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旅路29

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    29塩谷駅での事故は不発に終った。雄一郎の機敏な措置と、上り下り両列車の機関手たちの熟練した運転技術が、列車同士の
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    29

塩谷駅での事故は不発に終った。
雄一郎の機敏な措置と、上り下り両列車の機関手たちの熟練した運転技術が、列車同士の正面衝突という大事故を未然に防いだのである。
だから、結果的には職員にも乗客にも異常なく、この未遂事故のことは表沙汰《おもてざた》にはならなかった。
しかし、それは世間一般にたいしてのことで、札幌鉄道管理局内部では、当事者の責任問題追求、現場検証など、頭の痛い問題が残っていた。
塩谷の坂本駅長、戸波助役は病気や非番で現場に居なかったにも関らず、上司に進退伺いを出したそうだとか、実際の責任者である関根重彦は、彼の父が鉄道省の某有力者と近しくしているので、恐らく軽い譴責《けんせき》か減俸処分くらいで済むのではないかなどの噂《うわさ》が、口さがない人々の間で、まことしやかに囁《ささや》かれはじめていた。
塩谷駅での未遂事故のあったその夜、なんとなく心配になった有里は、自家製のくず餅《もち》を持って比沙を見舞った。
比沙の病室の前までくると、案の定、中が騒がしい。通りがかりの看護婦に聴くと、さっき御主人がみえて暫《しばら》くたってから病人が興奮しだし、いましがた医師が鎮静剤の注射をしたところだと言った。
一時間ほど外で時間をつぶし、あらためて病室をのぞくと、比沙は少し落着いたのか、ぼんやりと枕辺に飾られた花を見ていた。
「奥さん……」
有里が遠慮勝ちに声をかけると、
「どうぞ……」
比沙は嬉《うれ》しそうに、ベッドのそばに置かれた椅子《いす》を示した。
「さっき来てくれはりましたのやろ……」
「ええ……」
「なんや、急に哀《かな》しうなってしもうてなあ……」
寂しそうに眼をそらした。
「奥さん……」
「うちのせいどした……うちが流産してしもて、それで主人は……それで主人はあんなことしてしもうたんどす……」
「奥さん、そのことはもう忘れましょう、お体にさわりますわ……」
「有里さん……、うち、主人に申しわけのうて……」
比沙は、突然両手で顔を覆った。
「うちの人は、なんにも叱《しか》らしまへん……、今しがた、ここに顔出して、心配かけた、堪忍《かんにん》せい言うて……。うちにはあの人の気持がようわかります、あの人は子供の時から鉄道が好きやった……、鉄道は男の一生をかけるにふさわしい、生き甲斐《がい》のある仕事やっていつも言うてました。今度のことで、あの人がもし鉄道やめんならんことになってしもたら……うち……あの人にすまん、あの人が可哀そうで、それ思うと……うち……こうして寝てるのが歯がゆうて……。あの人のためやったら、札鉄の管理局のお人の前に手ついて……、なんとかあの人の罪をつぐないたい……な、お有里はん……」
「わかります、奥さんのお気持はよくわかりますけど……でも、そんなに思いつめないで……。今度のことは、たとえどういうことがあったにせよ、お客さまに怪我人が出たわけでもないし……、大事にはならなかったのですから……」
「それでも、あの人は責任を感じています……うち、あの人があれ以来、ろくに眠っていないのを知っています。あの人は責任感の強いお人やし……、苦しんで……苦しんで、悔んで、悔み抜いて……、命の細る思いをしている……うち、わかります……」
比沙は再び興奮しはじめた。
「奥さん、落ついて……、御主人には立派なお父さまがついていらっしゃいます。奥さんがあんまり心配なさって、もし体でも悪くしたら、御主人にかえって、ご心配をおかけすることになりますわ……ね……」
有里は病院に来たことを後悔した。言葉では、どう比沙を慰めたところで、それで彼女が救われるはずのものではなかった。
有里は家へ帰って、このことを雄一郎に告げた。すると、雄一郎は、
「それは……、鉄道員だって人間なんだ、過ちもある、しかし、鉄道は過ちがただ過ちだから悪かったでは済まんのだ……。たとえ、どういう事情があっても、鉄道員はその職責を全うするのが義務なんだ……」
ぽつりと言った。
翌日、有里たちの耳に、手宮駅の南部駅長が辞表を出したとの噂がとび込んで来た。
彼が辞表を出したわけは、もともと関根重彦は手宮駅の所属であり、南部の部下である、部下の罪は、すべて上司たる自分の不徳の致すところ、ということらしかった。
次第に事情がはっきりするにつれ、南部斉五郎のとった行動に、彼を知るものはすべて、今更ながらその人物の大きさに感嘆すると同時に、思わず目頭を熱くしたのだった。
南部斉五郎は辞表を携え、札幌鉄道管理局長の前で、まさに声涙くだる演説を行なった。
「……無論、私も鉄道員のはしくれであります。自分の部下をかばうあまりに、事件の重大さをないがしろにするものでは決してありません……。ただ、私が申しあげたいのは、鉄道員もまた人の子であります、妻の流産に、心が動揺することもあったでありましょう、看病に疲れはてたということもあったものと思われます……。しかし、勿論そうした情状酌量が許されるとは考えて居りません。だが、重ねて申します。関根重彦は、有望な鉄道員としての素質を持っている男であります。今度のことで、彼は鉄道員たるものの道のきびしさを骨の髄まで思い知ったに相違ないのであります。誰が言うより、彼はおのれの罪の深さに悩み苦しんで居る……。このことを、私は彼の未来に生かしてやりたいと念ずるのであります。彼を譴責《けんせき》し、鉄道から追放することは容易であります。しかし、私はなんとかして、鉄道員として彼に、鉄道への償いをさせてやりたいと思うのであります。この不祥事によって、彼の前途を葬り去るより、彼の未来のよき教訓としてこれを生かしてやりたいと願うのであります。重ねて申し上げます。責任はすべて上司たる私にあります。老骨は消え去っても、若い伸び行く芽は枯らしたくないと念願致します……。鉄道の未来のために、有能なる若い芽は、断じて枯らしてはならんと思うのであります……」
南部の、自分を犠牲にして部下を救おうとする、この言葉は強く局長の胸をうった。
南部がほぼその目的を達して、局長室を出てくると、廊下に関根が立っていた。
関根はドア越しに南部の言葉を聞いていた様子だった。
「駅長……」
彼の眼には大きな感動の色があった。しかし、同時に、一旦決意したことを翻《ひるが》えさない固い決意もうかがわれた。
「関根君……、君、なにしにここへ来た……」
「…………」
南部は関根が手にした辞表をじろりと見た。
「そりゃあ何だ、まさか、辞表じゃあるまいな……」
「駅長……」
関根は真直ぐ南部を見た。
「僕は辞職します……」
「馬鹿ア!」
管理局の建物中に響きわたるような声だった。
「しかし駅長、責任は僕にあるんです、僕が責任をとるべきです……。このままでは、駅長にも、塩谷駅の方々にも迷惑をかけます……、僕は辞めます……断じて責任をとります」
関根は南部の視線をはねかえすように顔をあげていった。
「この大飯ぐらいッ!」
南部の親父さん得意の雷がおちた。
管理局に勤める人々の顔が、ドアから廊下をのぞいた。
「こんな紙っぺら一枚で……」
南部は関根の辞表をひったくった。
「こんなもんで貴様の罪が帳消しになると思っとるのか、この大馬鹿野郎……。いったい何度言ったら判るんだ、辞表一枚で、なにが責任……なにが反省だ……、鉄道はそんな甘っちょろいもんじゃないわい……」
「駅長……」
関根はなかなかひるまなかった。
「関根君……鉄道員の償いは、一生かかって鉄道に尽すことだ。たった一つしかない命を、一生かかって鉄道に捧げることだ……。これ以外にいったい何がある。なにが償いだ……なにが責任だ、顔洗って出直して来いッ」
「しかし、僕は……、父の地位で、父の権力で、罪をのがれたと思われたくない……父の蔭の力で、馘首《くび》になるのを免れて……、嫌だ……そんなみじめったらしい一生は真っ平だ……」
関根の眼には涙が滲《にじ》んでいた。
「この馬鹿……まだ眼がさめんのか……」
ちょうど通りすがりの掃除夫のさげていたバケツをひったくると、南部はいきなり関根の頭から水をあびせかけた。
「馬鹿もん……、いい加減にせい……」
「駅長……」
全身|濡《ぬ》れねずみになりながら、それでも関根は不動の姿勢を崩さなかった。
「いいか、お前の親父が大臣だろうと、閣下だろうと……、二本の線路の知ったことか……、とび込んでくる機関車の知ったことか……。鉄道を動かすのは権力じゃない……、地位や名誉でもない……真に鉄道を動かすものは、鉄道員の魂だ……、わからんのかそんなことが、この大飯ぐい……」
言葉ははげしくても、南部の声は慈愛にあふれていた。
「俺がお前を鉄道に残したいと思ったのは、お前のためじゃない、鉄道の未来にお前が役立つ人間と思うからだ……。これだけ言うてもわからんけりゃ、勝手に辞職でもなんでもするがいい……、それより、豆腐の角に頭をぶつけて死んじまえ、この唐変木……」
じっと関根をみつめた。その南部を関根はにらみかえした。
しかし、いつか二人の頬《ほお》を濡らす、二本の光る筋があった。
鉄道を動かすものは、鉄道員の魂だと叫び、鉄道員も人の子ぞと泣いた南部斉五郎の熱弁は、鉄道に生きる人々に大きな感動を与えた。
南部斉五郎は鉄道を去った。
そして、関根重彦は鉄道員として東京へ転勤して行った。
古い幹は枯れても、新しい芽は伸ばさねばならぬ……。南部斉五郎の、己れを殺しても、鉄道の未来を思う愛情は、関根重彦の胸に生きた。そして又、室伏雄一郎の胸に、鉄道に働くすべての若い鉄道員の胸に、炎となって燃えたのだった。
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