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旅路69

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    31今年もぼつぼつ、年の暮が迫っていた。夫の世話から子供の世話、隣近所のつきあいと、有里の一日は落ちつく暇もない仕
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    31

今年もぼつぼつ、年の暮が迫っていた。
夫の世話から子供の世話、隣近所のつきあいと、有里の一日は落ちつく暇もない仕事の連続だった。
そんな或る日、突然有里の家へ浦辺公一が訪ねて来た。有里はちょうど洗濯物を干していたが、肩を叩《たた》かれてふりむくと、そこに人なつこい公一の柔和な微笑があった。
「あら、よく此処《ここ》がおわかりになったわね……」
有里は思わず声を上げた。
「連絡しなければいけないいけないと思いながら、つい……」
「僕こそ……妹の結婚式には逢えると思ってたが、急に風邪《かぜ》をひいてしまってね……」
「そうですってね……さ、どうぞ……」
有里は先に立って家へ案内した。
「今日はご主人は?」
「夜中にならないと戻らないの……ここのところ夜行の乗務が多くってね……」
「それじゃ僕は、此処で失礼しよう」
公一は玄関先で立ちどまった。
「いいのよ、あなたなら……さ、どうぞ……」
「僕なら安心ですか?」
公一はちょっと複雑な表情になって笑った。
「あの時は本当にありがとう、お蔭で助かったわ」
あらためて、簪《かんざし》の質入れを頼んだ時の礼を述べた。
「公一さんは、札幌にずっといらっしゃったの?」
「うん、大学に残って助手をしていたんだが……今度、急に日高のほうへ行くことになってね……」
「日高って……牧場……?」
「ああ、馬のね、専門医として来てくれないかという話があったんだ……ま、いつまでも親がかりってわけにも行かんし、教授の推薦でもあったしするから決心したんだよ」
「そうだったの、よかったわね、おめでとう……」
「うん、君にそう言ってもらうのが一番うれしいよ」
公一は深く頷《うなず》きながら眼を細めた。
「いつ行くの、日高へ……?」
「向うは早いほうがいいと言うし、どうせのことなら向うで正月を迎えたほうがいいと思ってね……こういう時はチョンガーは気楽ですよ」
「でも、尾鷲ではご心配のご様子だったわよ、公一さんがいつまでもお嫁さんも貰わずに北海道に居ることを……」
「親父はもうあきらめているよ」
ふっと眼をそらして、苦笑した。
「幸子のこと、手紙で何か言ってきますか」
「とてもよくやってくれるって……兄も感謝しているようよ、この間も手紙でわざわざおのろけを書いてきたわ」
「そう……きっと今にボロが出るよ、あいつも気が強いからねえ、お姑さんとうまく行くかそれが心配だよ」
「母も気が強いし、頑固だから……でも、大丈夫よ」
「やっぱり何かあったんだね……」
公一は有里の表情の中の微妙な動きに気がついたらしかった。
「ほんとに大したことじゃないの、第一もうすんでしまって、前よりもっとうまく行ってるらしいわ、雨降って地固るって……ね……」
「そんならいいけど」
「なんだかんだと言ったって、母も幸子さんのことは子供の時分から知ってるんですもの、心配はいらないわ」
「ま、心配したって、僕にはなんの力にもなってやれないが……」
幼馴染《おさななじみ》の気やすさ懐しさで、つい時の過ぎるのを忘れ、結局、公一は夕食をご馳走《ちそう》になって帰って行った。
この公一の来訪を、有里はただ、彼が日高へ就職がきまったので、別れに来たとしか思っていなかった。
暮の主婦の仕事は、次から次へと果てしがない。
やっと秀夫を寝かしつけ、さて、針仕事にとりかかろうとした時、有里は初めて縫い物の下に置かれた小箱のことに気がついた。
開けて見るまでもなく、有里はその箱に見おぼえがあった。
いつぞや、まだ有里が塩谷に居た時分、千枝の入院費やらなにやらに困って、公一に頼んだものである。
もともと請《う》け出すあてのない品だったし、やがてそのつもりもなくなった。とっくに質流れしているものと、あきらめていたのだ。
この箱を置いて行ったのは、もちろん公一に違いない。
(公一さんはこの品を質入れしなかったのかしら……そういえば、お金は受取ったが、質札は貰わなかった……)
きっと、この簪《かんざし》の由来を知った公一が、独断でこうした処置をとったものであろう。しかも、そのことは一言も口にせず、品物だけ届けて帰って行ったのだった。
有里は今更ながら、公一のやさしい人間味に触れた思いがした。
(公一さん、ありがとう……五十円かならずおかえしします、済まないけど、もう少し貸しておいて下さいね……)
心の中で、有里は公一に礼を言った。
艶《つや》やかな鼈甲《べつこう》の簪には、懐しい父の気持がこめられているし、北海道へ母の反対を押し切って嫁いで来た日の想い出があった。
ほんとうに無我夢中の六年間だった。
有里は首をのばして、そっと隣室の秀夫の寝顔を眺めた。
今年は、秋に満州事変がおこり、新聞やラジオのニュースによれば、満州では連日激しい戦闘が行なわれているという。
尤《もつと》も、ラジオは高価で、まだまだ身分不相応、もっぱら桜川夫人の報告によるのである。
又、今年は東北、北海道地方は冷害のため、稀《まれ》にみる大凶作で、土地や家を放棄する者、娘を売る者、自殺者などが相次いでいた。
なんだか、日本中が急にざわつきだしたような気がする。
有里のところにしても、貧乏とはまだ当分縁が切れそうもないし、仕事はますます忙しくなるだろう。
だが、有里はちっとも恐れを感じなかった。
(どんな苦しいことがあっても、私には子供が居るし、夫がちゃんとついていてくれる……)
それだけで有里は仕合せだったし、体中に充実感がみなぎるような気持がするのだった。
有里は立ち上り、鏡台の前に坐《すわ》った。
鏡の中の自分の髪に、そっと鼈甲の簪をさしてみた。
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