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私の部屋に水がある理由66

时间: 2019-12-07    进入日语论坛
核心提示:もうママにはなれない中年男に向けての「辛口エッセイ」を期待されている私。なんだろうなー、辛口って。ちょっとピリピリするけ
(单词翻译:双击或拖选)
もうママにはなれない

中年男に向けての「辛口エッセイ」を期待されている私。なんだろうなー、辛口って。ちょっとピリピリするけど美味しいぞ、って奴? つまり、愛あるお説教のようなものか。そんなものを目上の人にできる訳ないじゃん。とほほ、弱った。
それでなくても最近男から嫌な目に遇うことってないのよ。遇う人遇う人、いい男ばっかなんだもん。あーん全部といっぺんにつきあえるだけ分身が欲しいよー、と足をぱたぱたさせては、
「足ぱたぱたさせていいのは九歳まで!」
と叱られてるところだ。うえーん。だって九歳のころは出来なかったんだもん。
おお、何かしら話の糸口が見つかったような気がする。そっだね、ファザコンの話でもしよっか。あたしファザコンなの。「パパ」に叱られたいの。上手に叱ってくれれば「ママ」でもいいんだけど。仕事が好きで私よりココロがオトナの女友だちは、私のこと「こらこら」って優しく叱ってくれるし。ここでイラスト描いてくれてるマリリン目白もそうなんだー。が、女友だちのことをここでのろけても仕様がないから、話を男に戻す。
ファザコンもの、ってずいぶん昔の少女マンガや、オールディーズのロケンロールなんかにはいろいろあったような気がする。おしゃまなハイティーンの女の子が、ハイヒールを履いて背伸びして、へたくそなお化粧したりして、
「あたしをいつまでも子ども扱いしないでよパパ、パパみたいな恋人が欲しいの」
とかいうやつね。でも、今あたしが、
「あたしったらファザコン」
って思うときの感じとは、ちょっと違う。まあとにかく、年上年下関係なく、二人でいるときに、「小さい子どもみたいに振る舞ってもいい」雰囲気、甘えさせてくれる、そんな空気をつくってくれる男って好きっ、ってことなの。でもそんなこと言ってるあたしはとっくに成人女子。変なのーと自分でも思うけど、笑われてもいいや、別に。
こんな自分に最初に気づいたのは、『鳩よ!』に、「気持ちのいい言葉、悪い言葉」というテーマで文章を書いたときだった。今書いているこの文章と、依頼人が同じだというのがなんだか面白かったりするが(余談)、そのときどんなことを書いたかというと、「気持ちのいい言葉」のとこで、
「男友だちに、『こら』とか、ちいさい子どものように言ってもらうの、好き」
と、まあそんなことを書いたの。書いたときは、なんかこう、ちょっと恥ずかしかった。それまではずっと、男の子の前ではわがまま言ったり、甘えたり出来ないものだと思ってたのよね。
でも、なんで男の子の前では甘えちゃいけない、なんて思ってたんだろ。そんな自分も不思議と言えば不思議だ。なんだか勝手に、こっちが「ママ」をやんなきゃって思ってたのかもしんない。そんでまあ、そのころは別にそれが嫌じゃなかったんだと思う。今は……今は、もう男を好きになっても、その男の「ママ」をやることは、あんまし、ない。かと言って、一方的にこっちが甘えてるわけでもないとは思うんだけどさ。お金とか出すし。とにかく、今までは当然のように沢山いたマザコン男、そんな男につきあうことは、もう出来ないなって感じ。だって、
「こっちだって仕事あんだもん」
やっぱ、これかな、理由は。
仕事があって、それも、自分の仕事のしかたの様なものが出来てきちゃうと、恋人の「ママ」はやれなくなっちゃう。あたし、「おねえさんが教えてあげる」さえ嫌だったもん。だから、人生相談みたいな仕事とか、ずっと断ってた。審査員とか。今は、面白そうだったら行くけど、結局お役に立てない。とほほ。でもねえ、あたし、別に特殊じゃないよ。仕事が面白くなってきたら、ココロの上では性別ないもん。でもそれって、わりと「違う」って思いたがる人、いるみたいね。女に性欲があんのは嘘だとかさ、セックスすると女の方が何倍も気持ちいいはずって本気で思ってたりさ。あ〜あ。こないだも、どっかのトークで、
「ココロの上で男みたくやってこれたから、かえって自分の女の部分の方が心配だなあと思う」
って言ったら、
「そんな重い話……」
ってリアクションされちゃって、あっそうか、そういうふうに取る人もいるのかって困っちゃったんだけど、まあ、いいや。どんなに勘違いしてても、可愛ければ。全ての男の誤解を解いて歩く気なんてないもん。可愛くなければ、つきあわなければいいことだわ。永遠に勘違いしててそれが可愛くなくて女にもてずに死ぬ人のことなんてあたしの知ったことじゃないわ。その人だってあたしになんか別に好かれたくないだろうし。ちゃんと辛口になってきたかな、これ。
「昔なら中年といわれる年齢になってて、仕事も出来ていい人なのに、何故か結婚できない、何故なんだオレのどこが悪いんだオイ」、ということになってる男の人が何人か出てくる趣向のテレビ番組に呼ばれたことあるけど、見てて、
「もしかしたら『ママ』が必要なだけな人たちなのかもしんないな」
とぼんやり思った。もちろんそんなの本人たちのせいじゃなくて、本人はただ一所懸命学業や仕事に励んできただけなんだと思う。そして、その人たちに、
「あたしはやっぱ仕事とかァ、続けさせてくれる人じゃないとォ、結婚とか考えられないしィ」
なんて言ってる女の中にも、かっこだけでたいして仕事してない陸《おか》キャリアもいっぱいいるんだと思う。でも、どーだろ。情報が沢山あるからと言って、トライ・アンド・エラーを怖がったりさぼったりしてたら、やっぱ幸せにはなれないんじゃないのかなー。しかしそんなことは、中年男と呼ばれるようないい大人に言うことじゃないしなあ。とにかく私の大好きな大人の男たちは、いつ会っても、何かしら怖がらずに試してる。失敗するってことは、今までのオレは何だったんだーっていう打撃でもあるわけだから、大人になればなるほど、傷つくのも相当痛いはずなのにね。勇気とエネルギーの量が、ジャングル大帝だわ(並大抵ではない、と書こうとしたらこうなったのよ、悪かったわね)。こっちが、以前会ったときにしてもらった話を、反芻に反芻を重ねてようやっとわかってきて、よーしあの話するぞう、と思ってる頃にはもう次の違うこと考えてるんだもんなあ。それでいて、そんな自分がとっくに「スゴイ人」になってんのは忘れちゃってんだから、やっぱり大人にはかなわないや。
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