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旅路84

时间: 2019-12-30    进入日语论坛
核心提示:    9有里は帰りの汽車の中で、先刻の三千代との会話を思い返していた。三千代の前でこそ立派なことを言っていたが、やはり
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    9

有里は帰りの汽車の中で、先刻の三千代との会話を思い返していた。
三千代の前でこそ立派なことを言っていたが、やはり、雄一郎が去年の夏ごろから三千代と時々|逢《あ》っていたという事実は不愉快だった。疚《やま》しいことはしていないにしても、なんだか夫に裏切られたような不快な気持がしきりにした。
三千代が言っていたように、恐らく何処《どこ》へも行かない約束をしたかわりに、秘密を守るという条件を守らざるを得なかったのだろう。しかし、それは理屈では解っても、感情の点でどうもすっきりしなかった。
たまたま夫が病気だったから、こうした形で三千代の秘密が発見されたのだが、もしいつものように出勤していたら、或《あるい》はこの先何年間も二人は隠れて逢いつづけるつもりだったのだろうか。
(ひどい……あんまりだ……)
と有里は思った。
それにしても、どうして夫は今日の電話が三千代からだったということをまるで気がつかなかったのだろうか。三千代はいつも変名で駅へ電話をしていたらしいのに……。そこまで考えたとき、
「あッ……」
有里は思わず声をたてた。
(やっぱり、あの人、電話が三千代さんからだってことを知っていたんだわ……)
ようやく、雄一郎が有里の出掛けに言った妙な言葉の意味がのみこめた。瀬木千代子に南部斉五郎のことを何故《なぜ》知らせなければならないのかと不思議だったが、相手が三千代だったら、あの言葉は当然なのだ。
有里は列車が倶知安駅に到着すると、佐藤の家に預けてある秀夫のことは後回しにして、いそいで家へ駆け戻った。
「あなた、知ってたのね、三千代さんだってこと……」
雄一郎の枕許《まくらもと》でまず言った。
「どうして、私を止めなかったんです」
「どうしてかな……自分でもよくわからん」
「ずるいわ」
「うん、そう言われても仕方がないな……しかし、それでいいような気もしたんだ……あとで変な弁解をするより、いっそこの機会に直接三千代さんから話を聞いてもらったほうがいいのではないかと……」
「ひどい人ねえ」
「すまん……実は俺《おれ》もそろそろお手あげだったんだ、三千代さんと妙な約束をさせられてしまったばっかりに動きがとれなくなってしまって……それに、最初はなんとしてでも説得して南部の親父《おやじ》さんの所へ帰そうと思ったんだが、それは不可能だということが最近わかった……だから、親父さんの来ることもお前から言ってもらったほうがいいような気がしたんだよ」
「三千代さん近く結婚なさるそうよ、そのことで来週中にも此処《ここ》へ見えるんですって……」
「結婚……?」
「そうよ、今日もそのことで相談したかったらしいの」
「嘘《うそ》だ……」
雄一郎は吐き出すように言った。
「此処へ来るというのも嘘だ……」
「やっぱり……」
「気がついていたのか?」
「……あなた……私、ただ別れて来てはいけなかったのかしら……」
「いや、そんなことはない、俺だってそうするより仕方がなかっただろう……あの人だって、もう子供じゃないんだ、どうすることも出来んよ……」
雄一郎はそっと眼をとじた。
「あなた……」
「ウン……?」
「私、悪い女だわ」
「どうして」
「だって、三千代さんが札幌から居なくなってくれることを、心のどこかで喜んでいるんですもの……」
「馬鹿《ばか》……」
雄一郎はちらと妻を見上げて微笑した。
「そんなつまらん事、いつまでも気にする奴《やつ》があるか……」
笑顔は見せていたが、やっぱり雄一郎は心から笑い切れないものがあった。
明日からはじまるであろう、三千代の流転が胸に重くのしかかっていた。
やがて、南部斉五郎が倶知安へやって来た時、雄一郎はこの一部始終を話して、三千代を引きとめられなかったことを詫《わ》びた。
斉五郎は聞き終ると、
「そうか……そうだったのか……」
さすがに残念そうな表情を見せたが、すぐ、
「いや、三千代のことをいろいろ心配してくれて有難う、本当にすまなかった、感謝するよ……」
と言っただけで、別段、雄一郎を咎《とが》めようとはしなかった。
 伊東栄吉とはる子の結婚式は、故郷に近い小樽の料理屋の広間で行なわれた。
最初はごく内輪のつもりだったが、伊東の札鉄時代の友人や先輩、それに雄一郎の付合もあって、かなりの人々が会費もちで集ってくれた。
はる子は婚期こそ遅れはしたが、小柄なせいか年のことは気にならず、元々が美しい顔立ちなので、誰《だれ》もがついうっとりと見とれるような素晴らしい花嫁姿であった。
又、この日集った人間というのが、ほとんど南部斉五郎の薫陶を受けた人々で、それだけに、祝宴は和気藹々《わきあいあい》とした雰囲気に溢《あふ》れていた。
途中、新郎新婦は記念写真を撮るために一時席をはずした。
戻って来たとき、今度は、はる子は洋装だった。この日のために、わざわざハワイから持って来たものだけに、ぴったりとよく似合った。昔ながらの艶《あで》やかな文金高島田から、一変してハイカラな洋髪にスーツ姿となったので、客たちはしばらくは茫然《ぼうぜん》とはる子を見詰めていた。
そして、その頃、新婦の控室のほうでは、有里と伊吹きんが二人がかりではる子の花嫁衣装を千枝に着させていた。
その傍《かたわら》で、写真屋が千枝の衣装を着け終るのを怪訝《けげん》そうに眺めていた。
「変だと思う、写真屋さん?」
と千枝が笑った。
「あたしね、嫁に行くとき、うちの人のお父っつあんが歿《なくな》ったばっかしだったもんで、ちゃんとした嫁さんの仕度もせんと、着のみ着のままで南部駅長さんに盃事《さかずきごと》をしてもらったんだよ……それはそれでえかったけんど……女だもんね、一生に一度はやっぱりこうやって普通のお嫁さんの恰好《かつこう》がしてみたかったんだ……」
「なるほど……」
写真屋は大きく頷《うなず》いた。
「じゃ、ついでに一枚いかがです」
「そのつもりで、良平さんにも伊東さんの衣装をつけるように言ってあるわ」
有里が答えた。
「えっ、うちの人にも?」
「さて、花婿さんを呼んで来ましょうかね」
きんが部屋を出て行った。
「さあ鏡を見てごらんなさい……とっても綺麗《きれい》……」
「はる子姉さんは美人だけれど、あたしはそうでないから……」
「なに言ってるの、ほら鏡を見てごらんなさい……」
千枝はおそるおそる鏡台の前へ立った。
「ウワー、ほんとだ、馬子にも衣裳《いしよう》っていうけれど、これじゃうちの人、二度惚《にどぼ》れするかもしれないな……」
「でも、あんまり大きな口をあいて笑ったり喋《しやべ》ったりするとおかしいわよ」
「そうか、お嫁さんはおしとやかにするもんだったよね……」
そっと宴席を脱けて来たらしく、鏡の中の千枝のうしろにはる子の顔がのぞいた。
「千枝、似合うわよ、とってもいいわ……」
「やっぱり姉さんのようなわけにはゆかないけれど、どうやら見られるようになるもんだね」
「いい機会だから、千枝さんも写真をとってもらうことにしたんです」
有里が言った。
「ああ、それはいい考えね、私も今、それを思いついたので言いに来たのよ」
「姉さん、相変らずだねえ……お嫁さんはお嫁さんらしくちゃんと坐《すわ》ってなきゃ駄目じゃないか」
「うん、すぐ行くわ……」
そう言いながらも、はる子はまるで母親のような眼で、じっと千枝の花嫁姿を見詰めていた。
「ねえ、姉さん、いつか兄さんから聞いたんだけど、白鳥舎のおかみさんの弟さんで、姉さんのこと好きだった人があったでしょう……」
「うん……」
「あの人、どうした」
「ハワイを発《た》つとき、笑って見送ってくれたわ……」
「伊東さんとのこと、そのかた御存知だったんでしょう?」
有里も気になっていたとみえ、口をはさんだ。
「そう、もちろん知っていたわ……でも、とうとう君に逃げられましたねって、笑っていらっしゃった……そういう人なの、さっぱりしていて、わざと私の気持の負担を軽くしてくれたのね……そういう心遣いのある方だったの……」
「いい人なんだね」
「いい人……とってもいい人……」
はる子は亮介のことを思い出すのか、遠くの方を見るような眼つきをした。
「あたし……今日、盃事の間中考えていたの……私が今日のこの仕合せを掴《つか》めたのは、大勢の人々の思いやりとご親切のお蔭《かげ》だって……私たち二人を結婚させるために、秘かに苦しみ、道を譲ってくださった方々のことを忘れてはいけないと思うの……」
「尾形さんのお嬢さんのことだね」
と千枝は言った。
「みんな、とってもいい人だったね」
その時、廊下の方で足音がした。
「あっ、良平さんだわ」
有里が障子を開けた。
借物の紋付羽織|袴《はかま》を着せられた良平が、いかにも照れくさそうな様子ではいって来た。
「どうも気まりが悪くて……」
「こら、花婿さんはもっと堂々としてなきゃ駄目じゃないの」
きんが良平の背中を叩いた。
「したら、二人ともこっちさ並んでけれ」
写真屋が、床の間の前の椅子《いす》を指さした。
きんやはる子に追い立てられるようにして、ともかく千枝は椅子に、良平はその横に立った。それでも、
「花婿さん、もっと顎《あご》さ引いてけれ……扇子は右手に軽く持って……」
写真屋に註文《ちゆうもん》をつけられるたびに、良平はだんだん花婿らしさが板について来た。
「したら、こっちさ向いてけれ……」
写真屋はマグネシュームを盛った発光器を左手に高く上げた。まさに、シャッターを切ろうとしたその瞬間、いきなり障子が開いて、辨吉を先頭に、雪子、良太、月子らがどやどやとはいって来た。
「おや、たまげた」
辨吉と雪子が良平と千枝の顔をしげしげと見上げた。
「な、ほんとだろう……」
情報を提供した張本人らしい良太が、したり顔で言っていた。
「かあちゃん、きれいだね」
月子までが、よく回らぬ舌で言う。
「済んません……ほんまに、あっという間にみんなこっちへ来てしまったもんで……」
清三と清子を両腕に抱いた正作が、あとから追って来て、面目なさそうに詫《わ》びた。
「父ちゃん、写真とるなら、俺《おれ》たちも入れてけれ……」
辨吉はさっさと良平と千枝の間に割り込んだ。それにつづいて、他の子供たちも先を争って位置についた。
「したけどよ……」
良平があわてた。
「これ、結婚写真だでよ、お前ら、あっちへ行っとれ、父ちゃんと母ちゃんが撮り終えたらお前たちのも撮ってやるで……」
「なして、結婚写真に私たちがはいってはいかんの?」
雪子が抗議するように口をとがらせた。
「みんなで仲よく撮ったらええべさ……」
「そったらこと言ったって、お前……」
「良平さん、一緒にとっておあげなさいな」
はる子が笑いながら言った。
「その方が自然でいいわ」
結局、良平と千枝は六人もの子供たちに囲まれ、前代未聞の結婚写真をとることになった。
「それでは、みなさん……こっちさ向いて、ニッコリ笑って……」
何がなんだか判らなくなってしまった写真屋が、みんなの賑《にぎ》やかな笑い声の中で、左手を高く揚げ、ボンと一発、フラッシュをたいた。
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