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旅路25

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    25春の遅かった北海道にも、やがて、まっ白なこぶしの花が群がって咲いた。雨のたびに、緑が濃くなる林の奥で、かっこう
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    25

春の遅かった北海道にも、やがて、まっ白なこぶしの花が群がって咲いた。
雨のたびに、緑が濃くなる林の奥で、かっこうが鳴き、北海道の花すずらんが慎ましやかに初夏の到来を告げて花ひらく頃、室伏家の赤ん坊は有里の丹精ですくすくと成長していた。
しかし、この数か月間の有里の苦労というものは、並大抵のものではなかった。
まだ充分に気風ものみこんでいない土地で、有里は貰い乳に歩き回り、重湯を作り、牛乳をのませ、おしめの取りかえ、洗濯と、有里の一日はまるで戦場のようであった。
それでも、日一日と可愛らしさを増して行く奈津子を見ていると、有里は疲れを忘れた。
だが、赤ん坊の成長と共に、赤ん坊にまつわる噂《うわさ》が次第に尾ひれをつけて、人々の耳から耳へと囁《ささや》かれて行った。
或る日、雄一郎が待合室の傍にある井戸のポンプの故障を直していると、列車待ちをしている行商の女たちが、何か声高に話しているのが耳にはいった。
「ほれ、ここの駅の室伏さんとこの嫁さんなあ、ついこの間嫁に来たと思うたら、もう、赤ん坊背負うて歩いとるがな……」
「ありゃ、どこぞの子を預かっとるちゅう話じゃがな」
「それがあ……」
三人目の女が声を低めた。
「そんなこと言うとるが、わかるものかね。なんでも、式を挙げるより先に産まれてしもうた子を、よそへ預けとったんじゃが、晴れて夫婦になったもんで、ひきとったんじゃと……」
「へえ——、それじゃ、あの子は嫁入り前に産んでしもうた子かいの」
「考えてもみなんし、誰が嫁入り早々、他人の子を預かる馬鹿があるもんかね」
「そらそうじゃのう……」
「だどもよう……」
三人の中では一番年配の女が言った。
「あの赤ん坊、ほんとに御亭主の子かいな……?」
「さあて、そんなこと俺《おら》知んねえな……」
「案外、知らぬは亭主ばかりなりかもしれんよ……」
三人は声をひそめて笑った。
窓の外でこの会話を聞いていた雄一郎は、唖然《あぜん》としてしまった。
そのような噂は、かなり広範囲にひろがっているらしく、千枝も同じようなことを耳にして憤慨していた。
奈津子の実の親である瀬木千代子からは、あれ以来、まったく何の音沙汰《おとさた》もなかった。
ちょうどこの頃、もう一つの噂が、この付近の人々の間に伝わっていた。
それは南部駅長の孫娘、三千代に関するもので、彼女が最近、東京の嫁入り先を離縁になり、手宮の駅長官舎に帰って来ているというのである。
この話を室伏家では、千枝がいちばん最初に聞いた。相手は言わずと知れた、早耳で有名な売店の小母さん、東《あずま》きみだった。
「へえー、まさか……」
小母さんからその話を聞いたとき、千枝は息が止まるほど驚いた。
「だって、三千代さんは東京のいい家へ是非といわれてお嫁に行ったんだよ、帝大出の銀行員で、すごくハンサムな立派な人だったんだ。一度わざわざ東京から南部駅長さんや三千代さんに逢《あ》いに来たのを見たんで知ってるんだけど……」
「それがね、その婿《むこ》さん、肺病なんだとさ」
「ええッ、だってまだ若くて丈夫そうな人だったよ。顔色もよかったし……」
「それが、ほんとうは学生時代から胸が悪かったんだと……」
小母さんは、さも重大な秘密を打ちあける時のような顔つきをした。
「婿《むこ》さんは、三千代さんと結婚して、ほんのひと月かそこらで具合が悪くなって、入院しちまったんだってさ。おまけに、婿さんの姉さんていう人が嫌な女でねえ、病気になったのは三千代さんのせいだといわんばかりに、ねちねちと意地悪をしたそうだよ」
「へえ……」
「それでね、三千代さんのお父さんが腹を立てて、三千代さんを実家に連れ戻したんだと……」
「可哀そうだねえ……そうだったの、へえ、……三千代さんあの時はあんなに仕合せそうだったのにねえ、人の運てわかんないもんだねえ……」
「可哀そうなのは婿さんのほうだよ、そりゃ、なにがあったか知らないが、とにかく夫婦になったんだもの、亭主の看病くらいはするのが女房たるものの務めじゃないか」
「でも、胸の病気ってうつるんでしょう」
「そうなんだよ、だから慌てて逃げだしたんだろうけどねえ……そこはやっぱり夫婦なんだからさあ……」
「看病しなけりゃいけないかね」
「そりゃあそうだよ、女房が一心不乱に看病してこそ、直らない病気も直るってもんでね、それが貞女ってものさ」
「だけどさ、貞女もいいけど、もし病気がうつって死んじゃったら……」
「ま、そうなりゃ不運さね。だども、夫の看護がもとで死んだのなら、女としては立派さね」
「嫌だねえ、死ぬなんて、あたいだったらやっぱり逃げちゃうな」
「そりゃあ千枝ちゃんにはまだ判らないんだよ、男と女の仲というのは微妙だからね……」
小母さんは、いつになくしんみりした顔つきをした。
「亭主に惚《ほ》れてなけりゃあ逃げるだろうよ、けど、本当に惚れ合って一緒になったんなら、とても、そんな不人情な真似は出来ないもんだよ」
「そんじゃ、三千代さんは婿さんに惚れてなかったのかね」
「そうなんだよ、みんな噂してるよ、あの人は金に目がくらんで嫁に行ったんだから、本気で看病なんかするもんかってね」
「ふうん……」
千枝はすっかり考え込んだ。
(人は見かけによらぬものだ、三千代さんはそんな人だったのだろうか……)
人の噂《うわさ》というものが、どんなに事実と違い、また無責任なものであるかを、自分の家の例で身にしみているくせに、他人のこととなると、千枝はすっかり噂の渦の中に巻きこまれてしまっていた。
(三千代さんて、思ったよりひどい人だ、兄ちゃんもあんな人と結婚しなくてよかった……)
千枝は本気でそんなことを考えていた。
だが、三千代の場合も、室伏家の赤ん坊と同じように、事実は世間の噂とは随分かけはなれていた。
三千代は金のために結婚したのでも、看病が嫌で逃げだして来たのでもなかった。
そのことは、このところ毎日南部家で繰りかえされている会話を少しでも耳にすれば、すぐ理解できるはずだった。
「お前の気持は判らんことはないが、そんなにくよくよ考えてばかりおったら、身体がもちゃせんぞ……」
南部は三千代の気持をすこしでも引きたてようと苦労していた。
「…………」
「婆《ばあ》さんも、どんなに心配しとるかしれやせん……な……三千代……」
「おじいちゃんッ!」
三千代の感情は指先で触れただけで、甲高い音を発しそうなまでに張りつめていた。
「あたし……利夫さんが病気になったことは、不運だったと諦めがつきます……。あきらめきれないのは……、あきらめきれないのは、利夫さんの看病をしてあげられないということなんです」
「三千代……」
「私は利夫さんの妻なんです、たとえ期間は短かくても、妻は妻なんです……。それが病気の利夫さんを捨てて、実家へ帰ってしまった……、それが妻のすることでしょうか、仮にも夫婦になった者のすることなんでしょうか……」
「お前が悪いんじゃない、お前の父さんが無理にお前を連れ戻した……が、それだって、みんなお前のためを考えてのことだったんだろう……」
「連れ戻された私が馬鹿だったんです。私は利夫さんの妻で、もう花巻《はなまき》の家の人間だったのに……、のめのめと実家へ戻るなんて……私、口惜しいんです。なぜ……なぜ……、父に逆っても利夫さんのそばに居なかったのかと……、自分で自分に腹が立つんです……」
三千代の頬《ほお》を涙が伝った。
南部は三千代をじっと見た。
ついこのあいだまで、まるっきり子供子供していた孫娘が、いつの間にかすっかり大人に生長していて、涙を流し、苦しんでいるのだ。
「三千代……お前の言うのはもっともだ」
南部は、ともすれば乱れがちな気持をまず落着けた。
「しかし、花巻の家のほうにも、お前を利夫のそばへ置きたがらないふうがあったとわしは聞いておる。だから……あの場合、お前としては実家へ帰るより仕方なかったのだとわしは思うよ」
「おじいちゃん……」
三千代が濡れた眼をあげた。
「いいか、三千代、人生とはそういうものだ。何度も何度も後悔にぶつかるもんだ……後悔のない人生なんて、そう、めったやたらにあるものか、後悔しながら少しずつ手さぐりで歩いて行く、そんなもんだよ……三千代……お前のように後悔だけしていたって仕様がない、大事なのは、この次に同じ後悔を二度とくり返さないということじゃないのか……それでなくては、後悔したことの意味がありあせんよ」
「同じ後悔を二度とくり返さないこと……」
三千代が呟《つぶや》いた。
「うん……」
南部は顎《あご》を引いた。
「わしはね、人生というのは長い長い旅路だと思っとる……。長い道中には汽車に乗りはぐれることもあるだろう。乗ろうと思って待っとった汽車が、なにかの都合で来ないことだってあり得る……。乗るまいと思った汽車に、ついうっかり乗っちまうこともある。そして、上り坂あり下り坂あり、雨も降ろうし、大雪もある……。一度汽車に乗り間違えたからって、旅を投げ出すわけには行かんのだよ、線路は汽車の前に長く長く、続いとるんじゃ……」
三千代は眼を庭の薔薇《ばら》へ移した。
蕾《つぼみ》が大きくふくらんで、あと二、三日もすれば咲きそうな気配だ。
(おじいちゃんは、後悔のない人生は無いという……、後悔を乗り越えて前進するのだという……、しかし、汽車にだって乗り越えられない山坂があるように、人間にも、とうていそれを乗り越えることの出来ない苦しみというものがあるのではないだろうか、すくなくとも今の私には、この苦しみを乗り越えるだけの力はない。ではどうすればいいのか……、それも私には判らない。私に判ることは、とにかく今、こうして生きて行くのが辛いということだけだ。眠るか……、死ぬか……する以外に、私には安息はないような気がする……)
三千代はふっと、雄一郎のことを想い出した。
近頃、しきりと雄一郎とのことを想い出す。結婚前の娘のころがただ無性になつかしかった。
(雄一郎さんに逢《あ》いたい、逢って、あらいざらい胸の中にたまっているものを吐きだしてしまいたい、そうすれば、すこしは気持が軽くなるのではないだろうか……)
世間の人たちなどはどうでもよかった。が、雄一郎にだけは、ほんとうの自分の気持を理解してもらいたいと三千代は思った。
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