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旅路41

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    2旭川での三千代との出来事を雄一郎は家族の誰にも話さなかった。夕食の団欒《だんらん》の折に話すにはあまりに複雑で
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旭川での三千代との出来事を雄一郎は家族の誰にも話さなかった。
夕食の団欒《だんらん》の折に話すにはあまりに複雑であったし、話したくない気持のほうが強く働いた。
しかし、雄一郎と三千代が旭川で出逢《であ》ったという話は、さまざまな憶測や尾ひれがついて、あっという間に、世間へ広まった。
有里がその噂《うわさ》を耳にしたのは、そのことがあって十日あまり後の盆踊りの夜であった。
近くの神社の境内《けいだい》で、毎年旧盆の頃、櫓《やぐら》を組んで盆踊りをする。
千枝は毎晩のように出掛けて行ったが、有里は夫が勤務のときはもちろん、非番で家に居るときでもめったに外へは出なかった。
家には結構仕事があったし、夫だけ残して外へ遊びに出る気がしなかった。
だが、その夜は、どうしても有里に盆踊りを観せたいという千枝の熱意と、
「俺は構わん、千枝と行って来いよ、どうせ一年に一回のことだもんな……」
という雄一郎の言葉もあって、有里は珍しく出掛ける気になった。
神社の境内では、櫓の太鼓《たいこ》に合せて、浴衣《ゆかた》姿の老若男女が楽しそうに踊りの輪をつくっていた。
「ね、有里姉さん、踊ろう」
千枝が有里の手を引っ張った。
「ううん、私は見物してる、千枝ちゃん踊ってらっしゃい」
「踊りなんかすぐおぼえられるよ、ね、行こうよ」
「私は見ているほうが楽しいの……だから、行ってらっしゃい」
「そうかい、じゃ……」
千枝はすぐ踊りの輪にとけ込んで行った。
一度踊りの中にはいってしまうと、千枝はなかなか出て来なかった。
有里はまだお詣《まい》りをすませていないことを思い出して、そっとその場を離れた。
お水屋《みずや》で手と口を漱《すす》いでいると、すぐそばで人の話声がした。どうやら話の中心になっているのは、千枝の勤めている売店で一緒《いつしよ》に働いている小母さんらしい。
むこうからは暗くてよく見えないらしく、売店の小母さんは有里には気がつかなかった。
あとで挨拶《あいさつ》するつもりで濡れた手を拭《ふ》いていると、会話の中に、ちらと雄一郎や千枝の名前が出たので思わず聞き耳をたてた。
「それがさ、もともと千枝ちゃんとこの兄さんってのは、南部駅長さんとこの三千代さんに惚《ほ》れてたでネ……三千代さんが東京へ嫁に行って失恋したんで、そのかわりに今の嫁さんをもろうたんだっていう話だよ」
「そったら、焼けぼっくいに火がついたべな」
そう言ったのは、どうやら駅前の畳屋の女房らしかった。
「南部さんとこの娘は離縁になって戻って来たのかね」
これは顔が木の蔭になっていてよく見えない。
「まだ籍はそのままだべな」
畳屋の女房が答えた。
「それで、他の男と逢引《あいびき》しとるってか?」
「そりゃア前にもよう小樽で逢うてたでよ、いっぺんなど、ばったり二人で肩を並べて歩いとるのに出合うたことさえあったわね」
「それでも、なにも旭川まで行って忍び逢わんでもよかろうがね」
「それがサ、二人で駆け落ちしようとしたんじゃと……」
売店の小母さんが声をひそめた。
「ええッ、駆け落ち……?」
「はア……どうにも抜きさしならんことになってしもうたらしいんじゃね、一方は亭主持だし、一方は女房持じゃもんな……」
「それで、どうして捕ったんじゃ?」
「南部さんの家の方から手が回ったそうだでや」
「室伏の嫁さんは、どうしたかの」
「それが燈台下暗しで、何んにも知らんらしい……今夜も暢気《のんき》らしゅう、盆踊り見物しとったで……」
畳屋の女房が声をころして笑った。
「だども、気の毒にさあ、はるばる紀州から嫁に来ただによオ……」
売店の小母さんが言った。
「そいでもよ、嫁さんも顔に似合わず腹黒い女じゃというでないの、もともと、姉さんの婿《むこ》さんになるのをわきから取ってしもうて……その上、嫁に来て早々婿さんの姉さんを横浜サ追ん出したっていうじゃんか」
「あれは、はる子さんが自分から去ったでよオ」
「いいや、追い出したのかも知れんて……それが証拠にその横浜とかへ行んだ姉さん、一度もこっちへ帰って来てねえっていうでねえの」
「フン、そりゃそうじゃ」
有里は聞いているうちに、息がつまりそうになった。
もはや、盆踊りの太鼓の音も、人々の笑いさざめく声も聞えなかった。
有里の頭の中で、今聴いたばかりの夫と三千代とのことが激しく渦を巻いていた。
噂のどれもが有里には嘘《うそ》だと思われ、また真実にも思われた。
有里はそっと逃げるように、その場をはなれた。
盆踊りはまだ続いていた。
しかし有里は、すでに踊りを見物する気力さえ失ってしまった。群衆の中に居るのがつらかった。
有里はなんだか急に人目が気になりだした。
(でも、まさかそんなことが……)
いくら打ち消しても、いや、打ち消せば打ち消すほど不安は前にも増してつのるばかりだった。
有里は境内の隅に積んである材木の処へ行って腰を下した。
夫の顔と三千代の顔がかわるがわる眼の前に浮かんでくる。
雄一郎はいつも有里に、
「お前が俺にとって初めての女だし、これからもそうだ……」
と言っていた。
無口で誠実な雄一郎のことだけに、よもや嘘ではあるまい。もしそれが嘘だったとしたら……。
親にそむいてまで北海道くんだりまで嫁いで来た有里は、これから先、何を信じて生きて行けばいいのだろう。
有里はあわてて首をふった。
(いいえ、そんなの嘘だわ、嘘にきまっている……)
有里の足許《あしもと》で蟋蟀《こおろぎ》が鳴いていた。
それが有里の心を、ふっと遠い故郷の尾鷲《おわせ》へ運んで行った。
尾鷲でもいまごろは盆踊りが盛んである。一夏に二、三度は有里もその踊りの輪の中へはいっておどった。
そんな時、村の若者たちの眼は一斉に尾鷲一の資産家中里家の末娘有里に向けられるのだった。
男たちは好奇心と一種の近寄りがたい畏敬《いけい》の眼で、娘たちは羨望《せんぼう》の眼差《まなざ》しで有里をみつめた。
涼しい夜風が、濃い潮の香を運んでくる。磯《いそ》に打ち寄せる波の音が聞える夜もあった。
躾《しつけ》の厳しい中里家でも、この時だけは夜の帰宅時間が多少大目に見られた。といっても、午後九時半までには帰らなければならなかったのだが、有里にとって盆踊りの夜こそは|冒 険《アバンチユール》と幻想《ロマン》とを充分満足させてくれる時だった。
盆踊りがすむと、それは暑い夏の終りであると同時に、有里にとっては楽しい夏休みの終りをも意味した。再び京都の女学校での寄宿舎生活に帰るのである。
姉はそんな有里のことを幼稚だといって笑ったが、有里はやはり幾つになっても盆踊りが待ちどおしかった。
そのとき、有里の傍《そば》にそっと人影が立った。
「おばんです……」
有里はふと我にかえった。
「あら、岡本さん……」
千枝の恋人の良平が立っていた。
「千枝さん、今、踊りの中よ」
「いいです……俺、ちょっと、あんたに話があるで……」
「私に……?」
「はあ……」
良平はちょっとあたりを見回した。人気のないのを確めると、
「実は……今、俺のお父《どう》が室伏さんの家へ行ったッす……」
緊張しきった表情で言った。
「お父さまが、うちへ……?」
「はア……お父……室伏さんのこと、誤解しとるで……俺《おれ》と千枝ちゃんの縁談ことわりに行ったっス」
「縁談を……?」
有里は眉《まゆ》をひそめた。
「お父……つまらん噂《うわさ》、本気にしとるで……室伏さん、誤解したでね」
「主人を誤解なさるって……」
「噂、まだ聞かんかね……」
良平が当惑したように頭をかいた。
「噂……」
有里はハッとした。
(それでは、さっき売店の小母さんたちが話していた……)
有里の顔色が変ったのを知ると、
「でたらめの噂だべ……俺アちゃんと知っとる……でたらめじゃ。世間の人はみんな誤解しとるべさ」
あわてて言った。
「岡本さん、噂って……主人と……三千代さんのことでしょうか……」
「いやあ、知ってなさったかね」
「ええ……」
「信じたのかね」
「わかりません……まさかとは思いますけど……」
「でたらめじゃい……大嘘だべ」
良平は語気鋭く言った。
「岡本さん……」
「室伏さん、そんな人でない……でたらめじゃ、みんな誤解しとるね」
「ありがとうございます……」
有里は思わず礼を言ってしまった。
正直な気持、今の有里にはこの良平の言葉くらい有難く、勇気づけられるものはなかった。
「でも、岡本さんのお父さん、あの噂で千枝さんのことを……」
「お父は単純だで、人の言うことすぐ真《ま》にうけるでね……放《ほう》っとけば、きっと分る……もう少し時間かけてみれば、なにが正しいのか、なにが間違ってるか良く分るでね……奥さんももう少しの辛抱だベサ」
「ええ……」
「俺、当分、千枝ちゃんに逢《あ》わねえでね……辛《つら》いが、お父が逢ったらいかんというでね、逢わんよと約束したで……お父に今、逆らうと余計こじれるでね、あんたから千枝ちゃんによく言うてやってけれ」
「岡本さん……千枝さんのこと……心変りしないで下さいね。千枝さんはあなたのこと好きなんですよ」
「俺、三年もかかって千枝ちゃんに惚《ほ》れたでネ……忘れろといわれても、そう簡単には忘れられんでよ……安心してけれ」
良平は人なつっこい笑いを浮かべると、
「じゃ、よろしく頼ンます」
くるりと背を向けた。
「あっ、待ってください」
有里が呼びとめた。
「え、なんだね」
「岡本さん、一つだけきかせて……主人と三千代さんとが、昔、好きだったってこと……本当なんでしょうか」
良平の眼に明らかに狼狽《ろうばい》の色が浮かんだ。
「俺、知らん……本当に知らんでよ……」
「…………」
有里は眼を伏せた。
(やっぱり、噂はある程度は本当だったんだわ……)
なんだか熱いものがこみ上げてくるのを、有里はあわててのみ込んだ。
「それでも……奥さん……」
良平が戻って来て、遠慮がちに口をひらいた。
「もしも、昔、室伏さんと三千代さんが好き合うていたとしてもよ……ずっと昔のことだでよ……三千代さんは人の奥さんだし、室伏さんにはあんたが居るでよ……昔のことより、今のほうが大事だベサ……な、そうでねえけ、奥さん……」
「ええ……」
有里は眼を伏せたまま頷《うなず》いた。
踊りの輪が次第に広がっていた。太鼓の音がいちだんと高くなり、踊りも活気を帯びている。
昔のことより、今が大事……。
良平の言葉を唯一《ゆいいつ》の杖《つえ》にして縋《すが》りつきながら、有里の心はやっぱり晴れなかった。
考えれば考えるほど、昔、雄一郎と三千代が特別な感情を持ち合っていたということは、真実のように思われた。
有里は、はじめて三千代と逢ったときのことを思い出した。自分をみつめた三千代の眼の色を思い出した。
有里の記憶にある三千代の眼はいつも激しく、有里をみつめていた。
それは、三千代が今もなお、雄一郎を愛している、なによりのあかしのように思われた。
「ああ面白かった……」
ようやく踊り疲れたのか、千枝が踊りの輪から脱けて来た。
「盆踊りっていいもんだねえ、千枝、毎年踊ってるけど……いつ踊っても楽しいよ……どうしてお姉さん踊らなかったの」
「なんだか、きまりが悪くて……」
「兄ちゃんと一緒なら踊ったでしょう」
「さあ……」
有里は千枝から眼をはずした。
「踊る阿呆《あほう》に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損、そん……ってのがあるでしょう」
「…………」
「お姉さん、なに考えてるの?」
いつもと違う有里の様子に、千枝は不審そうな顔をした。
「ううん、別に……」
有里はあわてて笑顔をつくった。
家に戻ると、雄一郎は一人でじっと何事か考え込んでいた。
二人が帰って来たことに気づくと、
「やあ、お帰り……」
とってつけたような微笑を向けた。
「面白かったか?」
「うん、とっても良かったよ、兄ちゃんも来ればよかったのに……」
「…………」
雄一郎はちょっと何か言いかけたが、結局何も言わずに読みさしの本をひろげた。
千枝が風呂《ふろ》へ這入《はい》りに行ったのを見すましてから、有里は雄一郎の隣りに坐《すわ》った。
「あなた……」
「なんだ……」
本から顔をあげずに答えた。
「留守《るす》中に、どなたかいらっしゃいませんでした……?」
「いや……何故だ」
雄一郎はやっぱり本を読んだままである。
しかし有里は夫の横顔に微妙な翳《かげ》りのあることに気づいていた。
「何故そんなことを聞くんだ」
ようやく顔を上げて、さぐるような眼で有里を見た。
「いいえ……ただ、うかがってみただけですけど……」
有里はさりげなく風呂の加減をみに立ち上った。
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