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旅路21

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    21その夜、新婚の雄一郎と有里を、二人っきりにしてやろうとの思いやりから、はる子と千枝は南部斉五郎の宅へ厄介になる
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    21

その夜、新婚の雄一郎と有里を、二人っきりにしてやろうとの思いやりから、はる子と千枝は南部斉五郎の宅へ厄介になることにした。
節子と千枝が一足先に銭湯へ行ったあと、はる子は、宴会の残りの燗《かん》ざましをちびりちびり嘗《な》めている南部斉五郎の前へ行って両手をついた。
「駅長さん、ありがとうございました、お蔭さまで……」
「いい婚礼だったね」
南部はしみじみと言った。
「有里って娘は、ありゃいい娘だ……、雄一郎はいいかみさんを貰い当てたよ」
「はい、私もそう思います」
「二人とも若いんだ、ま、これからいろいろな山坂もあるだろうが、どうにか手をとり合って登って行くだろう……、長い目でみてやろうじゃないか」
「ありがとうございます……」
礼を言っても、はる子はまだ何か言いたそうにもじもじしている。
「何かわしに用事かな、もし話があるのなら、あんまり酔っちまわないうちに聴こうじゃないか……」
「はい……」
南部の言葉に誘われて、はる子はようやく口を開いた。
「実は私、あの家を出ようと思って居ります……」
「なにッ、家を出る?」
「はい、お蔭さまで、弟もあんないい嫁を迎えることが出来ました、有里さんなら、安心してなにもかも任せることが出来ます……」
「おいおい、ちょっと待てよ……」
南部は事の重大さに、驚いて坐り直した。
「なにも、あんたが出て行くことはあるまい、一緒に仲よくやったらいいじゃないか……」
「私、今まで、あの家のことは総《すべ》て自分の手でやって参りました。弟の身の回りの世話から食事の世話まで……およそ一家の主婦の役目は私が果して来たのです。あの家の柱にも壁にも、私がしみ込んでいます、弟も妹も、すっかり私に頼りきって来ました。たとえば、手拭《てぬぐい》一本さがすのでも、姉さん、手拭どこにあるって私に聴くんです。そういう生活が今日までずっと続いて来たんです」
「なるほど……」
「もし、私が明日から弟夫婦と妹と四人で暮すことになったら、弟と妹は、おそらく、今までのまんま、私に寄りかかってくるでしょう……、姉さん、俺《おれ》のシャツどこだっけ、姉ちゃん、お芋《いも》ふかしてよ、って……。そうなったら、有里さんの立場がなくなります。駅長さん、一家に主婦は一人でなければいけないと、私は思うんです」
「そうかなあ……」
南部はほっと溜息《ためいき》をもらした。
「有里さんに主婦の座をゆずって、あんたがいっしょに暮すことは駄目なのかい」
「無理だと思います」
はる子はきっぱりと言いきった。
「私がその気になっても、弟や妹が、ついうっかり、昨日までの習慣をくり返さないとは限りません……。それに、万事不慣れな有里さんよりは、私に言ったほうが言葉も少くて足りる、その気楽さが、私は怖しいと思います。夫婦というのは、言葉が足りなかったり、うまく通じなかったりして、誤解したり失敗したりして、その積み重ねでお互の気性をのみ込んで行くものだと思うんです……。妻より姉のほうが先に弟の気持が判ってしまっては、有里さんもやりにくいし、雄一郎のためにも決してよいことはないでしょう……、私、ほんの少しでも、若い二人にとって邪魔な存在になりたくないんです。そうなったら二人も可哀そう……私も、みじめです……」
たぶん、雄一郎と有里の婚約が成り立った時から、或はそれよりもずっと以前からかもしれないが、はる子は雄一郎の結婚後のことを幾晩も寝ないで考えたのであろう。あれやこれやと迷い抜いたあげく、最後にこうした結論に到達したものと思われる。
両親なき後は、父ともなり、母ともなって雄一郎や千枝の支えとなってきた、はる子であった。そのために、伊東栄吉との結婚を見送らねばならなかったはる子だった。
そのことは、室伏家を蔭になり日なたになって見守ってきた、南部斉五郎がいちばんよく知っていた。それだけに彼は、はる子が哀れでならなかった。
南部は、じっとはる子をみつめた。
どう説得したところで、彼女の決心が変らぬことはすぐに判った。
「よし、わかった……」
南部の眼には涙さえ浮かんでいた。
「まったく、あんたという人は……」
南部はあとの言葉を飲み込んだ。
「で、家を出て、何処《どこ》へ行こうというのだな」
「あてはございません……、でも、北海道でない所へ参ろうと思っています……北海道から遠ければ遠いほどいいんです」
「うむ……」
南部が複雑な表情になった。
「お願いと申しますのは、私が家を出るということを、駅長さんから雄一郎に納得させてやって頂きたいのです……。もし、私の気持を間違ってとられますと、有里さんがかわいそうです……、そんなことにならないように、私は私自身のためにあの家を出るのだということを、雄一郎に話してやって頂けませんでしょうか」
「…………」
南部はすっかり考え込んでしまった。
「駅長さん……」
はる子が重ねて言った。
「よし、わかった……」
南部がようやく眼をあげた。
「引受けよう」
「駅長さん……」
「そのかわり……あんたの行く先は、わしに任せてもらいたい。勝手な所へ無鉄砲にとび出されては困るんだ……。約束してくれるかい」
「はい……」
はる子には、南部の好意が身にしみた。
「実はな、横浜にわしの母方の従姉妹《いとこ》で、小西という未亡人の婆さんが居る。元町《もとまち》で異人相手の洗濯屋をやっとるんじゃが、男まさりでそれは気風《きつぷ》のいい女だ……。それへ、わしが紹介状を書く、あんたそこへ行きなさい、決して悪いようにはせんでな」
「ありがとうございます、駅長さん……」
はる子は思わず涙ぐんだ。
「だが、あんた、いったい何時ここを発《た》つつもりだ?」
「明日……、明日発ちたいと考えています」
「明日?」
南部が眼をまるくした。
「そいつは少し早い、早すぎるぞ……」
「私が出発するのが早ければ早いほど、雄一郎夫婦が二人して新しい巣を作ることが出来ると思うんです」
「しかし、せめて有里さんが新しい生活に慣れるまで見守ってやってはどうかな」
「新しい生活は、二人で作りあげるものだと思います、他人の助けは要らないのではないでしょうか」
「…………」
「私、そのつもりで、家中《いえじゆう》なにもかも新しく致しました。畳も障子も新しくして……、あの家のにおいは、今日から有里さんが作らなければいけないんです、有里さんは立派に作れる人なんです……」
「千枝ちゃんはどうする……?」
「あの子は、有里さんの邪魔にはならないと思います、素直ですし……。私を呼ぶのと同じ声で、有里さんを姉さんと呼べる子です」
しかし、翌朝、千枝はいよいよ出発するというはる子の腕をつかんではなさなかった。
「行かんで、姉ちゃん……、行ったらいかん、お願いだから行かんで……」
千枝にしてみれば、はる子が家を去ることは全く寝耳に水で、なんとも理解しがたいことだった。十九年間、片時も離れたことのない姉である。まるで母親にたいするように甘えてきた姉だった。その姉が居なくなるというのだ……。
「いやじゃ、姉ちゃん、横浜へなんぞ行ったらいかんよ。なあ……、千枝、なんでも姉ちゃんの言うこときくよ、朝もちゃんと起きる、御飯も炊《た》くよ、お針も居眠りせんでやる……。なあ、だから、行かないでよ、姉ちゃん……」
「千枝……」
はる子だって、千枝と別れるのは辛《つら》い。このまま家に残って、みんなと一緒に暮したいのは山々だった。千枝に泣きつかれると、折角の決心も、思わず、にぶりがちとなる。
「それに、兄ちゃんだって、姉ちゃんが行くこと反対するにきまっとるよ」
「雄ちゃんには黙って行くつもりなのよ、だから、雄ちゃんには千枝から、姉さんの気持をよく話してやってもらいたいのよ」
「そんなの駄目だよ……、兄ちゃんだって、姉ちゃんが居らんかったら、困るにきまっとるよ」
「雄ちゃんのことは、もう有里さんにお任せしたの……、なにもかも……」
「それだって、困るよ……有里さんだって、まだ家のことに慣れて居らんもん」
「千枝、もうこれからは有里さんじゃないのよ、あんたにはお姉さんなんだからね」
「うん……」
「有里さんのわからないことは、あんたが教えてあげなさい。いつも言っておいたでしょう……有里さんを本当の姉さんと思って、なんでも話し合って、仲良くしなければいけないって……」
「うん……、だから姉ちゃんだって、仲良く一緒に暮せばいいじゃないか、有里さんはいい人だから、姉ちゃんを邪魔になんかせんよ」
「わかっています、私は邪魔にされるから出て行くんじゃありません」
「姉ちゃん」
千枝には、姉の言葉の意味がよく判らないらしかった。或いは、判りたくなかったのかもしれない。はる子はそんな千枝に、まるで噛《か》んでふくめるように説明しなければならなかった。
「姉さんはね、自分で自分の道を歩きたいのよ。今まで、姉さんは室伏の家のことばかり考えて頑張って来たわ、自分のことなど考える暇もなかった……でもそのことは、姉さんちっとも後悔していない、これでよかったんだと思っているの……。けれども、こうして雄ちゃんもどうやら一人前になり、千枝ももう自分で働いている。この辺で姉さんも自分自身のために生きたいのよ……。姉さん、生れてはじめて、やってみたいことをやろうとしているの……わかる……千枝?」
「横浜へ行って、なにするの?」
「働くのよ、力いっぱい……」
「もっと近くじゃいかんの」
「千枝……」
はる子はそっと微笑した。
「横浜は東京に近いでしょう……、東京には誰がいると思う……?」
千枝はまじまじとはる子をみつめた。
「東京には誰がいるって……」
しかし、すぐ千枝の顔に明るさが甦《よみがえ》った。
「ああ……伊東栄吉さん……、姉ちゃん、伊東さんとこへ行くのか……」
「さあ……ね」
はる子が曖昧《あいまい》に笑った。
「そうか……そいで姉ちゃんは横浜へ行くのか……」
「わかった……? わかったらもう、駄々こねないでね」
「うん……だけど、姉ちゃんが居らなくなると困るなあ……」
千枝はまた肩をおとした。
「じきに困らなくなるわよ、それに、千枝にはいい薬になるわ……、なんでも自分でやるようになるだろうし……。さっき、なんとか言ってたじゃないの、早起きもするし、お針もするって……」
「そりゃあ言ったけどさ……」
「しっかりやってちょうだいね」
「うん……」
千枝もしぶしぶ、姉の出発に同意した。
「だけど、たまには帰ってくるんでしょう」
「帰ってくる……、ちょくちょく、帰ってくる……」
千枝はそんなはる子の顔をじっとみつめた。
「嘘《うそ》、姉ちゃん!」
「なんで……」
「嘘、嘘……、姉ちゃん、もう当分帰らんつもりじゃ……」
「帰ってくる……」
はる子はいつもの通り、自然に振舞おうとした。が、無理に作った笑いは、途中で頬《ほお》に固く凍りついた。
「姉ちゃん、嘘つき!」
「嘘じゃないよ、千枝……、姉ちゃんはあんたが嫁に行くときは必ず帰ってくる」
不意にはる子の眼にも、圧さえていたものがこみあげてきた。
「千枝、ききわけてね、こうすることが一番なんだから……ね……」
「…………」
千枝は唇《くちびる》を噛《か》んで俯《うつむ》いた。
彼女は彼女なりに、哀しみと闘っているらしかった。やがて顔をあげたとき、千枝の表情には先程までの哀しみの蔭は無かった。
「そんなら千枝、大急ぎで婿さん探そう……」
「うん、いい人を探すのよ。人間、顔形じゃないわ、心よ……、雄ちゃんみたいな心の綺麗《きれい》な人でなけりゃ駄目よ」
「へん、兄ちゃんより、もっといい人探すよ。やさしくって、千枝を大事にしてくれる人……」
「そうね、そうしなさい……」
はる子は帯の間から、用意しておいた手紙を出した。
「これ、雄ちゃんと有里さんへ宛てた手紙なの……姉さんが発ってから、あの二人に渡してちょうだい……」
「うん……」
「あら、もう十時ね……いそがなけりゃあ……」
はる子は慌てて立ち上った。
「千枝……体に気をつけるのよ」
「姉ちゃん……」
じっと堪《た》えていたものが急に堰《せき》を切ったようにあふれだした。
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