あと一回ってとこまで来てまた投げやりになる私
ヤマト、勝ったよ。
とがしや、先々月にヤマトと一緒に登場した『ヤングサンデー』編集者アラキさん(ボクシングおたく)、漫画原作者末田今日也、私のマネージャー大久保忠淳、それから『Gainer』編集部の青年Kも行った。まわりには原田芳雄さん、阪本順治監督、長谷川和彦監督、熊谷真実ちゃん、白竜さん、桐島かれんさん、マッチまで来て、お世話役の荒戸源次郎さんもにぎやかさにびっくり。試合終わってからヤマトが荒戸さんにグローブをあげてたのが印象的だった。
でも、ボクシングって、なんだか、怖い。初めて見たし、ボクシングのことなんて何にも知らないけど、不思議な運動だ。すごくつらい思いして体重減らして、痛いし危ないし、稼げるってわけでもないし、なんでそんな大変なことやんの? って思ってしまう。その大変さがいいんだろうか。うーむ。わからん。答えが出ない。こりゃ、自分で時間かけて考えるしかないな。ヤマトにいろいろしつこく聞くと、
「まったく物書いたりする奴はうるせえ。いっぺん殴るぞこら」
とか、
「いっぺん泣かすぞほんとに」
とか、ぽんぽん、ゆーの。自分の職業を把握してねーよ、あいつ。泣かすぞってあんた、そりゃ子どもの言い方だろ、なんて言ってたら、「殺すぞ」まで出たよ。活字で書くと乱暴だけど、関西の人って、よく仲間にしばくぞとか殺すぞとか平気で言う。しょっちゅう周りの関西人から言われてる、あたし。ヤマトも大阪にいたしね。
でも、今までボクシングって、なんとなくグローブで殴るものっていう感じがしてたんだけど、ほんとに見たら今更ながらに、
「あのグローブの中には拳があるんだわ」
ってしみじみ思った。あたりまえのことなんだけどね。
それと、相手が殴ってくるのをよけるってことがすごく大切なことなんだなあってのも思った。ヤマトはものすごく目が良い。一緒に歩いてて、ほら、あそこに何とかって書いてあんだろ、えーっ、どこォ、うっそー、野鳥の会かよって感じ。あたしも漫画家では、超・目いいほうなんだけど。まだ対戦してはいないが、ヤマトとテトリスやったらもしかして、ぼろ負けかもしんない。うう、なんだかやる前から悔しいぞ。ほとんど負けたことないんだけどね、対戦型。ところで小井編集長、ヤマトは俺を『Gainer』の表紙につかえーと吠えてます。次の試合は、七月三十日だそうです。
ああ。ヤマトのことで出来るかぎり字数をかせごうとしたけど、尽きてしまった。来月で十二回、一年で辞めさせてもらえるんだろうな、これ。エッセイの連載って月刊誌は、『Gainer』と、動物雑誌『アニマ』くらいしかやってないからなあ。『アニマ』はほんとの動物好きの人しか読まないし、男の子ネタの『Gainer』ばかりが目立って、あたしったらすっごく男好きだと思われてるかもしんない。まあ嘘でもないからいいけどさ。小井編集長、少年Fは相変わらず新しいデータを用意したり、打ち合わせをしようとする気配は毛ほども見せませんよう。ま、来月で終わりだからいいか。どうでもいいや。眠いし。吉田戦車くん、文春漫画賞おめでとう。
最近私の仕事場ではイグアナのえさのコオロギがうるさくってねえ。それも、いつのまにかカゴから脱走して机の周りで鳴いてたりすんの。ゴキブリかと思ったらコオロギだったりさ。マネージャーがえさ撒いてるからハトも来るし、カエルは鳴くしオタマジャクシの前足はもうすぐ出そうだしタイワンサンショウウオはかわいいし、何の事務所なんだいったいここは。
しかし先月に引き続いて、あたしの声掛けられ体質もとどまるところを知らない。こないだは地下鉄の中で、隣に座ったサラリーマンから、
「降りよ? だめ? 降りよ?」
とささやきかけられた。シカトウしてたら一人で降りて行ったけど、あのサラリーマンは、あの、自分がいつも降りているらしいあの駅で私を降ろして、いったいどうするつもりだったのか。わからん人だ。
その数日後は、ホームタウン浅草で、
「ねえねえ、写真撮らして」
とちょっとおたく風勤め人の休日、みたいなのから声を掛けられた。見るとチョコバーみたいなせこいカメラを持ってる。日曜日の夜だったし、悪のりな観光客だろうと思って、ぶあいそに、
「どっから来たの?」
って言ったら、世田谷だって。
「そこの公園で写真撮らして」
って言う。
「やだよ、今もうそこで男と待ち合わせてんの、あたし。ここでならいいけど、写真撮るんだったら、あたしも撮るよ」
と、いつも持ってるコニカビッグミニであたしはそいつの顔をしっかり撮った。
「じゃあそこのビルの陰で」
なんか、人目のない、片隅のようなとこへ追いやろう追いやろうとすんの。そんで最後には、
「ねえ、そこの隅でキスだけだめ?」
だって。
顔写真撮られといて、よくそんなこと言うよなあ。なんであたしが会ったばかりの、それも自分の意志で会ったんじゃなくて、声掛けられて無理やり振り向かされた、いい男でもなんでもないやつと、その場でキスしなけりゃなんないのよ、何の根拠があって。それともあんたのカメラはガラナチョコかい。
その前の、『夢二』の原宿駅前ムービーギャング公開開始お祝いパーティーの帰りには、事務所からの迎えの車をマクドナルドで待ってるときに、酔っぱらいの外国人が勝手に前の席に座っちゃうし、なんなのよ。あたしはちゃんと「人、待ってんの」も「ノーセンキュー」も言ったわよ。なのに、
「君は嘘をついている」
だって! げー! 結局そいつ、ほんとにマネージャーが迎えにきたんで、握手して、名刺交換してやんの。銀行員でやんの。これから仕事すんだよ、って言ったら、
「おうあなたーはばーかーなひとでーす」
だって。日本の漫画家は主に夜仕事すんだい! 好きでやってんだからほっといてくんない? とパンパン英語で捲《ま》くし立てた金曜の夜の六本木であった。どーせあたしゃ男欲しげに見えるわようだ。