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旅路38

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    38はる子と横浜での一日をたのしんだ夜、伊東栄吉は尾形の秘書の大原に呼ばれて、浜町《はまちよう》の料亭へむかった。
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    38

はる子と横浜での一日をたのしんだ夜、伊東栄吉は尾形の秘書の大原に呼ばれて、浜町《はまちよう》の料亭へむかった。
栄吉が通されたのは、静かな離れ風の部屋だった。
どこからか、三味線の音が聞えてくる。
やがて廊下を女の足音がして、年の頃十七、八の芸者が這入って来た。
「ごめんくださいまし……こんばんは……」
眼のぱっちりした色白の妓《こ》である。
「あの……大原さんからのお言付でございますけど……もう少し、あちらで御用談がございますので、お食事を先になさりながらお待ち下さるようにとおっしゃっておいででございます」
「はあ、僕のほうは結構です……別に用事はないですから……」
その妓が手を叩くと、女中が食事を運んで来た。
「お一つ、どうぞ……」
栄吉に酒をすすめた。
「いや、いいです……」
「そんなことおっしゃらないで……御前《ごぜん》から、あなたのお相手をするよう申しつけられて来たんですもの、さ、どうぞ……」
「はあ……」
栄吉は、ようやく盃を取った。
「あたし、はまのやの菊竜っていうんです……あなた、お名前は……?」
「伊東栄吉です」
「栄吉さん……お酌して下さいな」
菊竜が笑いながら、盃を出した。
「あ、どうも、すんません……」
栄吉はあわてて酌をした。
栄吉がどうも落着かない食事を済せた頃、大原が女中に導かれてやって来た。
「やあ、待たせてすまなかったね……」
それから、大原は菊竜にちょっと中座するようにと言った。
若い芸者が去ると、大原は小声で、今の芸者は尾形のかくし子で、尾形の若い時分|馴染《なじ》んだ芸者との間に生れた子だと説明した。
「まあ、尾形先生も家庭の事情はいろいろと複雑でね……先生のお元気なうちはよいが、一つ間違うと屋台骨はぐらぐらになる。そんなこともあって、先生は君をお嬢さんの聟にと考えて居られたのだ……」
「大原さん……」
栄吉が喋《しやべ》りかけようとするのを、大原は制した。
「まあ、聞きなさい……。本来なら、尾形先生ほどのおかたの聟だ、いくらでもいい家から養子のきてはある。しかし、先生は御自分が一代であそこまで立身出世をされただけに、家柄よりも人物本位をと強く考えられておられるのだ……」
「待ってください、その話は……。そのお話は……私のようなものを、それほどまでにおっしゃって下さることは本当に光栄です、身に余ることだと思います。しかし……私には……」
「聞いた。……約束した女性があるそうだね」
「はあ……」
「幼馴染とかいう話だったが……」
「そうであります……」
「なんとかならんか……」
大原はテーブル越しに身を乗り出した。
「正直のところ、先生の奥さんは最初は君を聟にする話には気乗り薄だった……。しかし、君が屋敷を出てしまってから……こうなったらざっくばらんに話をしよう……君が尾形さんの邸を出てから、お嬢さんは何度か見合をした。みんな立派な家柄の御子息ばかりだった。しかし、どうしてもお嬢さんがうんと言わん……お嬢さんは君を好いている……」
「しかし……」
「いいかね、あちらは一人娘さんだ……。尾形先生にしても、奥さんにしても、それほどお嬢さんが思いつめているならと……まあ親心だね……もともと、尾形先生はそのつもりだったし……伊東君、なんとか考えてもらえんかね。そういっちゃなんだが、仮にも鉄道省で飛ぶ鳥落すといわれる尾形先生だ、聟になって不足はないと思うがね……」
「大原さん……、お言葉を返すようですが、伊東栄吉は女房の実家を後楯《うしろだて》として立身出世を考える男ではありません」
「伊東君……」
「尾形さんには言葉でいい尽せぬ大恩を受けておりますし、お嬢さんは、私の如き男にはもったいないほどの女性であります。しかし……私にはすでに約束した女があるのであります。夫婦の盃はまだかわして居りませんが……心ではすでに妻のつもりで居ります……。その女は……幼い日から一家のために、自分の仕合せを忘れて苦労をして来ました……苦労を苦労と思わず、犠牲を犠牲と思わず、いつも家族の仕合せをわが仕合せと信じて働き続け、生き続けて来た女であります……。不肖伊東栄吉は、その心根に惚《ほ》れました……。尾形さんのお嬢さんには、いくらでもこれからよい縁談が出てくると思います……しかし、その女、室伏はる子には、私が必要なのであります……彼女を仕合せにしてやれるのは、私一人と心得て居ります。尾形さんへの大恩は、鉄道員の一人として一生かけて鉄道へお返し申したいと思って居ります……どうか、お許し下さい……大原さん」
栄吉は一歩下がって一礼すると、
「失礼します」
すっと立ち上った。
「伊東君……」
大原が呼びとめる隙《すき》も与えず部屋を出て行った。
 それから四、五日たった日の朝、横浜のはる子の許へ有里が長旅の疲れも見せず、元気な姿を見せていた。
もちろん、雄一郎からの連絡を受け、はる子は店を休んで横浜駅に有里を迎えに行った。
「お姉さま——」
汽車の窓から身を乗り出すようにして、ホームを見ていた有里がすぐはる子を見つけて手を振った。
「有里さん」
はる子も手を振りながら走った。
何も話をしなくとも、二人はお互が仕合せに暮していることを、直ちに了解し合った。
それから、二人は宿へ急ぐ途中も、宿へついてからも、まるで堰《せき》を切ったように互の生活のこと、一年間の出来事を思いつくまま、気のつくままに話しつづけた。
宿で一休みし、有里は身じまいを直してから、はる子に連れられて、彼女の勤める白鳥舎の店へ挨拶《あいさつ》に行った。
たまたま外人の女が這入って来たとき、はる子がてきぱきと英語で応じるのを見て、有里は眼をまるくした。
白鳥舎でのはる子の立場がすこぶる良いのを見て、有里は安心した。
北海道の室伏家でなくてはならなかった人であったように、横浜の店でも、はる子はもはや女主人からほとんど一切を任された形で働いていた。
そんなはる子を眺めて、有里は嬉しかった。
立派な義姉を持っているという誇らかな気持だった。
しかし、よく、女房の留守に魔がさすという……。
その日、雄一郎が乗務した列車は札幌どまりだった。
札幌には南部斉五郎の家がある。
この前、千枝と良平が札幌の警察に留置されたとき、わざわざ三千代が駈《か》けつけて来てくれた礼に、まだ雄一郎は行っていなかった。
横浜へ発つ前、ついでがあったら南部家へ礼に行ってくれと有里にも言われたばかりである。南部斉五郎にも逢いたかった。
(行って来ようか……)
と雄一郎は思案を決めた。
南部の家は、札幌の町はずれの、どこにでもよく見かける小ぢんまりとした二階家だった。
玄関の戸をあけて案内を乞うと、以前とちっとも変らず、むしろ少し若くなったのではないかと思えるような節子が、にこやかに雄一郎を迎えた。
あいにく、南部斉五郎も三千代も留守だという。
それを聞いて、雄一郎はむしろほっとした。
節子にすすめられるままに座敷へ通り、
「先日は妹の千枝のことで、とんだ御迷惑をおかけしまして……」
雄一郎は型どおりの挨拶をのべた。
「いいえ、どうってことじゃありませんよ。主人も笑ってました、警察もとんだ不粋な連中が揃《そろ》っとるってね……」
節子は手を口へ持って行って笑った。
「千枝ちゃんと岡本新平さんの息子さんなら似合いだから、もう一遍仲人をやるかだなんて主人が言っていましたよ……、そういう話があるんでしょう……」
「はあ……実はあのあと、新平|爺《じい》さんから正式に妹をと言われまして……」
「決めたの?」
「いや、姉とも相談したいと思いまして、それで今、家内が横浜へ行ってるんです」
「まあ、お有里さんが横浜へ……それじゃ当分、別れ別れっていうわけね……どう、寂しいでしょう」
「いやあ、千枝が居りますから……」
「あんな……負惜しみ言って……」
節子にからかわれ、雄一郎は頭を掻《か》いた。
雄一郎は話し好きの節子の相手をして、夕方まで南部家に居た。
しかし、斉五郎も三千代も戻って米ない。
「じゃ、また出直してまいります……どうかお帰りになりましたら、よろしく……」
「まあ、いいじゃないの、もう帰って来ますよ、お夕飯を一緒にしてらっしゃい……」
節子の止めるのを、振り切るようにして雄一郎は南部家を辞去した。
途中、雄一郎は煙草屋へ寄った。
煙草はあまり沢山吸うほうではないが、詰所などで同僚が吸っているのを見ると、たまには吸いたいなと思う時がある。
雄一郎が釣銭を受け取っていると、
「室伏さん……」
うしろから声をかけられた。
ふりむくと、三千代が息を切らせて立っていた。
「ああ、三千代さん……」
「今、うちへ帰ったら、ちょうどお出になったばかりだと言うものだから……」
「はあ、今日はずっとお邪魔していたんです……」
「室伏さん、あたし、どうしてもお話したいことがあるんです……明日、お仕事は……?」
「明日は夜から出るんですが……」
「じゃ、おひる……小樽のこのあいだのうなぎ屋さんでお待ちしてます……」
三千代はそれだけ言うと、くるりと背を向けて、駈《か》け去って行った。
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