私は、ついこないだまで徐々に太りつつあった。
毎年、少しずつだが確実に太っていったので、さすがに去年くらいから、いろんな人に指摘されるようになってきた。そして、そのほとんどが、男からの指摘であった。
仲の良い男から、
「あ、太った」
なんて言われるのは、たいして気にならない。太ったのは、事実だし。
気になるのは、そこまで親しくない男が、遠回しに、
「内田さん、ちょっとふっくらしてきたんじゃありませんか」
とか、
「内田さん少しボリューム出てきたんじゃない」
なんていう場合だ。なんだか、その裏に他に言いたいことがあるのかと思いたくなる。
赤坂に、私が昔ウェイトレスをしていたジャズ喫茶があるのだが、そこにお茶飲みに行ったら、昔からの常連の男性客と会った。
「お久しぶりです」
と挨拶したら、いきなり、
「なんでそんなに太ったわけ」
という。
「ああ……、夜食べることが多いですし、あんまり動かなくなったもんですから」
彼はどうも私が漫画家になったのを知っているふう。だから、動かなくなったというのは、ウェイトレスの頃にくらべたら机に向かう時間が長くなっているし、という意味で言ったのだ。だが彼はそれを聞いて、
「いいねえ、甘えてて」
なんて言うではないか。むか。最初っから皮肉を言おうとして振ってきたんだ、とやっと気づいた。いやな奴。そのとき店の人に聞いて初めて知ったが、彼は、赤坂でクラブをしているある女優の弟で、店の経理などを手伝っているのだそうだ。確かに夜の店の経理担当者は、昼のあいだにお客の会社を回ったりして忙しいが、好きでやっていれば人にそんな皮肉を言いたくなるほどつらい仕事ではない。彼はあまりその仕事が好きではないのだろう。だから、好きなことを仕事にすることが出来た私にそんなことを言ったのだろうか。
ほかにも、ご丁寧に葉書で、
「こないだテレビで顔を見たらちょっとふっくらしたかなと思いました」
と書いてくる人までいた。顔を合わせている時に言われるならわかるが、テレビで……。まあ、別にいいけどね。
何度か減量を試みたりもしたのだが、深夜や早朝の、仕事上がりのビールはおいしいし、あんまり長続きしないの。一キロ減ってはまた戻る、という状態でいたら、数年ぶりに風邪で熱を出したのと、手塚治虫さんが亡くなったショックで、今年二月に突然三キロ減ってしまった。これには自分でもびっくり。あんまりやせないので、脂肪が固定してしまったのだわなんて思っていたからだ。
しかし鏡を見ても、もともとえらが張ってて下ぶくれな顔だから、たいして変わらないような気もした。三キロくらいじゃね、と思ってたら、それでも何人かの人は気づいて、
「やせましたね」
と言ってくれた。言われてみると、やはり太ったと言われるよりはるかに気分がいい。自然に、以前太ったと言った人に会うときには、今度は当然やせたと言ってくれるのだろうと期待してしまう。
ところが。
言わないのである。
あれからずいぶん経ったけど、「やせた」と言った人は、全部「太った」とは言わなかった人。「太った」と言った人は、「やせた」とは言わない人なの。これは、腹の立つ新しい発見であった。そういう人は、太ったところしか、見ていないのだわーん! ちくしょう。放っとけよな、そんな人の体型のことなんかよーと、思わずがらが悪くなってしまう私なのだった。
しかし私と仲の良い男たちはやせたらやせたで、
「やせたじゃん」
などと言ってくれる。
「人前に出る仕事だから、やせとけよ」
なんて親身になってくれたりもするのさ。うれしいねえ。