きっとその人は、
「あなたは私の先生です」
なんて言ったら、
「ふーん」
とか言いながら、変な顔をするだろうけど。
最初に会ったとき、私は喫茶店のウェイトレスだった。彼は、パイプをふかしながらコーヒーを飲んでいた。
「き、君、なかなかかっこいいね。ぼ、僕に電話しなさい」
喫茶店の安っぽい制服に、ぱっとしない髪型。そんな私が何をしている人間かも聞かないまま、彼は私に名刺を差し出したのだった。
しかし、私の方も何と言って電話したものかわからない。しばらくそのままで暮らしていたら、コーヒーの出前の途中、エレベーターの中で会った。そして、
「き、君、なかなか電話しないね。十円玉あげよう」
と、十円玉をくれた。
彼は、私の勤める喫茶店のビルの中にある、あるデザイン事務所と組んで仕事をしている人のようだ。私がそこの事務所にコーヒーの出前に行くと、今度は、
「ま、まあ、すわれば」
と椅子を勧めてくれる。仕事中でなければ、すわって話をしたかったけどね。
時は経ち、私はその喫茶店を辞め、引っ越しをした。それをきっかけに、彼の事務所に電話をしてみた。私は、漫画家になるために、もっと本腰を入れて行動しようと思い始めていた。
すると彼は、私にさまざまな素晴らしい人を紹介してくれ、何でも相談に乗ってくれるのだった。彼は信じられないくらい広いジャンルの仕事に関わり、それに多くの才能あるスタッフに囲まれていた。少し前に、彼は自分の会社の名を「スコブルコンプレックス会社(すこぶる複合的会社)」に変えたが、ほんとに、その通りの人なのだ。
彼と出会わなければ今こうして活気ある毎日をおくっている私はないだろう。今でも何かと電話したり、会ったりする。内田春菊という名も、彼、秋山道男が付けてくれたものである。