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旅路46

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    7千枝の退院が明日という日、有里は札幌の小さな喫茶店で浦辺公一と逢《あ》うことになっていた。公一に頼んでおいた鼈
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    7

千枝の退院が明日という日、有里は札幌の小さな喫茶店で浦辺公一と逢《あ》うことになっていた。
公一に頼んでおいた鼈甲《べつこう》の簪《かんざし》を質入れして五十円の金を作ってもらう約束の日であった。
有里が出掛ける仕度をしていると、ひょっこり良平がやって来た。
有里が良平を見るのは、いつかの盆踊りの夜以来である。
彼は本当にあれから、ただの一度も千枝と逢っていないらしかった。
いくら父親の命令でも、いい年をした若い者がそのまま恋人に逢わずに居られるものなのかどうか、有里には不思議だった。
しかし、そこが良平の良平らしいところかもしれない、と有里は思った。
ただ、哀れなのは千枝である。
新平|爺《じい》さんの腹を立てた原因が、雄一郎と三千代とのことだけに、雄一郎はもちろん、有里も千枝に本当のことが話しにくかった。
千枝は病室でも、それとなく良平のことを有里に聴いた。そのたびに、
「きっとお仕事がいそがしいのよ、いまに必ずここへみえるわ……」
などと、曖昧《あいまい》なことを答えて誤魔化《ごまか》すより仕方がなかった。
だから有里は、良平が見舞物らしい林檎《りんご》を入れた籠《かご》をぶらさげているのを見て、内心ほっとした。
「お見舞いに行ってくださるんですね……」
良平の顔を見たとたんに言った。
「いよいよ明日、退院出来ると思うんですよ、経過がとっても良くて……」
「いやア……そうかね……」
良平は案に相違して口ごもった。さも困惑したといった表情で、頭をかいている。
「だめなんですか?」
「いやア……俺、そのつもりだったんだが、お父がどうしてもなんねえというでね……俺が行かんで、千枝ちゃん怒っとるかね」
「怒ってはいませんけど……寂しそうにしています。余り口には出さないけれど、あなたが来てくれるのをじっと首を長くして待ってるんです。それがわかるだけに、私もつらくて……」
「申しわけねえッス……俺が見舞いに行ってやれねえわけ、どういってあるだね」
「お仕事がいそがしくて……」
有里は眼を伏せた。
「それしか言えませんわ……」
「すまねえッス」
「お父さん、まだ千枝さんとあなたのこと……」
「はア……お父は頑固者《がんこもん》だで……つまらん噂がとんでるうちは承知せんでね……」
「すみません……うちのことであなたにまでご迷惑をかけてしまって……」
「なに、言うかね……」
良平はあわてて手を振った。
「あんなのデマだよ、世間の奴《やつ》らが面白ずくに、はんかくさい噂ふりまくで……あんたも苦労だべ……なアに、人の噂も七十五日っつうでね、あんまり気にせんでねえ……」
「岡本さん……あの話……主人と三千代さんとのこと、本当にただの噂だと思って下さいます?」
「ああ嘘だべ、嘘にきまっとる……雄一郎さんはそんな人と違うでよ」
「岡本さん……」
有里は急に目頭が熱くなるのを感じた。
「ほんとうにそう思ってくれるんですね……」
「はア、信じとるで……あんなもんに負けてはだめだよ、な、奥さん……」
「すみません……ありがとうございます……」
良平の言葉は、今の有里にとっては本当に涙の出るほど嬉《うれ》しかった。
札幌の病院内でも、有里の居ないとき、三千代が雄一郎に見舞を口実に逢いに来たという噂があったからである。
それを聞いた有里の気持は、やはり雄一郎を信ずる気持と疑いの気持とが五分五分だった。
有里は鋭い刃物の上を素足で歩いているような気持がしていた。ちょっとしたきっかけでバランスをくずしたが最後、取りかえしのつかない事態が生ずるのは必至だった。
良平にはげまされて、有里は勇気をとり戻した。
この広い世の中で、夫を信じてくれている他人が一人でも居るということが有難かった。
信じなければと思う。
赤の他人の良平が信じてくれているのである。妻の自分が、どうして信じないでいてよいものかと思った。
浦辺公一と約束した氷屋へいったとき、時間は少し早かった。公一はまだ来ていない。
奥の方へすわって、有里はそこから表の通りを眺めていた。
註文《ちゆうもん》の、ところ天がやって来た。
割《わ》り箸《ばし》を二つにしながら、なにげなく表通りへ眼をやった有里は、はっとした。
雄一郎と三千代が肩を並べて通って行ったのである。
有里は二人のあとを追おうとして腰をあげかけたが、再び力なく坐《すわ》ってしまった。
絶対に見間違いではない。
夫は鉄道員の制服だったし、三千代はいつかの矢絣《やがすり》の着物を着ていた。
有里は目の前が真暗《まつくら》になったような気がした。
(やっぱり噂は本当だった……)
証拠をはっきりと見てしまったのだ。
最早、どうにもならない事を有里は悟った。
何も考えられなかったし、考えたくもなかった。
夫に裏切られたという悲しみが、全身に徐々に染みわたって行った。
「有里さん……有里さん……」
肩を叩《たた》かれて、有里ははじめて我にかえった。
公一が不審そうな顔つきで立っていた。
「どうかしたんですか……」
「あ、いいえ……」
有里は強いて微笑を作ったが、それも途中でこわばってしまった。
「顔色が悪いですよ」
心配そうにのぞき込んだ。
「いいえ、もうだいじょうぶ……ちょっと頭痛がしたんだけど治りました、それより面倒なことお願いしてすみません……」
「なあに……」
公一は鞄《かばん》の中から金包を出した。
「これ、約束の五十円……質札は僕が預っておくよ、どうせ出しに行くときも僕が行ってあげるからね……」
「ありがとう……ほんとうに……」
「しかし、元気がないねえ……」
公一はしきりに有里の健康を気にした。
「医者に一度診てもらうといいよ」
「二、三日寝不足したので、そのせいなのよ、きっと……」
「そうかい……」
疑わしそうな眼で見て、
「ほんとうにそれだけならいいけれど……とにかく、よけいなことかもしれないけど、君が金の苦労をするなんて……そんな苦労をしなくてもいい筈の人なのに……」
と視線をそらした。
公一と別れた有里は、重い足どりで病院へ向った。
千枝の枕許《まくらもと》にさっきは見られなかった花束がいけてあるのに気づき、
「まあ、きれいなお花……」
思わず見とれていると、
「三千代さんが持って来てくれたんだよ……その前に兄ちゃんが来ていて……兄ちゃん、三千代さんをそこまで送って行ったんだよ、もうすぐ帰ってくるよ……」
なんとなく有里に気がねしながら説明した。
「そう……」
有里は良平の見舞いの林檎《りんご》を取るふりをして、さりげなく千枝に背中を向けた。
「岡本さんがおいしそうな林檎を届けて下さったわ、食べる……?」
「一度くらい、自分で持って来てくれたらいいのに……」
千枝はうらめしそうに言った。
「お仕事がとても忙しいんですって……おやすみが全然とれないそうよ」
「ふーん……」
千枝は寝がえりをうつと、そのままいつまでも窓の外を眺めていた。
有里がのぞいてみると、北海道特有の青く澄みきった秋の空に、薄く刷毛《はけ》でかいたような白雲が流れている。
その雲を眺めているうちに、有里は次第に悲しくなった。
ひしひしと、孤独感に胸を締めつけられるようだった。
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