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旅路47

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    8有里は室伏の家に嫁に来てから初めて、自分が危機に立たされていることを知った。今迄《いままで》、夫と口喧嘩《くち
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    8

有里は室伏の家に嫁に来てから初めて、自分が危機に立たされていることを知った。
今迄《いままで》、夫と口喧嘩《くちげんか》くらいはしたことがあるが、それは危機と呼ぶには、余りにも根の浅いものだった。
ちょっとした言葉の行き違いや、感情の食い違いはあっても、夫の自分にたいする愛を疑ったことは一度もなかった。
すべては、夫の愛情を土台にして成りたっている有里の生活だった。
それが、根底から音もなく崩れだしたのである。
(まさか……)
とも思う。
又、無理にでもそう信じたいところがある。しかし、どうやらそれは果無《はかな》いのぞみだった。
数々の噂《うわさ》といい、それを裏づけるような事実を次々と眼にしては、有里は噂の方を信じないわけには行かなかった。
(もし、夫が三千代さんを愛しているのなら、いさぎよく身をひこう……惰性や憐《あわれ》みにすがって一緒《いつしよ》になっているのは嫌……)
有里は考えに考えた末、最後の結論に到達した。
雄一郎と別れたからといって、何処《どこ》へ行くあてもないし、今更、尾鷲へ帰るわけにも行かなかった。
しかし、この家に居ることは、もっと有里にはつらかった。いざとなれば京都の女学校時代の先生か友達を頼って行けば、何とかなると思った。
有里は早速、雄一郎にあてて手紙を書きはじめた。
『長い間お世話になりました。あなたと三千代さんとのことを知った今となっては、もはや、一刻もこの家に留まるわけにはまいりません。私はどなたも恨みません。ただただ自分のいたらなさを恥じ入るばかりです。でも……どうしてこうなる前に一言なりと、あなたの口から直接おっしゃっていただけなかったのでしょうか。それだけが唯一《ゆいいつ》の心残りです。言ってどうせ判らないこと、判らない女だとお思いだったのでしょうか……』
こう書いて来て、有里は本当にまだ一言の弁解も夫の口から聞いていないことに気がついた。
夫はかたくなに口を噤《つぐ》んでいるが、自分もそれについてまだ一度も夫に真相を問い糺《ただ》したことはない。
(夫婦ってそんなものじゃないのではないかしら……もっとざっくばらんに話し合うのが本当の夫婦というものじゃないかしら……)
三千代との真相を問い糺し、それに対する夫の弁解が気に入らなければ、それから出て行っても遅くはない。
考えてみると、夫と自分との間には、結婚してまだ日の浅いせいもあるが、随分他人行儀なところがあった。そういうことが、今度の問題を一層複雑にし、取り返しのつかぬ状態まで二人を追い込んでしまったのではなかったろうか。
有里は書きかけた手紙を破って捨てた。
(短気は損気……)
子供の頃、母からよくきかされた言葉を思い出した。
有里はちらと時計を見上げ、いつものように夕食の仕度をしに台所へ立った。
いつも、やり慣れた仕事なのに、段取りが逆になったり、つまらない間違いをしたりで、仕度が出来るまでに、いつもの倍くらいの時間がかかってしまった。
でも、どうやらこうやら居間の方へ食器を運び終った頃、ガラリと戸が開いて、
「ただいま……」
夫の呼ぶ声がした。
普段、そんな事は一度もなかったのに、夫の声を聞いたとたん、ドキッとして、あやうく小皿を落すところだった。
「お帰りなさい……」
有里はつとめて平静を保とうと努力した。だが笑おうとすればする程、頬《ほお》がこわばるのをどうすることも出来なかった。
雄一郎はそんな有里の表情をちらと見て、彼女の気持の動揺を敏感に察知したらしかった。
「病院へ帰ったら、お前が一足さきへ帰ったというんで、急いで戻って来たんだ……結局一列車あとになってしまった……」
「すみません、待っていようかと思ったのですけれど、晩御飯の仕度が気になって……つい……」
「三千代さんを送って行ってたんだ……」
雄一郎はさりげないふうを装いながら、突然有里の真正面から斬《き》り込んで来た。
三千代と雄一郎との関係を、今夜こそ直接彼の口からはっきり説明してもらいたいと思っていた有里も、いざとなると、やはり心が臆《おく》した。
説明はしてもらいたいが、今すぐでないほうがいいと思った。
「あなた、お風呂《ふろ》がわいてますから……」
有里が逃げるように立ちかけたのを、逆に雄一郎のほうからとめた。
「有里……お前……噂きいてるだろう……」
「あなた……」
有里は口籠《くちごも》った。
そこへすかさず、
「俺と三千代さんとのことだ……」
ズバリと言って、有里の顔をじっとみつめた。
「俺……今日三千代さんに言って来た……病院へ見舞いにくるのも困る……これから逢うのも、お互いに避けよう……」
「あなた……」
「誤解しないでくれ……俺と三千代さんとはなんでもない……誓って、なんでもないんだ……」
雄一郎の声に一段と熱が加わった。
「そりゃあ、ずっと昔、三千代さんがまだ嫁に行く前、俺……あの人に好意を持ったことがある……初恋といえばいえるかもしれない……しかし、今、考えてみると、俺のあの人に対する気持は本物の愛ではなかったような気がするんだ。まけ惜しみでも弁解でもない……俺、あの人が嫁に行くために塩谷を発つとき、黙って見送った……三千代さんの乗った列車を見送って……別れだと思った……本当に好きだったら、あんな別れ方はしなかったんじゃないかと思うんだ……お前と逢って、それがはじめてわかったんだ。同じ塩谷の駅で、お前と別れたとき、俺は別れるとは思わなかった。どんなことをしても、お前と再び逢おうと思った……どんなことをしても、お前が欲しいと思ったんだ……」
雄一郎はふと眼をそらした。
「旭川でのことは、すぐお前に言わなんで悪かった。俺は自殺までしようとした三千代さんの気持を考え、また、南部の親父《おやつ》さんの立場を思って、わざと誰にも言わなかったんだ……言えば必ず誤解されるんでないかと……」
「あなた……もういいんです……」
有里は夫が嘘をついていないことはすぐに分った。
普段無口な夫が、一生懸命三千代とのことを話してくれたのも嬉《うれ》しかった。
「私、わかっています。あなたを信じるって、嫁に来たとき約束しました……どんなことがあっても、あなたを信じてついて行くって……」
「有里……」
「三千代さんとのことを聞いたとき、本当はとてもつらかったんです……悲しかったんです……でも、信じようと思って……一生懸命信じようと思って……」
有里の瞳《ひとみ》が濡《ぬ》れていた。
「私……自分を仕合せだと思っています……私にくらべて三千代さんは、どんなにつらいだろうと……同じ女なのに……あの方は……今頃……」
「もうよせ……人にはそれぞれ持って生れた運命というものがあるんだ……俺が好きなのは、有里、お前だけなんだ……それさえ分ってもらえればそれでいいんだ……」
「あなた……」
「すまない……俺が不注意だったんだ。成り行きでそうなってしまったんだが……世の中から誤解されるようなことをしてしまったのは、俺が悪かったからだ……そのために、お前によけいな苦労をかけた……」
「あなた、もういいの……」
「有里……」
雄一郎の手がそっと有里の手を取った。
「俺も世間の奴らの噂は知っていた……友人から、南部の親父さんの孫娘を誘惑して、お前それでも人間かと怒鳴《どな》られたこともあった……誰に何と言われようと俺はこたえなかった、別に間違ったことをしたおぼえがないからだ……したが、お前がこのところずっとそのことで苦しんでいるらしいのを見て、俺はどうしていいか分らなくなった……いっそ話したものか……それとも黙っていようかと……」
「私、噂なんか信じなかったんです、でも……今日、あなたが三千代さんと肩を並べて歩いて行くのを見てしまって……」
「送って行ったんだ途中まで……そして正直にさっきお前に言った事を話したんだ……」
「まあ……それで三千代さん何て言ってました……?」
「どうやら分ってくれたらしいよ……」
雄一郎はちょっと眼を伏せたが、すぐ明るい微笑に戻って、
「有里……昔から沈黙は金だというけれど、そうでない場合だってあるんだな……」
と言った。
「ええ……」
有里は嬉しかった。夫が自分とまったく同じことを考えているのが分ったからだ。
「お喋《しや》べりはダイヤモンドの時だってあるんだわ」
「うん……」
雄一郎の手に、思わず力がこもった。
「有里……」
夫のぶ厚い胸の中に顔をうずめながら、有里はほっと溜息《ためいき》をついた。
矢っ張り、短気は損気……。
手紙を破っておいて良かったと思った。
また一つ、夫が身近になったような気がして、有里はそっと眼をつぶった。
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