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旅路18

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    18弘子は弘子、有里は有里、結婚だけは自分の意志を通しなさい。さもないと一生後悔することになるという、兄勇介の言葉
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    18

弘子は弘子、有里は有里、結婚だけは自分の意志を通しなさい。さもないと一生後悔することになる……という、兄勇介の言葉に励まされ、有里は北海道の室伏雄一郎の許へ行く決心をした。
しかし、有里と雄一郎の婚約は成立したといっても、最後まで反対の意志を翻《ひるがえ》さない母と、まだ未婚の姉の弘子に気をかねて、有里の立場は微妙だった。
伯父の久夫から報告の手紙が届くと、塩谷の雄一郎からはいつでも来てくれるようにという、喜びが行間に躍るような手紙が来たし、彼の姉のはる子からも、それこそ身一つでなんの仕度もいらないからと、心の行き届いた便りがあった。
四月……。
尾鷲の田圃《たんぼ》に、薄桃色のれんげが一面に咲く頃、有里は僅《わず》かな嫁入り仕度で、ひっそりと故郷を発った。
彼女に付添うのは、兄がただ一人である。
母に逆らって嫁いで行く有里にとって、この兄の理解が唯一の心の支えであった。
ところが、その兄すらも、止むを得ない事情で途中から引き返さねばならぬということになってしまった。
ちょうど列車が仙台駅を発車してすぐだった。車掌が一通の電報を持って、乗客の間を尋ね尋ねしながら勇介のところへやって来た。
「あなたが中里勇介さんですか?」
「そうです」
「大阪から電報です」
「ほう……」
勇介は電報の発信人を見た。
それは、勇介が財産処分の相談をしていた大阪の弁護士からだった。
「どうしたの兄さん……」
走っている列車の中へまで電報を打つとなると、これは余程急を要することに違いない。
「何かあったの?」
「うむ……」
勇介は眉《まゆ》の間に深い皺《しわ》を作っている。
「ねえ、兄さん、いったいどうしたの」
すると、ようやく勇介は口をひらいた。
「これはお前の知らんことだが、実は借金の整理に、残っていた山を手放すことにきめていたんだよ。その処分をまかせておいた大阪の勝山さんから、至急、俺に帰れというて来たんだ」
「まあ……」
悪い番頭のために、莫大《ばくだい》な借金を背負いこんだということは有里も聞いて知っていたが、その穴うめに、山を手放すというのを聞くのははじめてだった。
今まで、山の木で生計をたてていた家が、山を手放せばどういうことになるのか。
そんな計算の出来ない勇介ではないはずだが、おそらく、損得を考える余裕のないほど追い詰められているのだろう。勇介はそのことを母にも妹たちにも言わないで、一人で必死の努力をしているのである。
昔、大阪まで他人の土地を踏まずに行けるといわれた中里家は、まさに崩壊寸前だった。
(それで兄さんは私たちの結婚をいそがしたのかもしれない、せめて、中里家が崩れ去ってしまわないうちに……)
有里は暗澹《あんたん》とした気持になった。
「他のことと違うて、妹の嫁入りだから、めったなことでは帰れとは言うてこんはずなんだが……」
「うん……」
勇介は腕を組んで考えこんでしまった。
有里にしても、もし勇介に引き返されてしまったら、それこそ、たった一人、身一つで嫁入る破目になるわけだった。肉親の一人も出席しない結婚式をせねばならぬ。心細いといって、これほど心細いことがあるだろうか。
(でも、北海道にはあの方が居る……、あの方さえ居れば寂しいはずがないではないか……)
有里は気をとり直した。
「もし、兄さんが行かないで、山が安く買い叩《たた》かれるようなことになったら……取り返しがつかないでしょう」
「しかしなあ、まさか、お前一人で……」
「私なら平気……」
有里はつとめて明るい笑顔をつくった。
「子供じゃないんですもの、今度のお嫁入りだって、もし兄さんが賛成してくれなかったら、私、家出してでも北海道へ行ったかもしれないんです……、大丈夫、心細くなんかないから……」
「うむ……」
有里の言うのが兄を安心させようとする言葉であることぐらい、勇介にはすぐに判った。
有里の本当の気持は心細くてたまらないはずだ。が、この電報も緊急を要する。
勇介には、なかなか判断がつきかねた。
「ね、次の駅で降りて、東京へすぐ引き返せば、とにかく明日中には大阪へ行けるでしょう。兄さん、そうして……その方が私も安心よ」
「…………」
勇介は有里の眼を見た。
有里は自分の心細さよりも、今の中里家の興廃のほうを、より心配していると勇介は思った。
(そうかもしれぬ、有里はそういう娘や……もし俺が小樽へついて行ったところで、有里は大阪のことが気になり、おそらく婚礼どころではないだろう。それになんといっても有里はしっかりした娘《こ》や……)
勇介は心の中で、有里にそっと手を合せた。
「有里、では兄さんは大阪へ行く……」
「そう、それがいいわ」
有里はほっとしたように言った。
勇介は懐中に手を入れてから、あたりを見回した。通路を隔てた隣りは、人柄のよさそうな初老の夫婦連れである。彼は安心して、懐中から袱紗《ふくさ》包を引き出した。
「これはなア、お前が嫁入りの時、もたせてやろうと思って、お母さんにも内緒で貯金しといたもんだ……持ってお行き……」
「兄さん……」
有里の声が改まった。
「私は一銭もいらない……余分のお金があったら、家をもり返すのに使って……」
「いや、そんな大した金じゃない、せめて、兄さんの気持だと思って持って行くんだ。まさかの時に役立てば、兄さん嬉《うれ》しいんだよ」
「兄さん……」
有里は感動を隠さなかった。
「ありがとうございます、兄さんの気持は一生忘れません……」
「なに、そんな大げさなもんじゃないんだ……」
勇介は照れて顎《あご》をしきりに撫《な》でた。有里がそれを受取ったことが、ひどく嬉しそうだった。それから、ふっと真顔になり、
「お前は子供の時から、一度こうと決めたらなかなかあとへ引かんところがあった。……雄一郎さんはいい人だと思うが、何ぶんにも北海道は知らぬ土地だ、寒さもきびしいという……きっと苦労も多かろう、とにかく嫌なことはすぐ忘れて、一生懸命頑張るんだよ、いいね……」
と言った。
「はい……」
有里には兄の言葉が、そっくりそのまま父の言葉のような気がした。死んだ父が兄の口を借りて、有里に注意を与えているのに違いないと思った。
「分りました……」
有里は深く頷《うなず》いた。
「それでも辛《つら》くなったら、いつでも帰っておいで……、つまらん意地を張って、取り返しのつかんことになってはいかんぞ。お母さんや弘子のことはあまり考えるな、私かどうとでもしてやる、いいな……」
いざ別れるとなると、勇介はあとからあとから心配になってくるらしかった。
二十年近くも、一緒に一つ屋根の下に暮してきた兄と妹だ、哀しくないのがどうかしている。有里はいつの間にか、眼を真赤にしており、勇介は、ともすれば溢《あふ》れだしそうになる涙を懸命にこらえていた。
そんな二人の様子を、通路をへだてた隣りの席から初老の夫婦連れがそっと眺めていた。
彼等は御子柴達之助・セイといい、西陣の織元で、岡崎に大邸宅を構えている。有里は知らないが、室伏雄一郎が勤務する塩谷駅の予備助役、関根重彦の妻比沙の両親だった。
二人は、勇介と有里の話を聞くともなしに聞いていた。
そして、深い事情は判らぬにしても、妹が兄を気づかい、兄が妹のことを思う気持になんとなく好意を持ったらしかった。
勇介が名残りを惜しみつつ下車してしまうと、有里はたった一人ぽつんと取り残された。
しばらくすると、セイが菓子包をひらいて、
「あの、おひとつどうどす……?」
有里の前へ出した。
「はい、ありがとうございます……まあ、きれいなお菓子……」
それは松竹梅に型取り着色した美しい乾菓子《ひがし》だった。
美しいものを美しいと、素直に眼を瞠《みは》る有里を、御子柴は好もしそうに眺めていた。
「あんさん、どちらへ……?」
「はあ、北海道です」
「ほな、うちらとおんなしですわ、なあ」
セイは達之助に言った。
「うん、そうやなあ……北海道は、失礼やけど、どちらどす」
「はい、塩谷へ参ります」
「塩谷……?」
「はい、小樽のすぐ近くですの」
「ああ、それやったら重彦はんの勤めてはる駅どすなあ」
「うん……そうや……」
関根重彦は小樽駅に籍を置き、目下のところ、塩谷駅に予備助役として勤務しているのである。
「下の娘が嫁に行《い》てましてな……婿はんが転勤で札幌に居りますよって、一度様子を見に行ってやろう思うて、春になるのを待ちかねて出て来たんどすえ。娘の手紙では、冬の北海道はシバレるたらいうて、寒さがえろうきつい申しとりましたが……、京も寒うおすけど、北海道は又格別らしうおすなあ……」
「ええ、私も前に一度参ったことがありますけど、それは寒いところですわ」
「京都は桜が咲いとりましたが、こちらはこんなにまだえらい雪どすもんなあ……」
セイは窓の外を眺めながら、感慨深げに言った。
「京都ですか?」
有里が聴いた。
「へえ……岡崎どす」
「ああ……、私、女学校が京都でしたので、女学生の頃、京都に居りましたの、京都っていい所ですわ、町を歩いていてもなんだか心が吸い込まれるような気がして……よく友だちと岡崎辺を歩きました、懐しいですわ……」
「ほな、そうどすか……」
二人は眼を細めた。
旅に出て、住んでいる土地の話が出る時くらい嬉しいものはない。あの町角、春になると庭に梅の花が美しく咲く家、苔《こけ》の生えた用水路、御子柴夫婦と有里の間に、そんな共通の話題が取り交わされた。
話しているうちに、御子柴夫婦はすっかり有里の人柄に惚《ほ》れ込んでしまったようだった。
セイが有里の女学校の先輩であることも判り、両者の親しみを一層増す結果になった。
ただ、達之助もセイも、有里が何故たった一人で北海道くんだりへ出掛けて行かなければならないのかを聴きたがったが、京都にはいろいろ知人もあるし、母や姉の蔭口をきくのも嫌だったので、有里はその点だけは曖昧《あいまい》な返事しかしなかった。
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