生きていると、いいことがあるんだなァと思う。週刊誌で小林旭さんと対談してしまったのである。
脚本家というのは特定の俳優さんの熱烈ファンであることを言ってはいけないのかな……と思ったりもするのだが、脚本家になるずっとずっと前から、私は熱烈なアキラファンであったのだからお許し頂きたい。
以前、私は全身にジンマシンができて、顔は三倍にふくれあがり、手足の指はウインナソーセージのようになったことがあった。全身が真っ赤にただれ、高熱と吐き気で本当に死ぬのではないかと思う症状が続いた。ところがその症状の最もひどい日に、小林旭さんのコンサートがあったのである。今までジンマシンなど出たこともなかっただけに、私は前もって最高の席を買っていた。
当日は朝からひどい吐き気で、熱も四十度近い。三倍の顔では歩くのにもバランスがとれず、つかまらないと一歩も進めない。両目のまぶたは垂れ下がり、指でこじあけないと目が見えないという惨状。私はベッドの中で、コンサートに行けないくやしさに涙を流していた。
ところがどうしてもあきらめきれないのである。毎日、病院に通っていたので、一応は担当医に、聞いてみた。
「今夜、コンサートに行ってはダメでしょうか。タクシーで行ってタクシーで帰りますので」
医師はすぐに答えた。
「ダメ。途中で死んじゃうよ」
さすがにあきらめざるを得なかった。ところがコンサートの時間が迫ってくると、どうしてもあきらめられない。死んでも行きたい。チケット発売と同時にプレイガイドに走ったというのに、ベッドに伏してなどいられないのである。
私はキリッと起きあがった。不思議なことに「行くッ! 死んでもいいッ!」と腹を決めたら、なぜかヨロヨロしないのである。私は根っからミーハーに生まれついているらしい。外出する私に家族が大反対したかというと、これが誰もしなかった。こういう時にだけ異常な根性を見せる私を、みんな知っているのである。母などは、
「必ず行くと思ってたわ。途中で死んでもいいけど、その顔は他人に不快感を与えるから、目だけ残して隠して行くのよ」
と言った。こういうことは普通、実母は言わないと思うのだが、うちの実母は言うのである。弟は、
「その顔じゃ死んだ時に身元の割り出しに手間どるから、身分証明書になるもの持って行けよ」
と親切なんだか不親切なんだかわからない忠告をくれた。私は本当に家族の愛に恵まれない女なのである。地味で素直な私は、忠告通りに運転免許証をバッグに入れ、帽子をかぶり、マスクをして、サングラスで完璧に顔を隠した。ウインナの指には手袋をした。そして本当に出かけてしまったのである。
タクシーの中では高熱で体中が燃えるようだし、寝込んでいたので足元もおぼつかない。しかし、死ぬのならせめて一曲でも聴いてから死にたいと、本気で思っていた。
ところが「病いは気から」というのは真実である。旭さまがステージにそのお姿を現わすや、私は高熱も足元のヨロヨロも吹っ飛び、誰よりも大きな拍手をウインナの手で送っていたのである。帰りのタクシーの中では「ついて来るかァい」と鼻歌まで歌っていたのだから、我ながら恐ろしい。
そして、これは本当に本当なのだが、その夜を境にジンマシンはどんどん治り、二日もしないうちに完璧に元気になっていた。何も知らない担当医は、
「ずっと安静にしていたからだよ。治り始めたら一気でよかったね」
とご機嫌であったが、何の何の、百日の安静より惚《ほ》れた男の一曲である。
そしてすっかり治ったある日、女友達数人が全快祝いをしてくれた。その中の一人だけが全然楽しそうでなく、私のことをにらんでばかりいる。私はとうとう聞いてみた。
「ねえ、何かイヤなことあったの?」
「牧チャンに頭に来てるのよッ」
他の女友達がゲラゲラと笑い出した。
「私たち、みんなで賭《か》けたのよ。アナタがあの顔で、あの症状でも、旭のコンサートに行くか行かないかって。この人だけが『行かない』に賭けてサ、一人で大負け。ここの支払いは全部この人ってワケなのよ」
「牧チャンが絶対に行くことくらい、普段の熱烈ぶり見てればわかるじゃないのねえ。何しろ横浜市|旭《あさひ》区を、わざと横浜市アキラ区って言う人だもん」
大負けの彼女はプンプンにむくれて、私に聞いた。
「あれ、わざとだったの? 私は単に漢字が読めないバカ女だと思って、いつか傷つけないように訂正してあげようと思ってたのよッ」
まったく他人の死ぬや生きるやの病気をネタに賭けて、あげくバカ女とくるから私は家族ばかりか、女友達にも恵まれていないのである。
こんな熱烈ファンであったので、対談なんて、今まで地味に思慮深く、つつましく生きてきた私への神さまのご褒美としか思えなかった。
対談を終えてから、私はいつかドラマでご一緒させて頂きたいと思い、そう言ってみた。すると旭さまはニヤリと笑って私の肩を叩《たた》いた。
「よし、いい脚本《ほん》を約束してくれたらな」
やっぱり私は地味に努力するように運命づけられているらしい。