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旅路31

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:   31車掌という職業は、いつも乗客という人間を相手にせねばならぬ。月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり、と
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   31

車掌という職業は、いつも乗客という人間を相手にせねばならぬ。
月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり、とは芭蕉の奥の細道の冒頭の名文だが、毎日毎日の列車の中にも、様々な人生の喜劇、悲劇のあることを、車掌になって、はじめて雄一郎は思い知った。
病人の世話から酔っ払いの世話、はては子供のおしっこの世話までする。
その日は朝から遺骨の忘れ物があり、くさっていると、長万部からの戻りの列車内で派手な夫婦|喧嘩《げんか》がはじまってしまった。
夫の方は小樽あたりの商人らしく、一見して芸者と判る女と一緒であった。弁当を女に食べさせてやったり、検札のときなど、別れるのがつらいから、定山渓《じようざんけい》でもう一泊しようなどと調子のいいことを言っていたが、どこから乗りこんだものか、本妻がやって来て、雄一郎の眼の前で男に武者振りついた。芸者があわてて逃げようとするのを、髪をつかんで引き戻す。男は女房を押えようとして逆に引っ掻《か》かれる。それこそ三つ巴《どもえ》の大乱闘となってしまった。
この場合、車掌の職責上、喧嘩を制止せねば他の乗客たちの迷惑となる。どうやらこうやら双方をわけたときは、雄一郎の顔は一面引っ掻き傷のミミズ腫《ば》れだらけとなっていた。
やっと乗務を終り、その顔で雄一郎が札幌駅のホームを歩いてくると、ばったり三千代に出逢った。
「やあ……」
「室伏さん……」
二人は複雑な表情で、互に顔をみつめ合った。
三千代が東京へ嫁入るため乗って行った列車を見送ってから、はたして何年になるだろう……。三千代がこちらへ帰ってきている事情を、雄一郎はうすうす聞いて知っていた。
「御主人、入院されとるそうですね……」
雄一郎は、三千代が仕合せでないことが気の毒でたまらなかった。
「まだ、癒《なお》らないのですか」
「ええ……」
三千代は寂しそうに眼を伏せた。
「悪い妻でしょう、病気の主人の看病もしないで……」
「三千代さん……」
雄一郎は言葉をうしなった。
「ご結婚なさったんですってね……」
急に調子を変えて、明るく言った。
「ごめんなさい、お祝を申し上げるのがあとになってしまって……」
「いや……」
雄一郎は苦笑した。
「僕だって、三千代さんの結婚のお祝まだ言っていませんよ」
「そんな……お祝を言っていただくような結婚じゃなかったんです……」
三千代の顔が曇った。
「三千代さん……」
「馬鹿な女だと思って、軽蔑《けいべつ》していらっしゃるでしょう、私のこと……」
「どうしてですか、軽蔑するにもなにも、僕はあなたのこと、なにも知っちゃあいませんよ」
「そうでしたわね……」
三千代はちょっと、おくれ毛を気にした。
「私って、いつもあなたに話したいと思うことを胸一杯もっているくせに……、いつも、あなたから逃げ出してしまって……」
列車従事員詰所から大西が顔を出して、雄一郎を呼んだ。
「おーい、室伏、時間だぞ……」
「じゃあ……点呼がありますから……」
雄一郎は鉄道式の敬礼をした。
「ごめんなさい、休息なさる時間を……くだらないお喋《しやべ》りしてしまって……」
「いや……、駅長お元気ですか?」
「もう駅長じゃありませんわ、毎日釣りばかりしています」
「このところ忙しくて、すっかりごぶさたしていますが、そのうちきっとうかがいます」
「どうぞ、お待ちしていますわ」
大西が再び雄一郎を呼んだ。
「じゃあ……」
「さようなら……」
雄一郎は歩きだした。
しかし、五、六歩行ったところで、
「室伏さん……」
三千代に呼びとめられた。
「はあ……?」
「私……、お話したいんです……」
すがりつくような眼の色だった。
「きいて頂きたいんです、なにもかも……、今度のお休みいつです?」
「あさってです」
「それじゃ、あさって……小樽へ行きます」
「…………」
「ね、室伏さん……。あさっての午後一時、いつかのうなぎ屋で……」
「あさって、一時、うなぎ屋ですね……」
声に出して繰返してから、雄一郎は詰所へ向って走りだした。
三千代がいつまでも自分を見送っているのを、彼は背中に感じていた。
(三千代さんが何を話すというんだろう……)
雄一郎は今みた三千代の顔を思い出していた。
(しばらく見ないうちに、すっかり変ってしまった……。あんなにふくよかだった頬《ほお》が、すっかり面窶《おもやつ》れして……、やっぱり仕合せではなかったんだ、あの人は……)
彼は、いつまでもそのことにこだわった。
その休日に、三千代と小樽の町で逢う約束をしたことを、雄一郎はなんとなく有里へ話しそびれた。
別に強いて隠さなければならない理由はないはずだった。
南部駅長の孫娘に当る彼女を、有里は知っている。知らないのは、自分と結婚する以前に、夫が三千代に好意を持っていたということだった。
そして、別にやましいことはないと思いながら、有里に内緒で三千代に逢うことに、雄一郎はやっぱり気がとがめていた。
世間一般の男性がよくそうであるように、雄一郎もまた、その日の朝は、有里にたいして無意識にやさしく振舞っていた。
小樽に用事があると言っておきながら、いつまでたっても出掛けようとしない夫に、有里は逆に気を揉《も》んでいた。
「あなた、ぼつぼつお仕度をなさらないと……」
「ああ、そうだな……」
有里が桶《おけ》を持っているのを見つけると、
「なんだ、水くみか、俺がやってやるよ」
などと珍しいことを言う。
「いいえ、毎日のことですもの……」
「いや、うちに居るときくらい、俺がやるよ」
「でも、遅うなるわ」
「なあに、まだ平気だよ……」
雄一郎は無理に有里の手から桶を取って、井戸の方へ出て行った。
(変ねえ、いつもと様子が違う……)
そうは思ったが、有里もまさか、雄一郎が初恋の女に逢いに行くなどとは夢にも思わなかった。
雄一郎は時間が気にならないわけではなかった。
有里のいうように、暢気《のんき》に水汲《く》みなどしている場合ではないと思う。けれど、何も知らない有里に、早く行かないと時間に遅れるなどと言われると、どういうわけかいそいで出掛ける気になれなかった。
風呂桶に水を汲み込み、台所の瓶《かめ》を一杯にしてから、ようやく雄一郎は仕度をする気になった。
一汗かいた顔を、井戸端で洗っていると、
「おい、雄一郎君……」
聞きおぼえのある声で、名前を呼ばれた。
「はあ……?」
濡《ぬ》れたまんまの顔をあげた。
「久しぶりだねえ」
伊東栄吉だった。
伊東が東京へ去ったのは、たしか震災より一、二年前の年だったから、おそらく五、六年ぶりの北海道なのではないだろうか。雄一郎が東京で彼に逢ってからでさえ、すでに三年が経過している。
伊東はひどくなつかしそうだった。
彼はすっかり立派になり、高等官の服装を着ていた。
「伊東さん……」
しかし、伊東を迎える雄一郎の気持はかなり微妙だった。
雄一郎には、この前東京で伊東に逢った時のことが、まだ胸の底に、固いしこりとなって残っていた。
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