最近、ジムで筋力トレーニングを始めた。今まではジムの中にあるプールで泳いでいただけで、マシンの並ぶトレーニング室には入ったことがなかった。ところがある日、ほんの気まぐれでトレーニング室をのぞいてみたのである。午前中ということもあって、トレーニングしている人が少なく、インストラクターも暇だったのだろう。私の姿を見るや、ニコニコと近づいてきた。
「体力測定をやってみませんか」
私はこれも気まぐれで、
「そうですね。体力落ちてると思うから、一度やってみます」
と答えたのである。インストラクターは、まず私を身長計にあがらせた。
「えーと、一六七・五センチ」
インストラクターは口に出して言い記録すると、次は体重計の前に私を引っぱって行った。
「ヒェー!」
叫んだのは私である。口には出したくないほど体重がふえていた。
「この体重計、こわれてません?」
私が言うと、彼女はケロリと答えた。
「正しいです」
私は目の前が真っ暗になった。身長が一六七・五センチもあるから、何となくスマートな気でいたけど、アタシは単なる大女だったのね……。
落ちこむ私をインストラクターは、マットの上にあおむけに寝かせた。妙な機械を持ってきて、足首やら手首やらをはさむ。
「内館さんの脂肪値を計ります」
しばらくすると、機械からピューと紙が出てきた。紙には数字がプリントされている。インストラクターはじっとその数字を見ると、死刑を宣告するような口調で言った。
「内館さんの年齢ですと、中性脂肪値は二五が平均です。でも、内館さんの数値は……です」
……のところは、ここには書きたくない。夢にまで見そうな、おぞましい数値だったのである。若い人のドラマを書いているから、何となく若い気でいたけど、アタシは単なる中年のオバサンだったのね……。
「では、これから体力測定に入ります。まず自転車を二十分、こいで下さい」
私は言われるままにこいだ。これはどうということもなかった。ただ、一定の速さでコンスタントに二十分こぐと汗びっしょりになる。その上、負荷がつくようになっているので、ペダルは段々重くなっていく。こぎ終えた時には脈拍数が一一〇にあがっており、私にとっては平泳ぎで一〇〇メートル泳ぐより、運動量が多い気がした。すぐにまたピューと紙が出てきた。
「ヒェー!」
叫んだのは私である。紙には、
「消費カロリー、ビール小びん本分」
とプリントされていたのである。これだけ体を使って、汗びっしょりになって「ビール小びん本分」のカロリー消費である。常日頃、私は、
「ビールなら一ガロンでもOKよ」
と言っている。これでは単なる大女、単なる中年のオバサンになって当然である。その後、腹筋やら背筋やら、色んな測定をさせられたのだが、終了時にはヨタヨタになっていた。体育会出身のつもりでいたけど、体力測定だけでヨタヨタとは、アタシもヤキが回ったものね……。
気まぐれで計ったこの結果に、私は強烈なショックを受けていた。こうなると元体育会の性《さが》が頭をもたげてくる。
「よしッ。明日から毎日筋力トレーニングをやろう!」
私はキリリと自分に誓ったのである。そして、その足でサイクリングパンツ型のスパッツと、ウォーキングシューズと、リュックを買った。ジムは自宅から歩いて十五分のところにあるので、ウォーキングシューズをはき、リュックには着がえをつめて、歩いて通おうと思ったのである。私は地味で思慮深い割には、形から入るタチなのである。
こうして、毎日は無理だが、少しでも時間があればジムに通う日々が続いている。
それにしても、リュックは正解であった。ジムの帰りに、安いマーケットで買い物をして背中にしょって帰るのである。昨日などは大根、玉ネギ、長ネギ、ジャガイモを買いこみ、腰が立たないほど重かった。歩きながらふと見ると、ショーウインドに私の姿がうつっていた。リュックから大根やネギが顔を出し、それはもうひどい姿である。トレンディと呼ばれるドラマを書いているので、何となく自分もトレンディな気でいたけど、アタシは単なる買い出しオバサンだったのね……。でも何か、やたらと似合うわ。アタシってやっぱり地味なくらしが似合うのね……。
というわけで、この「ベティちゃんの地味なくらし」は、今回でめでたく最終回となった。当初は三十回の予定であったのに、たくさんの皆さまの応援のおかげで、何と一五〇回もの長きにわたって、派手にページを頂いてしまった。
約三年間の連載中、どれほどたくさんのお便りが届いたことか。この場をお借りして、心からお礼を申し上げたい。ありがとうございました。
と言っても、完全に終了するのは淋しいので、イレギュラーでまた書かせて頂きたいと願っている。
大根やネギのはみ出たリュックを背負った私を見かけたら、いつでも声をかけて欲しい。その時は必ず、
「ヨッ! スタイルよくなったねッ」って言ってね。きっとね!