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旅路53

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    14翌日は、小樽のホームまで、千枝と有里が見送りに来た。「体を大事にしてね、あなたの体はあなた一人のものではないん
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    14

翌日は、小樽のホームまで、千枝と有里が見送りに来た。
「体を大事にしてね、あなたの体はあなた一人のものではないんだから……いつも赤ちゃんと二人連れ……そのことを忘れないでね」
発車間際に、はる子は有里に言った。
「この次は赤ちゃんを見に帰ってくるわ……」
千枝には、
「一日も早く良平さんのお嫁さんになりたかったら、一生懸命努力するのよ。人に甘ったれていては駄目《だめ》、人に寄りかかっていてはいつまでたっても一人前にはなれないわよ。姉さんはいつも、あんたが本当に仕合せになれるよう祈っているからね……」
と言った。
発車のベルが鳴った。
「有里さんのこと気をつけてあげてね……」
「うん、だいじょうぶだよ」
「有里さん、体を大事にね……」
「はい、お姉さまもお体に気をつけて……今度こそ、仕合せになってください……」
「ありがとう……」
三人はお互いに姿が見えなくなるまで、手を振った。
次第にスピードをあげて行く列車の窓から、小樽の町を眺めながら、はる子は、いつか千枝一人に見送られて、この駅を発った日のことを思い出していた。
あれから一年半余り……。
(これでよかった……やはり、あの時ああして良かったのだ……)
はる子は心の中で幾度も頷《うなず》いた。
よい弟、よい嫁、よい妹……。それらの顔が次から次とはる子の目に浮かび、それは、やがて伊東栄吉の面影になった。
(今度、小樽へ帰ってくる時、私は伊東栄吉の妻になっている……)
その思いが、はる子を仕合せの中に押し包んだ。
はる子が上野駅へ下りたったのは、小樽を発った翌日の昼であった。
駅から伊東栄吉の下宿へ電話をしてみると、伊東は尾形の入院している築地《つきじ》のS病院へ行ったきり、もう一週間も戻っていないという。
はる子の足は、ためらいながら、やはり築地へ向っていた。
S病院は東京でも一流の大病院で、良い医者の居ること、設備の良いことなどで有名だった。
受付で尾形の病室をたずね、はる子は長い廊下を歩いて行った。
病院特有の陰惨な影は此処《ここ》には無い。明るくて、清潔感にあふれていた。
白い制服、制帽の看護婦や、医師やそろそろ退院らしい患者の姿が廊下にちらほら見えた。
はる子は受付で教えられたように、廊下の突き当りを左に曲った。
ここからが、内科の重症患者の病棟だという。なるほど、軽病患者の病棟にくらべ、此処は全く人通りがなかった。
廊下の空気もどことなく重苦しい。
はる子はようやく、自分がこんな所へ来るべきではなかったことに気づいた。
その時、廊下の奥の方の病室のドアが突然開き、大勢の看護婦と医者がどやどやと出て来た。
はる子は嫌な予感に襲われた。
その辺が、受付で聞いた尾形の病室らしく思えたからだった。
医者の近づくのを待って、はる子は一礼した。
「あの、ちょっとお伺《うかが》い致しますが、尾形さんに何か……」
「お身内の方ですか……?」
「は、はい……」
「まことに残念ですが……只今《ただいま》、息をひきとられました……」
「えッ、では……あの……お歿《な》くなりに……」
「病気の変化が急だったものですから、手のほどこしようがありませんでした……」
医者は、黙礼して立ち去った。
(尾形さんが歿くなられた……)
はる子はまだ自分の耳を疑っていた。
手紙で病状が良くないことは伊東から知らされていたが、まさか死ぬとは思いもしなかった。
ちょうど病室のドアが開いていたので、はる子は外からそっと中をのぞく気になった。もしや、伊東の姿くらいは見られるかもしれぬという気持からだった。
はる子が歩きだそうとしたとき、不意に、そのドアから、尾形未亡人らしい年配の婦人が、両脇《りようわき》を南部斉五郎と伊東に支えられるようにして出て来た。
婦人はハンカチを顔に当てたまま、崩れるように、廊下のベンチに腰をおろした。
きっと遺体を清めるため、しばらく廊下に出ているように病院側から言われたのだろう。
はる子は母が病院で歿くなったときのことを思い出した。
未亡人はもちろんだが、伊東の頬にもやつれの色が濃かった。
はる子は伊東に近づいて、声をかけようかどうしようかと迷った。
さいわい、南部も居ることだし、そばへ行くには都合が良かった。伊東と尾形家とのあいだに、どんな経緯《いきさつ》があったにしろ、尾形清隆が伊東の恩人だったことには変りはない。
その未亡人に悔みの言葉を述べるのは、当然のようにはる子には思えた。
南部も伊東も、尾形未亡人を一生懸命はげましているらしく、はる子のことには全然気がつかなかった。
看護婦が二人、新しいシーツと脱脂綿をかかえて、尾形の病室へはいって行った。
病院内に礼拝堂があるらしく、荘重なオルガンの曲に合わせて、静かな讃美歌の歌声が流れはじめた。
それは、肉体をはなれた尾形清隆の霊を慰めるかのごとく、高く低く、あるいはゆるやかに、信者ではないはる子も思わず襟《えり》を正したくなるような敬虔《けいけん》で清らかな歌声だった。
はる子は眼をとじて、そっと尾形の霊に祈りを捧げた。
(長い間ほんとうにご苦労さまでございました……安らかにおやすみくださいませ……)
再び眼を開けたとき、はる子は思わずはっとした。
伊東栄吉の胸の中に、すがりつくように泣いている和子の姿が見えたからである。
和子はおそらく、ずっと病室の中で悲しみをこらえていたのだろう。それが、今の讃美歌によって、堰《せき》を切ったようにあふれだしたのに違いない。
和子は伊東に甘えていた。
はる子にはそれがよくわかった。
伊東はこちらに背中を半分向けているので、顔はよく見えないが、何かやさしい言葉で和子をなぐさめているらしい。
はる子はあわてて廊下の角へかくれた。
胸の動悸《どうき》が激しくなっている。
自分がすっかり混乱しているのが、はる子にはよくわかった。
柱のかげからのぞくと、和子も伊東も元の姿勢のままだった。
はる子は小走りにその場を離れた。
途中、尾形の関係者らしい男が四、五人、あわただしく重症患者病棟の方へ走って行くのとすれ違った。
その中には、いつか伊東との結婚をあきらめるよう説得しに来た、大原という尾形の秘書が居たのだが、はる子は気がつかなかった。
気がついた時、はる子は横浜へ行く列車に揺られていた。
瞼《まぶた》には、たった今しがた、病院で伊東栄吉と尾形和子の光景がこびりついている。
見てはならぬものを見てしまったという思いが、はる子の胸の中をしきりに駆けめぐっていた。
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