突然、テレビ朝日から「大相撲ダイジェスト」にゲストで出ませんかと電話があった。解説の北勝海親方とご一緒だと言う。
今、私は新番組の準備に入っているが、いつも新しいドラマを考えている時はあらゆることを失礼している。新しいドラマのことだけを考えるようにと、自分に命令するためである。しかし、「相撲」と聞けば、それだけで私の頭は正常に働かなくなる。
「自分に命令するのは、名古屋場所から戻ってからにしよう」
勝手にそう決めて、お受けしてしまった。そしてイソイソと名古屋まで出かけたのである。やはり、これはお受けしてよかった。相撲ファンとして勉強になったことこの上ない。何がと言って、まずひとつは「ダイジェスト」の山崎正アナ、松苗慎一郎アナとずっとご一緒に観戦できたことである。
今さらながら、スポーツアナの勉強ぶりには舌を巻いた。お二人が、
「宝物だよ」
と言って見せて下さったのが全力士のデータカード。これは私も早速まねをしようと思っているが、相撲ファンの方は作ってみたらいかがだろう。
ちょうどVHSのビデオテープくらいの大きさのカードを、一人の力士に一枚ずつ作る。そこに過去の勝敗、決まり手をすべて記入。記入欄が足りなくなったら、同じ大きさの薄い紙でカードを作り、ドンドン貼《は》っていく。お二人は過去十年分くらいを貼り足しており、これを開けば力士の変化がすぐにわかる。たとえば、ある力士が急に強くなったとする。カードを見れば引き技が減って、組んで勝つことを覚えたのだとわかる。こういうことがわかると、相撲はますます面白くなるはずである。そして、お二人はまずどんな質問をしても、右から左に答えてくれる。仕事と言ってしまえばそれまでだが、私はファンとしてアマチュアだと思い知らされた気がした。
もうひとつよかったことは、「ダイジェスト」のプロデューサーやディレクターの、相撲を観る目のあたたかさである。そしてきめ細かさである。たとえばスタッフの一人はが勝った一番を見て言った。
「は勝った後で、絶対に転がっている相手に背中を見せないんだよね。勝ち名乗りを受けるために自分の土俵に戻る時、かならずバックで戻る」
私は今までまったく気づかなかった。確かに他の力士は相手が土俵を割るやスタスタと背を向けて、東なら東土俵に戻る。ところがこの日もは、転がっている時津洋に静かな目を向けたまま、後ずさりする形で、自分の土俵に戻って行った。
たぶん、は敗れた力士に対して、サッサと背を向けることは礼節を欠くと思っているのではなかろうか。だとしたら、は日本人よりずっと大和魂《やまとだましい》を持っている。横綱として、精神面の充実を物語るひとつの証拠である。
こういうあたたかな、きめ細かい見方を知ると、単純に「外国人力士は横綱にしたくない」などと言うのは恥しくなるはずである。私は巨漢力士が好きで、技のデパートのような小兵には今ひとつのれないと決めてかかっているのだが、これも恥しいことだと思った。小兵は死にものぐるいの動きで活路を見出すわけであり、きめ細やかに見ていけばきっと「の後ずさり」のようないいものを感じるはずである。
「小兵は嫌い」は、やはりファンとしてはアマチュアであろう。
そして、もうひとつよかったのは北勝海親方の、力士としての心情が聞けたことである。終了後、夕食をご一緒したのだが、本当に何でも話して下さった。
「はたいしたものですよ。僕もずっと『一人横綱』でしたから、それがどれくらい大変なことかよくわかる。場所が始まると、まず考えることは『十五日間、絶対に途中休場なんかできないぞ』っていうことなんですよ。ケガや病気が怖いんじゃなくて、僕が休んだらお客さんに横綱土俵入りを見てもらえないわけでしょう。わざわざ来てくれるお客さんに、土俵入りを見せられないのは横綱として申し訳ない。もちろん、勝ち続けることは第一条件ですけど、横綱の責任というのはそればかりじゃないんです」
現役時代、インタビューにも最低限のことしか話さなかった北勝海親方だが、とても理路整然と話し、その上、かなりユーモラスでもある。
「現役時代は話したくなかった。話すことで自分の体から何かが逃げていく気がするんですよ。愛想よくはできないけれど、そのかわり相撲はキチッと勝って、それで責任を果たしますからという気分でしたね」
どんな話をしても、少しお酒が入っても、北勝海親方の口からは「責任」という言葉が出てくる。
「横綱になった時、嬉しさよりも責任を感じる気持の方がずっと強くて、手放しでは喜べなかったな」
私は聞いてみた。
「貴ノ花、横綱になるのはまだ無理なんじゃないですか?」
北勝海親方はスパッと答えた。
「大丈夫。若も貴も相撲に貪欲《どんよく》だし精神面も弱くないですよ。大丈夫だと思うね」
そして、ふと漏《も》らした。
「しかし、相撲っていうのは本当につらい。僕、もう一度現役に戻れって言われたら、とてもできないな」
私はここまで精根を使い果たす力士という人たちが、もっと好きになった。それだけにファンのプロになりたいと、改めて思うのである。