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旅路22

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:   22姉のはる子が横浜へ発って行ったことを、雄一郎は知らなかった。はる子を乗せた急行列車が、塩谷駅を通過して行くのを、
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   22

姉のはる子が横浜へ発って行ったことを、雄一郎は知らなかった。
はる子を乗せた急行列車が、塩谷駅を通過して行くのを、雄一郎は何も知らぬままにホームで見送った。
また、その日、有里はいそいそと働いていた。
有里にとっては、雄一郎と一緒になってはじめて迎える朝である。家の中の掃除、洗濯、夕飯の仕度……、なんということもない女の仕事が、有里にはたのしくてならなかった。それは、有里にとっては満ち足りた一日であった。
夕方、有里は何度となく時計をのぞいた。
部屋のほうへお膳《ぜん》をこしらえ、茶碗《ちやわん》や箸《はし》を並べる。台所から漬物や煮物を盛ったどんぶりを持って来て膳へ並べ、もう一度時計を見た。そろそろ、雄一郎の帰ってくる時刻である。
有里はお膳に布巾をかけてから、仏壇へ炊きたての御飯を供え、いそいで鏡台の前に坐った。
有里は、そっと鏡の中の自分の顔を見る。昨日にくらべて今日は、自分の顔がひどく大人っぽくなっているような気もするし、まったく変りがないような気もする。しかし、気持の上で、有里は自分がすっかり変っているのを知っていた。
(今日から私は一人じゃない……)
そう思うと、有里は急に胸がきゅんと締めつけられるような気がした。
昨日まで他人だった人が、今日から夫という名で呼ばれ、自分はその人の妻なのだということが、なんとも奇妙で不思議な気持だった。
だが、不思議だろうと、奇妙だろうと、とにかく今、有里は嘗《か》つてないほど充実し、仕合せだった。自分の周囲のものが、いままで見たこともないほど生き生きとして感じられていた。
玄関の開く音がした。
「あッ……」
有里は、弾かれたように立ちあがった。
やっぱり雄一郎だった。
「ただいま……」
「お帰りなさい、早かったのねえ」
二人とも、まだなんとなく照れくさいのが先で、出てくる言葉もぎこちなさが目立つ。
「みんなが早く帰れ帰れって、うるさく言うものだから……」
雄一郎は頭をかいた。
「一人でさびしかった……?」
「いいえ……」
有里は、はにかんだように笑った。
「姉さんや、千枝はまだ?」
「ええ」
「遅いなあ……」
雄一郎は着換えをしながら言う。
「千枝さんは、いつもの売店だと思いますけど……」
有里は雄一郎の着物を持って、彼が洋服を脱ぎ終るのを待っていた。
「お姉さまは、今日はこちらへお帰りになるのでしょう?」
「そう……もうそろそろ帰ってくるだろう」
「案外、あちらの奥さまにひき止められていらっしゃるのかもしれませんわ」
「そうだな……あの奥さん、話好きだからな……」
「お寂しいのよ、お二人っきりですもの……、お孫さんは東京にいらっしゃるんですってね……」
「ああ……」
雄一郎は、ちらと有里を見た。べつに深い意味があっての言葉ではなさそうだった。
雄一郎が和服に着換えて炉端《ろばた》に坐るのを待って、有里は茶をいれた。
「ねえ……、もし今夜もお姉さまや千枝さんが、南部さんへ御厄介になるようだったら、あなたから、早くこちらへお帰りになるようおっしゃって下さいな……。私、一日も早くお二人と一緒に暮して、お気持をのみ込みたいの、私、きっとお二人に気に入られるようにしますわ」
「うん……」
「あなたのお姉さまは私にとってもお姉さま……妹さんは私にも妹、生れた時からの姉妹のようになりたいんです」
「ありがとう……」
雄一郎には、それがたとえ口先だけのことであっても嬉《うれ》しかった。両親に早く死に別れただけに、雄一郎にとって、いままで姉と妹はこの世でかけがえのない大事な存在だった。
ふたたび、玄関のあく音がした。
「あら、お帰りかしら……」
有里が腰を浮かすのと同時に、千枝が物も言わずに、のっそりと入って来た。
「お帰りなさい」
有里は嬉しそうに迎えた。
「ただいま……」
千枝は、かろうじて笑ったという感じだった。
「お帰り……」
雄一郎がふりむいた。
「姉さんは……まだ、手宮の親父《おや》っさんとこに居るんか……?」
「…………」
「ああ、お前は売店に行ったから知らんのだな」
ふと、千枝の顔がゆがんだ。
「兄ちゃん……」
「千枝、どうした?」
「兄ちゃん……、姉ちゃんはもう、帰ってこんよ……」
「なに?」
「横浜へ行っちゃったよ」
「横浜……、神奈川県の横浜か……?」
「うん……」
「どうして……、なにしに行ったんだ」
「……南部の、駅長さんとこの、従姉妹にあたる人が横浜にいて……異人さん相手の洗濯屋やってるんだと……」
「馬鹿ア、そんな話どうだっていい、姉さんは……どうしたんだ……何故、横浜なんかへ行ったんだ……」
雄一郎が苛立《いらだ》って、大声を出すと、千枝がわっと泣きだした。
「あなた、そんなに言ったって……、千枝さんだって、どう話していいか、判らないわよ。ね、千枝さん、お姉さまは……その南部さんの親類のかたの所へ行ったの……そうなのね……」
「うん……」
千枝は涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。
「俺、これから南部の親父さんとこへ行ってくる……」
雄一郎は、いきなり羽織を掴《つか》んで立ち上った。
「千枝の話じゃ、さっぱりわけが判らん」
「待って、兄ちゃん」
千枝がすがりつくように言った。
「姉ちゃんが……、姉ちゃんが、兄ちゃんにこれをお見せって……」
はる子に托《たく》された手紙を差し出した。
雄一郎は、千枝の手からひったくるように手紙を受け取ると、すぐ封を切った。
まぎれもなく、姉のはる子の字だった。
『雄ちゃん、勝手なことをしてごめんね。なんの相談もなく横浜へ行ったと雄ちゃんが知ったら、どんなに驚くだろう、腹を立てるだろうと、その顔がこの手紙を書いている今も、はっきりと眼に浮かびます。
でも、私は自分でこの道を選びました。考えに考えた末なのです。いつか、私は室伏の家を出て、一人で歩かねばならないと考えていました。雄ちゃんも結婚し、千枝もどうにか一人前になった今がその機会だと思ったのです。けっして、考え違いをしないでください、私は私の幸せのためにこの道を選んだのですから……。
有里さん。
本当はあなたが、もう少し室伏の家になれてから出発しようかとも思ったのです。でも、同じことなら、最初からなにもかも、あなたにお任せしたほうがいいと思い直しました。
雄一郎も千枝も、わがままで寂しがりやです。きっと、いろいろとあなたに御苦労をかけると思いますが、どうか、よろしくお願いします。
雄一郎は普段は丈夫で薬いらずですが、お酒を沢山飲んだ翌日、もし具合が悪そうにしていたらせんぶりを煎《せん》じてやってください。あの子の二日酔いには、それが一番効くようです。
千枝は針仕事の嫌いな子なので、よく綻《ほころ》びたままの着物を着ているくせがあります、みつけたら、きつく叱《しか》ってやってください。必ず自分でお針を持つよう言ってください、それが先へ行って、あの子のためになることですから……。千枝の食べすぎには、げんのしょうこがよいようです。
せんぶりもげんのしょうこも、昨年乾しておいたのが台所の棚にあります。今年もまた、裏の空地にげんのしょうこやせんぶりが生えたら、忘れずに摘んでおいてください。
雄一郎が不機嫌なときは茶碗蒸《ちやわんむ》しを作ってやると、不思議に機嫌がなおります。千枝はまさかりかぼちゃの煮たのが好物です。二人の衣類は押入れの行李《こうり》に、それぞれ夏冬に分けてはいっています。
どうか、よろしくお願いします。
有里さんも気候風土の違う土地での暮しですから、くれぐれも体に気をつけて、けっして無理をしないようにしてください。
どこに居ても、どこで暮していても、いつも、みんなの幸せと健康を祈っています。
[#地付き]は る 子
雄 一 郎 様
有   里 様
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