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旅路20

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    20有里は、手紙や電報で報《し》らせておいた列車で来られなかった理由《わけ》を、御子柴セイが長い旅の疲れと冷え込み
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    20

有里は、手紙や電報で報《し》らせておいた列車で来られなかった理由《わけ》を、御子柴セイが長い旅の疲れと冷え込みから、持病の胃痙攣《いけいれん》を起したためだったと説明した。
「その奥さまは、小樽まで辛棒《しんぼう》できるとおっしゃったのですけれど、見ていてあんまりお苦しそうだったし、車掌さんに相談したら、長万部《おしやまんべ》によい病院があるからと、すぐ手配してくださって……」
「御主人も吃驚《びつくり》なさったでしょう……」
はる子が眉《まゆ》をひそめた。
「ええ、お薬を飲ませたり、背中をさすったり、いい御主人でした」
「そんなこととは知らないから、こっちじゃずいぶん心配したんだよ」
千枝はいつもの調子で、さらりと言った。
「ごめんなさい……でも、その時はただ夢中で……荷物はあるし、御主人一人ではとても無理だったので私が……」
「長万部の病院までついて行っちゃったんでしょう」
千枝がしたり顔で言った。
「ええ……」
「そういう人なんだよ、有里さんて……千枝、たぶんそんなことじゃないかと思っていたんだ……」
「ちょっとお節介すぎたかもしれませんわねえ……」
「いいえ、困った時はお互いさまですもの、それでよかったのよ……。その御夫婦もどんなにか嬉しかったことでしょう」
はる子はそれがまるで自分のことのように嬉しそうだった。
「別になんのお役に立てたわけでもないんです……、病院でお医者さまがすぐ診てくださって、注射をして、もう大丈夫心配ないとおっしゃったので、すぐ駅へひきかえしたんですけれど、私、あわててしまって、電報をうつことすっかり忘れてしまったんです、申しわけありません……」
有里は両手をついて、うなだれた。
「なにをおっしゃるの……」
はる子がふっと涙ぐんだ。
「あなたが無事にこうして来て下さったことだけで、もう……ありがとう、有里さん……」
「お姉さま……」
有里もあわててハンカチを出した。
千枝はそんな二人の様子に思わずもらい泣きしそうになったが、それを誤魔化《ごまか》すためあわてて、
「兄ちゃん、なにしてるのよ、早く出てらっしゃいよ」
奥にいる雄一郎を呼んだ。
「い、今、行く……」
どぎまぎした雄一郎の答えがした。
「ほんとに、いったい何遍|髭剃《ひげそ》ったら気がすむのかしらね……兄ちゃん、そんなに髭ばかり剃ってると、顔の皮が擦《す》りむけちゃうよ……」
「まあ……」
「これ、千枝……」
有里とはる子は思わず顔を見合せて、笑いだした。
千枝の間抜けた行動が、湿っぽくなりかけた部屋の空気を一変させた。
やがて、雄一郎も加わり、室伏家の囲炉裏端《いろりばた》には明るい笑い声が満ちあふれた。
その日の午後、はる子の指図に従って、雄一郎は手宮駅に南部斉五郎を訪ねた。
「ふむ、嫁さん、来たな……」
雄一郎の顔を見るなり、南部は言った。
「はあ、今朝、着きました」
雄一郎は照れて、額《ひたい》の汗をふいた。
「そうじゃろう、そういう顔しとる」
「はあ……」
雄一郎はとりあえず、今朝有里から聞いた事情や、兄が途中から急用が出来て帰ったことなどを報告した。
「ほう一人で……そりゃ、可哀そうだったな……で、嫁さん、今どこに居る?」
「とりあえず僕のところで憩《やす》んでいます。姉が、女一人を宿屋へ泊めるわけにも行かんといいまして……」
「そりゃあそうだな……しかし、嫁さんが式の前から婿さんの家に居るのも妙なものだな、第一、嫁さんも気がねだろう……」
南部はちょっと考えて、
「よし、俺《おれ》んところへ寄越せ、俺んとこなら婆《ばあ》さんが一人っきりだ……。婆さん、ちょうど用が何もなくてうろうろしとる、いい案配だからこっちへ寄越せ……」
気軽に言った。
「実は、それをお願いしに来たんです……」
雄一郎は頭をかいた。
「なんだ、そうか……」
南部も大きな腹を抱えて笑った。
「まあいい、とにかく、千枝ちゃんでもつけて、あとで家へ寄越しなさい。婆さんには俺から連絡しておく」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
雄一郎は礼を言った。
駅長室を出ようとすると、
「おい、大飯ぐい!」
南部に呼びとめられた。
「はあ……?」
「嫁さん貰《もら》うんだから、無理もないがな、あんまりそわそわしてホームから落っこちるなよ、足が地べたについとらんぞ」
「はあ」
「気ヲツケー」
突然、南部が大声で号令をかけた。
雄一郎はあわてて、姿勢を真直ぐに立てなおした。
「まわれ右、かけ足イ……」
雄一郎が両手の拳《こぶし》を腰に当て、駈《か》けだそうとすると、もう一度、南部斉五郎の声がした。
「事故を起すなよ、嫁さんが歎くでな……」
「はい!」
雄一郎は元気よく応えた。
有里はその晩から、手宮駅長、南部斉五郎の家へ引き取られ、夫妻に気に入られて、まるで、実の娘のように可愛がられ、重宝がられた。
大正十五年四月。
室伏雄一郎と中里有里の婚礼は、手宮駅に近い、南部斉五郎の官舎で行なわれた。
仲人は南部夫婦、雄一郎の側は姉のはる子に、妹の千枝、有里の側は、ふとした縁で仮親を買って出た御子柴夫婦であった。
御子柴達之助、セイの二人は、あれから病院でまる一日をすごし、次の日の列車で小樽へやって来た。
しかし、なにぶんにも病後のことなので、しばらく関根重彦の家で旅の疲れを癒《いや》し、健康の回復したところで、普段関根が世話になっている礼に南部の許を訪れ有里に出逢った。ちょうどその時、有里はこれから始まる婚礼の仕度にいそがしかった。尾鷲から有里の身内が誰も参加しないと南部に聞いて、達之助は妻と共に有里の仮親として出席したい旨を申し入れた。
有里はもちろん、南部も快くその申し出を受け入れた。
斉五郎はこの日、わざと、歿《な》くなった雄一郎の父親嘉一の紋付羽織|袴《はかま》を着て一同の前に現れた。
それは、
「雄一郎の親父さんも、さぞかし、息子の婚礼には出席したかろう……せめて、形見の着物だけでも……」
という、南部の行き届いた思いやりからであった。
式は、正面向って右側に雄一郎が真新しい紋付姿でかしこまり、左側には有里が、五年前に死んだ父がこの日の為に揃《そろ》えておいてくれた、黒地に金糸銀糸の縫いが入った御所車の裾《すそ》模様の紋付に、帯は西陣、錦の亀甲の丸帯を締めて、初々しい高島田に鼈甲《べつこう》の花簪《はなかんざし》をつけ、やや伏目がちに坐っていた。
そして、雄一郎の側には、はる子と千枝、有里の側には仮親の御子柴達之助夫妻が、互に向い合って並んだ。
「では、これより、早速三三九度の盃事を……」
南部斉五郎が厳粛な面持で、新郎新婦の前まで膝行《しつこう》し、まず雄一郎に盃をとらせて酌をした。
雄一郎が不器用な手つきで、満された酒を三度に分けて飲み終えると、その同じ盃を有里のところへ運び、これには、やや加減して酒をついだ。干された盃は再び雄一郎の許へ戻る。これで一の盃が終る。続いて二の盃は有里から始まり雄一郎へ、そして有里のところで終る。こうして、三の盃まで行ない、めでたく三三九度の盃事を終了した。
南部斉五郎は、いったい何処《どこ》で見おぼえて来たのか、見事に所作を終えて自座へ戻った。
「さてと……」
南部は、ほっとした表情の一同を見回した。
「これで二人はめでたく夫婦となったわけじゃが……仲人として一言いわせてもらうなれば、この広い世の中で、縁あって一人の男と一人の女が夫婦になる……どうかこの縁《えにし》を大事に育ててもらいたい。夫婦なんてものは、いい時ばかりじゃない、不運な時、辛《つら》い時こそお互いがお互い同士支え合って、人生の雨風をしのいで行く、それが本当の夫婦じゃとわしは思っとる。それからなあ、お有里さん……」
南部は、しんみりした声になって、有里の方へ向き直った。
「鉄道員の一人として、わしはあんたに頼みがあるんじゃ」
「はい……」
有里が緊張しきった眼をあげた。
「いいかね、室伏雄一郎は鉄道員じゃ……鉄道の仕事というのは、人様の大事な生命をお預りしている、一つ間違ったらそれこそ取り返しのつかないことになるのだ……分るかね」
「はい」
「そこで、あんたにお願いする。これからの長い人生、亭主が出勤するときは、必ず笑顔で送り出してやってくれ……。不快なこと、悲しみ、怒り、不満、みんな事故に直結しとる。そういうものは、どうかあんたの胸一つに納めてもらって、亭主がいい気分で、安心して家を出られるようにしてやって欲しいのだ……、あんたにとって、これは無理な頼みと判っていて、あえてお願いする……」
「わかりました」
有里は、はっきりと応《こた》えた。
「ふつつかではございますが、一生懸命、お言葉を守ります」
「有難う……」
南部は心を籠《こ》めて礼を言った。
一座の者は、みんなこの二人のやりとりに感動して静まりかえった。御子柴達之助は、何度も何度も深く頷《うなず》いている。千枝までが、姉に話しかけるのを忘れていた。
「さ、それでは婆《ばあ》さん、その盃をはる子さんの所へ持って行け、お次は親族固めの盃だ……」
わざと気分を変えるように、明るく言った。
親族かための盃は、はる子から始まった。はる子の飲んだ盃を有里へ、次は千枝へ回り、最後は南部節子に収められた。そして、改めて盃を変え、有里の親がわりの御子柴達之助から雄一郎、それから御子柴セイへ戻り、南部斉五郎がその盃で最後のしめくくりをつけた。
これで、雄一郎と有里の婚姻の儀はとどこおりなく終了した。
「ま、すべてこの世は男は度胸、女は愛嬌《あいきよう》だ、二人ともうまいことやってくれ……」
大任を果しおえ、南部はいつものくだけた表情に戻った。
「さてと、本来ならばここで仲人が、高砂《たかさご》やこの浦舟に帆をあげて……とやるんだが、どうもそっちの素養はないし、どうだ、みんなで鉄道唱歌をうたわんか……どうです、御子柴さん」
「ああ、結構どす。一つ、陽気に発車しまひょう、汽笛一声、新橋を……」
「いや、いや、ここは北海道ですからね、汽笛一声札幌をですよ」
「よろしゅうおす、郷に入らば郷に従え、その、札幌ステーションから発車オーライと行きまほ……」
「では……」
南部斉五郎の音頭とりで、みんなは一斉に歌いだした。
 ※[#歌記号]汽笛一声札幌を 早や我が汽車は離れたり
棚引《たなび》く煙りを後にして 矢のごと走る勇ましさ
思えば昔時《むかし》は蝦夷《えぞ》と称《よ》び 北の端なる荒蕪《こうぶ》の地
今は開けて我が国の 富源の一つに数えらる……
 雄一郎も歌った、有里も歌った、はる子も千枝も御子柴夫婦も、みんな、ありったけの声で心をこめて、北海道の鉄道唱歌を合唱した。
�汽笛一声札幌を、はや我が汽車は離れたり……�それは、まさに、雄一郎と有里という二台の連結車が、長い長い旅路へ向ってスタートするにふさわしい新婚歌であった。
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