の挨拶《あいさつ》に、ひとつのパターンがあることに気づかされた。
「向こうでいい男とめぐりあった?」
必ずと言っていいほど、こう聞かれる。これはもちろん、相手は本気でそう聞いているわけではなく、「どう? 忙しい?」くらいの挨拶と同じ意味で言っていることはよくわかる。ところが、この一か月というもの、来る電話、来る手紙、来るファックスの非常に多くが、この言葉で始まっているのである。初めのうちは私も答えていた。
「私は日本人の男が一番好きなの。それで、力士みたいな巨漢が好きだって、知ってるでしょ。この私がスマートなフランス人やイタリア人に、クラクラするわけがないじゃないの」
しかし、本当に来る日も来る日も、挨拶がわりに「いい男、いた?」と聞かれているうちに、答えるのがバカバカしくなってきた。そしてそのうちに、これは結構面白いテーマだなァと思い始めてきた。
もしも、私が出かけた国がフランスやイタリアでなかったとしたら、ここまで挨拶がわりに言うだろうか。私は地球上の国を片っ端から思い浮かべてみたのだが、「いい男、いた?」と聞かれそうもない国々というのが、確かにある。そして、私の独断だが、聞かれる国の両横綱はどう考えてもフランスとイタリアなのである。
私の短いフランス、イタリア滞在から第一印象的に断言すると、イタリアの男の容姿は平均点世界一ではなかろうか。日本人の女が好みそうな雰囲気を総じて持っている。私は外国人の男にはうっとりしないタチなのだが、そんな私から見ても、イタリア人の一般人の男たちというのは、かなりカッコいい。サングラスの似合いっぷりなどは、惚《ほ》れ惚《ぼ》れするほどで、こういう男に弱い日本人女性は多いだろうなァと、私でさえ思う。
そしてイタリアのある都市で、私は日本人の女性ガイドに言った。
「何か……町中の男たちがハンサムでセクシーね」
彼女はもう十五年近く、イタリアで暮しているのだが笑って答えた。
「私もこっちに来た時はホントにそう思ったの。だけど長く暮しているとわかります。日本人は、単にイタリア人を見なれていないだけなのよ。だから誰を見てもハンサムに見える。日本人の男のことは見なれているから、一目見ただけでハンサムかそうでないかがわかるでしょ。日本だって、本当のハンサムなんて非常に低い確率ですよね。イタリアもまったく同じです。見なれてくるとよくわかるけど、本当のハンサムは日本のそれと同じに低い確率ですよ」
私はこの言葉に虚をつかれ、そして、感動した。本当にそうだと思う。
何でも大相撲にたとえてしまうが、現在九百人以上いる力士の中で、本当にノーブルなハンサム力士というのは、琴の若ただ一人かもしれない。舞の海もすてきだし、若ノ花もすてきだが、それは見ためより彼らの内容がモノを言っている。切れのいい取り口やチャーミングな笑顔で語る談話の面白さや。
ガイドの彼女は言った。
「先日、日本人の女子大生たちがディスコへ行きたいと言いましてね。私は案内しました。もちろん、踊っている男はイタリア人ばかりです。私は椅子《いす》に腰かけて、帰りの時間まで待っていたんですけど、彼女たちはイタリアの男たちとカップルになって踊ったりし始めたの。別に危ないムードは何もなくて、至って健全でした。ところがチークタイムになって、イタリア人男性に抱き寄せられてチークダンスを踊ったとたん、一人の女子大生が失神してしまったんですよ」
私は耳を凝って、聞いた。
「失神? 男が何かセクシーな動きを彼女にしたわけですか?」
「全然。ごく普通に、日本人の男がやるのと同じように抱き寄せて踊って、彼女の耳元に何か囁《ささや》いただけだそうです。日本の男と同じです」
ところが彼女は膝《ひざ》からガクガクとくずれ落ち、気を失ってしまったんだそうである。ガイドさんは続けた。
「簡単なことなんですよ。ハンサムなイタリア人の腕の中にいるという陶酔がまずあったわけです。そして見上げれば彫りの深い、セクシーなマスクがじっと目をそらさずに自分を見下ろしている。そこにダメ押しで、聞きなれないイタリア語の囁きですから、ロマンチックのあまりに失神しちゃった。見なれた私から見れば、彼はハンサムどころか十人並以下でしたね。それに目をそらさずにじっと女を見るというのは、こっちでは誰でもやるんです。全然、特別な意味なんてないんですよ」
「なるほどねえ。その囁きだって、もしかしたら『ねえ、俺、ずっと便秘してるんだけど、いい薬ない?』って言ったのかもしれないしね」
「そうなんですよ。だけど聞きなれないから、何を言われてもロマンチックに、愛を囁かれたように聞こえるんです」
何とも恐いことである。彼女は笑って言った。
「まだまだ日本人は一部の外国人に弱いですよね。日本人男性だって、こっちの女を見ればみんな美女に見えるらしいけど、本当の美女の確率は非常に低い。見なれた目にはほとんどが不細工です」
改めて思うが「いい男、いい女」というのは中身の力も大きい。一か月やそこらの滞在で、「いい男」にめぐりあえる確率は当然低いのである。