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旅路32

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    32伊東栄吉は雄一郎の姉のはる子の幼友達であった。雄一郎と同じように、塩谷駅の駅夫から始って、小樽駅に勤務している
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    32

伊東栄吉は雄一郎の姉のはる子の幼友達であった。
雄一郎と同じように、塩谷駅の駅夫から始って、小樽駅に勤務している時、東京から視察に来た鉄道省の尾形清隆に認められて、東京へ転任した。
その後、中央の教習所を卒業して、東鉄管内に勤務中、一度、雄一郎も尾形邸を訪ねて逢ったことがある。
その折、上野駅で再会を約したのだが、雄一郎の列車が発車するまで、遂に伊東は姿を現さなかった。
「あのときは本当にすまなかった……」
伊東も、まずそのことを口にした。
「東鉄管内に小さな事故があってね……、とうとう発車時刻にまにあわなかったんだ、手紙に書いたから知ってはいるだろうが……」
「えっ、手紙……」
雄一郎は眼を瞠《みは》った。
「うん、もっとちょくちょく書かんならんとは思うとっても、つい筆不精になってしまって……姉さん、元気かね……」
ちらと家の中を気にした。
「はあ……」
雄一郎は曖昧《あいまい》な応えかたしか出来なかった。
(これはいったい、どういうことなのだろう……、伊東は手紙を出したというが、そんな手紙はこちらでは受取っていない。また、伊東からはる子へ宛た手紙も、ここ数年間ただの一通も来ていない……)
雄一郎は、探るような眼を伊東に向けた。
伊東は別に冗談を言っている様子もない。
「さっぱりはるちゃんから返事も来んし、どこかへ嫁に行ったかと思ったりしたんだが……はるちゃん、結婚したの……?」
「いや……、しません……」
「そうか……まだ独りで……そうだったのか……」
伊東はほっとしたように言った。
「今日、留守……?」
「いや、あの、いつかそのことは手紙で知らせたと思いますが……」
「何を……いつ……?」
「もう、だいぶ前になりますけどね、姉さん、いま横浜へ行ってるんです。もうかれこれ一年以上になりますねえ」
「そのこと、手紙で僕に知らせてくれたのかね」
「ええ……」
「君が?」
「そうです」
矢つぎばやに質問してから、伊東は首をかしげた。
「おかしいなあ……僕はそんな手紙受取っていないんだ……」
それから、はっとしたように雄一郎を見た。
「それじゃ、僕が今年はるちゃんに出した手紙は横浜のほうへ回してくれたのかい」
「姉さんに手紙……いつですか?」
雄一郎にとっては、まったく思いもかけないことだった。
伊東が手紙さえ寄越してくれていたら、はる子は勿論、雄一郎にしたところでこんなに心配することはなかったのだ。
「いったい、いつ出したんです?」
「いつって……時々、少なくとも二た月に一度くらいは書いた筈《はず》だが……」
「この家あてですか」
「ああ……」
「来ていませんよ、一通も……とにかく家へ入りましょう、こんな所じゃ落着いて話もできません」
雄一郎は伊東を家の中へ誘った。
伊東の言うのは嘘《うそ》ではないらしく、彼は雄一郎が結婚したこともまだ知らなかった。このことも、雄一郎は手紙で知らせてやったのだ。
伊東は初い初いしい有里の新妻ぶりに、ただ眼を瞠《みは》るばかりだった。
「ちっとも知らなかった……、僕は返事も来んし、変だ変だとは思っとったんだが……」
「お前、受けとっとらんだろうな、伊東さんから姉さんへあてた手紙……」
「いいえ……」
雄一郎は有里の返事を聞いてから伊東を見た。
「第一、僕が東京で伊東さんと逢ってから、一度も手紙もらっていませんよ。あんまり手紙が来ないんで、姉も僕も、正直なはなし……伊東さん、もう僕らのこと忘れたのかと思っとったんですよ」
「忘れる?」
伊東は眼をむいた。
「僕がはるちゃんや君たちのことを忘れたって……?」
「……姉は、そう思っとったようです……」
「馬鹿な……、そんな馬鹿な……」
伊東は腹立たしそうに言った。
「僕は、はるちゃんから一度も返事が来んし……、はるちゃんこそ僕のことを忘れたか、わざと避けているんだろうと思うとったんだ……、そうか、そうだったのか……」
伊東はじっと考え込んだ。
「しかし、伊東さん、どうして手紙がつかなかったんでしょうね……、こっちへつかないばかりでなく、僕の出した手紙も伊東さんのほうへついとらんし……」
「うん……」
突然、伊東が顔を上げた。
「そうか……」
「どうしたんです、伊東さん……」
「そうだろう……、たぶん、そうとしか考えられん……」
「何がですか?」
「いや、手紙が届かなかったことで、ちょっと思い当ることがあるんだが……とにかく、今それを云々してもはじまらん。それより、その横浜のはるちゃんの住所を教えてくれないか」
「ええ……伊東さん、今度は長くこっちに居られるんですか」
「いや……、実は尾形さんの内意を受けて、南部さんにお目にかかりに来たんだ……」
「南部の親父さんに……?」
「尾形さんも、中央でも、南部の親父さんの今度の退職を非常に惜しんどられる……。あのかたは、まだまだ鉄道のために働いてもらわにゃならんお人だ、是非とも鉄道に関係のある仕事に戻っていただこうと思ってな……」
「そうですか……」
雄一郎は急に晴れ晴れとした気持になって、伊東をみつめた。
「ほんとに南部の親父さんはあのまま置いておっては惜しい人です、是非、そうなるよう伊東さんからも尾形さんにお願いしてください」
「いや、尾形さんのほうは問題ないんだ。なにしろ自分から言い出されたことなんだから……、一番問題なのは親父さんがうんと言うかどうかだ……」
「なにしろ、頑固ですからね……」
その時、ふと雄一郎は三千代との約束を思い出した。
「真直ぐ親父さんのところへ行かれますか」
「うん……」
「では、小樽まで一緒に行きましょう……。僕も小樽に用事があるんです」
「そうか、それはちょうどよかった……」
有里が気をきかして、はる子の住所を写して持って来た。
「や、これはどうも……」
伊東は機嫌よく立ちあがった。
「やっぱり、ここへ来てみてよかったよ。このぶんなら、きっと南部の親父さんとこもうまく行きそうだな……」
嬉《うれ》しそうに、声を出して笑った。
鉄道をやめてから、南部斉五郎は札幌の郊外に小さな家を借りて、悠々自適の生活を送っていた。
伊東栄吉が訪ねたとき、南部斉五郎は庭で唐手《からて》の稽古《けいこ》をしていた。これは、彼が若かった頃病弱だったので、自分で自分を錬《きた》えなおそうと思い、始めたことだった。人には言わなかったが、彼はすでに唐手三段の腕前を持っていた。
伊東は、庭の枝折戸《しおりど》の方から入った。
「駅長……」
思わず、以前の習慣が口をついて出た。
「なんだ……、お前か……」
久しぶりの息子の帰宅を迎える親のような顔を、南部斉五郎はした。
「ふん……」
軽く鼻を鳴らしただけだが、そのくせ、伊東の立派になった姿にすっかり眼を細めている。
「玄関で声をかけたんですが、どなたもお出にならないようなので、こちらへ回って来たんです」
「ああ、婆《ばあ》さんの奴《やつ》、又、近所へお喋《しやべ》りに出かけたんだろう」
「お久しぶりです」
伊東は改めて、きびきびした動作で腰を折った。
「ああ……、東京ではなかなかやっとるそうじゃないか、風のたよりに聞いておるよ」
「しかし、駅長は相変らずお元気ですね……五年前とちっともお変りになって居られません……」
伊東は正直に感想を述べた。
「こいつ、世辞をいうな……、第一、俺はもう駅長じゃない……」
「は、実はそのことで、尾形さんが私に北海道へ行って来いと……」
「そうか……、実は俺のほうもお前に聴いてみたいことがあったんだ。ま、上れ……」
「はっ……」
伊東は懐しそうに部屋へあがった。
北海道に居たころと家はまるで違っているが、置かれている調度などは、すっかり元のままだった。また、家というものは、そこへ住む人によって、その人特有の体臭がしみ込むものらしく、この家にも南部斉五郎独特の飄々《ひようひよう》とした雰囲気がただよっていた。
南部は自分で茶をいれて、伊東にすすめた。
「嫁さんは貰ったか……、そうそう、おっ母さん、歿《な》くなったそうだな」
南部は表情をあらためた。
「はあ……昨年の暮でした。風邪をこじらしたのがもとで……、あっけないくらいでした……」
「そうか……」
南部は眼をつぶった。
「しかし、まあ、お前がそれだけになったのを見届けてじゃから……、おっ母さんもまあまあ安心して逝《ゆ》かれたじゃろう……」
「孫の顔を見んで死ぬのが残念じゃったと……申しておりましたけれど……」
「うむ……」
南部は顎《あご》を引いた。
「ところで、いつだったか、尾形君がお前を娘の婿《むこ》にと思うがどうじゃろうと内々言うて来たことがある……、俺はそのとき思う所あって、なんとも答えてやらなんだが……、お前そのこと知っとったか……」
「はあ……」
伊東が俯《うつむ》いた。
「うすうすではありますが……」
「尾形君の所は一人娘だ……、ま、出来ればお前を養子にと考えて居るんじゃろう……、だが、お前はどうなんじゃ?」
「…………」
「こら、黙っとっては判らんぞ」
「実は……」
伊東が顔をあげた。
「そのことは、うすうす尾形さんからも奥さんからもうかがっております……。しかし、自分としてはお断りするつもりで居るんであります」
「なに、断る……?」
「はあ、自分のような者を、それほどまでにおっしゃって下さるご好意は大変に有難いと思うのであります。又、これまで尾形さんから受けたご恩を思うと……、まことに相済まないと思うのでありますが……」
「馬鹿……恩は恩、これはこれだ……、義理で結婚する奴があるか……、断りたけりゃ断ればいい」
「はあ……」
「それで、なにか……娘が気に入らんのか?」
南部は相好をくずしながら聴いた。彼は伊東の答えが満足だった。断る理由は判らぬまでも、
(こいつ、なかなかしっかりしてきよったわい……)
その反骨がぞくぞくするほど嬉しかった。
「一人娘だから我儘《わがまま》なんじゃろう」
「いや、違います。実は……、その……駅長の前ですが……」
伊東は言いにくそうに、首のうしろに手をやった。
「その……心に定めた女があるんであります」
「夫婦約束しとるのか?」
南部はますます相好をくずした。
「いや、そうではありませんが……、女房にするなら……と、きめとったんであります」
「うん」
大きく頷《うなず》いた。
「どこの女だ……」
「はあ……」
「遠慮するな、言うてみい」
「はあ……、それが……」
「雄一郎の姉さんか?」
南部はずばりと言った。
「駅長……」
伊東が眼を瞠《みは》った。
「御存知でありましたか……」
「あっはっは……当ったな」
南部は声をあげて笑った。
「よしよし、結構結構……、いや、実をいうと、お前と雄一郎の姉さんとが恋仲じゃっちゅう話を前から耳にしていたし、そこへ尾形君から養子の話があったんで、内心すこし心配しとったんじゃ、お前がどっちを選ぶかとな……。しかし、勘違いしてはいかんよ、俺はなにも貧乏人の娘を捨てて、金持の娘の婿になるなんぞという、月並な観念でみとったわけじゃない……。ただな、人間の心は常に不動のもんじゃない、お前がはる子さんを好きであってもだ、月日が経って、はる子さんより尾形君の娘のほうに好意を持つということもある、が、それはそれでいいんだ……」
「お言葉ではありますが……」
伊東は坐り直した。
「自分は頑固ものでありますから、一度|惚《ほ》れたら、一生惚れ抜きます……。心が変るなんていうことは、絶対にないんであります」
「そうか、そうか……」
南部は何度も頷いた。
「その一言、横浜に居るはる子さんにきかせてやりたかった……。ありゃアいい娘だ、尾形君の娘も別嬪《べつぴん》か知らんが、はる子さんは外側も内側も、ずば抜けて上出来の女だ。……ああいう女は仕合せにしてやらにゃあいかん」
「尾形さんが北海道へ行って来いといわれたのを幸い、自分としては、はるちゃんの気持を確めに……、今度はなにがなんでも、嫁に貰うつもりで来たのであります」
「なんだ、じゃあお前、はる子さんが横浜へ行ったことを知らなかったのか」
「はあ……、実はそうなんであります」
「手紙のやりとりもしとらんかったのか」
「それが……、今度来て初めてわかったのでありますが、自分の出した手紙が全部はるちゃんの手許に届いとらんのであります」
「なに……?」
「はるちゃんや雄一郎君からの手紙も、自分の手には届いとりません……」
「出した手紙が、お互の手許に届いとらん……」
「そうであります」
「ふむ……」
南部はちょっと首をかしげた。
が、すぐに頬《ほお》に笑いが浮かんだ。
「お前、今でも尾形君の家の離れに厄介になっておるのか」
「はあ……、何度も鉄道の寮へ替ろうとしたんですが……」
「この色男!」
南部は伊東をにらんだ。
「はあ?」
「尾形君の娘か、細君か……、手紙の消えちまった理由はそのあたりだな……」
「はあ、自分もたぶんそのあたりだろうと……。しかし駅長、自分は決心しました、今度帰ったら横浜へはるちゃんを訪ね、その上で尾形さんになにもかも打ちあけて話そうと思っとります……」
「よかろう……。尾形君も苦労人だ、いくら可愛い娘のことでも、それくらいの区別《けじめ》はつけるだろう。伊東、当って砕けろ」
「はい!」
伊東は洋服の内ポケットから、一通の分厚い封書を出して、南部の前に差し出した。
「肝心の用件があとになりました。尾形さんからのお手紙です……。それから、尾形さんはじめ、東鉄の方々の多くは、南部さんに東京へ帰ってもらいたいと強く希望されております」
「俺は、鉄道を止めたんだよ……」
「たとえ鉄道は辞職されましても、他に方法はあります。くわしくは、どうかその手紙をお読み下さい……お願いします」
「うん……」
伊東の熱意に気圧《けお》された恰好《かつこう》で、南部斉五郎は思わず苦笑した。
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