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旅路39

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    39約束の日。雄一郎は三千代の言った小樽のうなぎ屋へ出かける前に、小樽の海へ出た。ここは、嘗《か》つて、姉の縁談の
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    39

約束の日。
雄一郎は三千代の言った小樽のうなぎ屋へ出かける前に、小樽の海へ出た。
ここは、嘗《か》つて、姉の縁談のお供をしてはじめて北海道へ来た、有里と二人で歩いた浜辺だった。
海をみつめている雄一郎の胸に、あの日、自分と並んで海を眺めていた、有里の姿が浮かんで来た。
尾鷲《おわせ》の竹林で見た有里……。
母と姉と共に尾鷲へ帰る前夜、塩谷の駅で、なぜ、よりによって自分の姉と見合などしたのかと、精一杯の愛情を訴えた夜の有里。
思い出の中の有里は、いつも雄一郎の胸にぴったりと寄り添っていた。
思い出から覚めたとき、雄一郎の気持は落着いていた。
自分がどれほど有里を愛しているか、雄一郎は妻への愛情に自信を持った。
雄一郎は安心して、うなぎ屋へむかう坂道をのぼって行った。
三千代は今日も先に来て待っていた。
雄一郎の顔を見ると、すぐ、
「あたし、申しわけないことをしました……有里さんお留守だったんですってね……」
「ええ、横浜へ行ったんですよ、姉のところへね」
「そうですってね、祖母から聞いて驚きました……知っていればこんなところへお誘いしなかったんですけど……」
「別にかまわんですよ……」
雄一郎は笑って答えた。
「それより、話って何んですか?」
「ええ……もういいんです……」
「いいって……?」
「ごめんなさい、よく考えてみたら、お話するようなことでもなかったんです。今、そのことに気がつきましたの……」
「…………」
「私って、時々、なんでもないことを馬鹿げて深刻に考える癖があるんです」
三千代は笑いながら肩をすくめた。
「おかしいわ、本当に……私、近く東京へ帰ろうと思っているんです。主人が病院から戻りましたの……」
ちらと雄一郎のほうを盗み見た。
「胸をわずらって、ずっと療養してたんですけど……そのこと御存知でしょう……」
「はあ……」
「いろいろ考えたのですけれど、やっぱり戻りますわ。そうしなければいけないと思いますし……千枝さん、お元気……?」
三千代は急に話題を変えた。
「はあ、いつぞやは御迷惑をかけてしまって……」
雄一郎は改めてこのあいだの礼を言った。
「羨《うらやま》しいわ、好きな人がお有りだなんて……、結婚なさるのでしょう、いずれ……」
「たぶん、そうなると思っているのですが……」
「女は好きな人の許へ嫁ぐのが一番仕合せですもの……千枝さん、きっといい奥さんにおなりだわ」
「なんだか頼りない奴ですが、嫁に行けば責任が出て来てなんとかなるんじゃないかと思っています……」
「月日って怖《こわ》いようですのね……ここからみる小樽の町、ちっとも変っていないのに……人間はどんどん変ってしまう……」
三千代はふっと遠くを見るような眼つきをして、
「時々、女になんか生れてこなければよかったと思うことがあります……」
と言った。
「何故《なぜ》ですか……」
「この頃、私、人間の運命っていうこと、すごく考えるんです……。私って子供の時から両親について満洲へ行ったり来たり、母が病気で一人だけ祖父母の許へ預けられたり、そして又、父母の所へ帰ったり、始終あっちへ行ったりこっちへ来たりだったでしょう……。なんとなく、私って一つところに落着けない運命なんじゃないかって考えてしまうんです」
「そりゃあ、三千代さんの考えすぎですよ」
「そうでしょうか……」
「そりゃあ、人間が生きて行くうえには、人間の力の及ばない大きな不可思議な力が動いているのかもしれない……しかし、僕は自分の一生というものは、自分の責任で生きたいと思っています」
「それは、あなたが男だからですわ、女はダメ……どうしてもダメ……」
三千代は激しく首を振った。
二人は、やはりこの前と同じように、一時間ほど喋《しやべ》ってうなぎ屋を出た。
別れ際、次に逢う日の約束はしなかった。
雄一郎は三千代に、もう逢うまいと考えていた。
妻としての有里を愛していることがはっきりと分っている今、三千代に逢うことは、それがただの友情だとしても、有里にも三千代にも済まないと思ったからである。
しかし、世の中には、人間の意志とはまるで無関係なめぐり合せというものがあるのではないだろうか……。
この場合の、雄一郎と三千代がそうだったのだ。
二人がうなぎ屋の二階で逢って間もない、或る雨の夜行列車でのことだった。
雄一郎が、さかんに雨が吹き込んでくる便所のわきの窓をしめていると、車掌見習の田中が只事《ただごと》でない顔つきでやって来た。
「室伏さん、三号車のデッキに立っている女の様子がおかしいんだが、ちょっと見て来てくれませんか……」
「女……? デッキで何をしているんだ」
「それが、ただじっと外を見とるんです」
「切符はどこまでだ?」
「札幌から旭川までですが、席があいてるから車内へ這入《はい》るよう言っても、どういうわけか這入らんのです」
「荷物は?」
「ありません……」
田中はそこでちょっと声を低めた。
「どうも泣いとるようなんです」
「泣いてる……」
「ひょっとして、とび込みでもやられたら困ると思いまして……」
「よし、分った、俺が行ってみる」
雄一郎はなかなか閉まらない窓を田中にまかせて、三号車へ向った。
なるほど田中の言うように、うす暗いデッキに立ってじっと外をみつめている女の後姿が見える。
「もしもし……」
雄一郎は声をかけてから、思わずあっと息をのんだ。
女は三千代だった。
「なんだ、あなたでしたか……」
「知りませんでしたわ、室伏さんがこの汽車に乗っていらしたなんて……」
「偶然ですね……」
雄一郎は素早い視線を三千代の上に走らせた。
特に変った様子もない。
「どちらへいらっしゃるんですか……?」
さりげなく聴いた。
「ちょっと……祖父の使いで……石見沢《いわみざわ》まで……」
「そうですか……とにかく中へお這入りなさい、中はすいてますよ……」
「はい……」
三千代は素直に頷いた。
言われた通り、車内に這入って行く三千代を見送りながら、
(おかしい……)
と雄一郎は感じた。
田中の話では、三千代の持っている切符は旭川まで買ってあるという。
にもかかわらず、彼女は雄一郎に岩見沢へ行くと告げた。
旭川は岩見沢よりは約一〇〇キロメートルも先である。急行列車で二時間以上もかかる。
雄一郎は同乗の田中車掌見習が三千代を知らないのを幸い、彼女が南部斉五郎の孫娘ということを伏せて、ただ、様子に不審があるから注意しているようにと頼んだ。
やがて列車は、その岩見沢駅に近づいた。
「次は岩見沢……岩見沢……五分停車をいたします……」
客車を一つ一つ、雄一郎は回って歩いた。
三号車の三千代の傍を通りすぎると、彼女が立って、雄一郎のあとを追って来た。
「室伏さん……」
連結のところで声をかけられた。
「はあ……?」
「私、次で降りますから……」
三千代はにこやかに笑って言った。
「室伏さんはこの列車で旭川へいらっしゃって、すぐ又、折り返しに乗務なさるの」
「いえ、旭川発朝の六時二十分に乗りますから、その間は従事員詰所で休息します」
「そうですか、御苦労さま……」
そして、岩見沢駅に着くと、三千代は本当にホームへ降りて行った。
列車は三千代を残して発車した。
雄一郎の乗務した列車が終着駅旭川に着いたのは、午前零時二十分であった。
旭川にある列車従事員詰所で事務報告をすませると、次に乗務する始発列車まで、詰所で仮眠する予定だった。
しかし、雄一郎はそのまま詰所を出て、旭川駅の改札近くに待機した。
待つほどもなく、午前一時五十八分旭川着の急行列車がホームに入って来た。
雄一郎の勘は当った。
改札口を出る乗客の中に、三千代の歩いてくる姿があったのだ。
雄一郎は、そっと三千代のあとをつけた。
三千代は雨の中を傘《かさ》もささずに、どこというあてもなく歩いて行くようだった。
やがて、雨の中で水嵩《みずかさ》の増した川のほとりに出た。そこで、三千代は途方にくれたように佇《たたず》んだ。じっと、水の流れに耳をすませているようだった。
「三千代さん……」
雄一郎は、はじめて声をかけた。
「あッ、室伏さん……」
三千代が体を固くした。
「何をしているんです、こんなところで……」
そのとたん、三千代が逃げだした。
だが、雄一郎は三千代の腕をがっしりと掴《つか》んで離さなかった。
「離して……行かせて……」
雄一郎の腕の中で、三千代は激しく身を|※[#「足へん+宛」]《もが》いた。
「ダメだ、いけない……」
とりあえず、雄一郎は駅の近くの宿屋へ三千代を連れて行った。
「三千代さん、いったいどうしたんですか、あなたはさっき岩見沢へ行くと僕に嘘《うそ》をついたが、あんな所に立っていて、いったい何をするつもりだったんです……」
「…………」
「黙っていては分りません。余計なお節介と思うかも知れませんが、僕としては親同様に思っている南部の親父さんの孫にあたるあなたが、こんな知らぬ土地の、しかも雨の中をほっつき歩いているのを、見ぬふりをしては帰れないんです……事情を話してくれませんか……」
「…………」
「お宅では、あなたが旭川へ来ていることを御存知なんですか……」
三千代は何を言っても応えなかった。
「三千代さん……」
「放っといてください、私のことなんか……」
三千代がはじめて口をひらいた。
「人のあとを泥棒猫みたいにつけるのはやめて下さい。私が何をしようと、何処《どこ》へ行こうと私の勝手でしょう……あなたの指図なんか受ける必要ありません……」
「しかし……」
「私が自殺でもしそうに見えるんですか……そういえば、あなたといっしょに乗っていた車掌さんも、用事もないのに私のまわりをうろうろして……私だって鉄道員の家族です、鉄道にご迷惑をかけるような死にかたは致しませんわ」
「三千代さん……君はまさか……」
「死のうと生きようと、あなたの知ったことじゃないでしょう……あなたには美人で気立てのいい奥さまがいらっしゃるんですものね。大好きな方と結婚して、仕合せな家庭をお持ちになって……他人のことなんか、どうだっていいじゃありませんか、それとも雄一郎さん、あなた、私を憐んでいらっしゃるの……」
雄一郎はじっと三千代をみつめた。
三千代は濡《ぬ》れたままの着物を着ていた。髪の毛が頬《ほお》にへばりついている。
雄一郎は急に哀しくなって、眼をそらした。
「三千代さん、とにかく着物を着換えるんだ、そのままだと風邪をひいてしまう……」
先刻、女中が眠そうな眼をして部屋の隅に置いて行った浴衣を取って、三千代の傍へ置いた。
「僕も洋服を乾してくるから、そのあいだに着換えるといい……」
雄一郎は女中に頼んでおいた火熨斗《ひのし》を借りに階下へ降りて行った。
時計を見ると、すでに午前三時半をすこし過ぎていた。折り返しの乗務は六時二十分だから、もうあまり時間がなかった。
ざっと、濡れた上着とズボンに火熨斗をかけ、二階の部屋へ上って行った。
雄一郎は、三千代を自分の乗務する列車に乗せて、無理にでも札幌へ送り届けるつもりだった。
「三千代さん、這入ってもいいですか……」
一応、廊下から声をかけた。
しかし、中はしんとして、何のこたえも返って来なかった。
「三千代さん……」
雄一郎は不吉な予感に襲われた。
いそいで襖《ふすま》を開けてみた。
案の定、三千代の姿は部屋になかった。
ふと、テーブルの上に、三千代が走り書きしたらしい便箋《びんせん》があるのに気がついた。
『雄一郎さん、もう探さないでください、お願いです、私の好きなようにさせてください。いつまでもお仕合せに、さようなら……三千代』
読むやいなや、雄一郎は便箋をポケットへねじ込んで立ち上った。
(まだ、それほど遠くへは行かないはずだ……)
雄一郎は帽子をかぶり直すと、ふたたび、篠突《しのつ》く雨の中へとび出して行った。
「三千代さーん、三千代さーん……」
声はたちまち、激しい雨風によって掻《か》き消された。
時たま、稲妻に照らされて、遠い山際がくっきりと闇《やみ》の中に浮き上った。
雄一郎の眼には、豆狸にそっくりだった、あのあどけない少女の頃の三千代の姿がはっきりと見えた。
(哀しいのなら哀しいと……苦しいのなら苦しいと……何故一言いってくれなかったんだ……)
雄一郎の胸に、不意に熱いものが込み上げてきた。
「馬鹿、三千代の馬鹿野郎!」
雄一郎は怒りを叩きつけるかのように、嵐《あらし》に向って、真正面からぶつかって行った。
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