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旅路94

时间: 2019-12-30    进入日语论坛
核心提示:    19昭和二十年五月、ヨーロッパ戦線では遂にナチス・ドイツが連合軍に降伏した。イタリヤはすでに降伏し、日本は完全に孤
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    19

昭和二十年五月、ヨーロッパ戦線では遂にナチス・ドイツが連合軍に降伏した。
イタリヤはすでに降伏し、日本は完全に孤立してしまった。開戦当初は、まさに破竹の勢で北に南に進攻を続けた日本軍は、制空権・制海権を失い、弾薬、食糧、兵員等の補給路を断たれて、まったく半身不髄の状態におちいったのである。
米軍は沖縄《おきなわ》本島に上陸し、島の住民を含めて壮絶な戦いがくりひろげられていた。
本土上陸は、もう目前に迫っていた。
このころ有里は、雄一郎がビルマとインドの国境付近のインパール作戦に参加しているらしいという話を義姉のはる子からの手紙で知った。
はる子はそれを、最近ビルマから軍用機で帰った東鉄の或《あ》る人から聞いたという。
軍の情報部によって厳重な報道管制をされていた新聞は、戦争の不利な面はほとんど国民に知らせなかったから、有里はこの時、まだ日本の勝利を疑ってもみなかった。しかし、そうした中でもビルマ戦線が非常な激戦地であることは、有里も知っていた。特に雨期には、皇軍の作戦行動が困難を極めるといったような報道班員の手記をなにかで読んだ記憶があった。
六月、遂に沖縄に於ける日本軍の抵抗がやんだ。本土はいたる所、艦載機による攻撃や艦砲射撃をうけた。本土決戦が叫ばれ、各地で竹槍《たけやり》部隊が編成され、中学生までが連日|手榴弾《しゆりゆうだん》の投げかたの練習をさせられた。
日本沿岸の各地では、米軍の本土上陸に備えて、にわかに迎撃陣地の作成をいそぎだした。
こうした情勢下では、秀夫ばかりでなく、有里自身すら明日は武器をとって戦わなければならないかもしれなかった。
有里は、もはや秀夫のことは諦《あきら》めた。しかしそうなると、あの時、充分な別れの言葉も言わずに出発させてしまったことが、急に心残りになりだした。一目だけでも我が子に逢《あ》い、せめて一言なりと、やさしい言葉ではげましてやりたいと思った。
有里は身の回りの物だけを詰めたスーツケースを持って、とび立つように尾鷲を発った。
とりあえず千葉のはる子の家に立ち寄り、秀夫に逢う方法などについて相談してみた。秀夫からの手紙だと、最近は猛訓練の連続でほとんど面会日も無いような有様だという。
有里の話を聞いたはる子は、横浜の伊吹きんの兄がちょうど被服の関係で横須賀の海兵団に出入りしているはずだから、早速、きんを通じて頼んでみてあげようと言った。
それから二週間ほどして、
「うまく行ったわよ、有里さん、世の中には抜け道があるもんね……」
外出先から戻ったはる子が言った。
「広川さんが早速、海軍のえらい人に頼んでくださったら、うまい具合に辻堂《つじどう》海岸で二、三日中に演習があるんですって……朝早くに横須賀を出発して、葉山《はやま》、逗子《ずし》、鎌倉《かまくら》と行軍して、辻堂海岸では四、五日間農家へ民泊して訓練するんだそうよ」
「じゃ、そこで秀夫に逢えるんですか」
「そう、もうすこしこまかなことは、明日にでも広川さんから知らせてくれるそうだけど、とにかく逢《あ》えることは間違いなさそうよ」
「よかった……」
有里の表情が輝いた。
「ありがとうございました、ほんとうに……」
「私じゃないわ、白鳥舎のおかみさんと広川さんのお蔭《かげ》よ……それからね、なにか秀夫ちゃんの好きなものを持って行ってあげるといいわ、なにしろ激しい訓練と海岸線のタコ壺《つぼ》掘りとかで、楽しみといったら寝ることと食べることしかないそうだから、なんでもいいから好きなものをお腹一杯食べさせてあげるといいわ」
「はい……」
有里は、伊東栄吉の部下で家で農業を営んでいる者の好意で、このところめったに手にはいらない玉子と米を少々手に入れ、その日の来るのを指折りかぞえて待った。
きんの兄の広川からの連絡は、それから五日ほどして、佐山という広川の秘書をしている男が持って来た。
「今夜、辻堂海岸の松林の中で逢う段取りをつけましたから、用意してください……」
有里はいそいで仕度をした。
はる子に手伝ってもらい、にぎり飯をたくさん作って重箱につめ、玉子は半分をゆで、半分は生のままで持って行った。
夕方、家を出て、ちょうど指定の午後九時には十分程余裕をもって松林に到着した。
「それじゃ奥さんは此処《ここ》で待っていてください、私はちょっと連絡をとって来ますから……」
案内役の佐山は、そう言うと砂丘を駆け上って行った。
有里はそっと一本の老松に身を寄せて海を眺めた。
夜の海は、波が静かに寄せてはかえしている。時々、白いしぶきが月に光った。しんとした海辺は、まるで、戦争をしている国のようではなかった。有里が知っている、あの平和な時代のなにげない海のたたずまいであった。
有里は眼を上げて暗い沖を見た。
この海のむこうに、次々と日本軍が玉砕して行った島々があるのが嘘《うそ》のようだった。
やがて、この海岸にまで戦の波が潮のように押し寄せるというのだろうか。本土決戦というからには、遠からずこの浜でも敵味方の血が流され、数多くの生命が散るのはまず間違いあるまい。
有里はかすかに身ぶるいした。
戦いが怖いのではなく、この平和な夜の浜辺にそうした殺戮《さつりく》の場面を思い浮べることが悲しかった。
砂地に、かすかな人の足音がした。
有里は全身を耳にして、ふりむいた。
「秀夫……?」
松林の間を抜けて、黒い人影が近づいてくる。有里の胸は躍った。
「秀夫なの……?」
白い帽子に白い訓練服のたくましい青年が有里の前に立った。
「小母さん、僕です……岡井三郎です」
「まあ、さぶちゃん……」
「お久しぶりです、その後お変りありませんか」
「ええ、お蔭《かげ》さまで、さぶちゃん、ずいぶん立派になったわねえ」
有里が感嘆するほど、三郎は心身ともにすっかり成長していた。
「秀夫がいつもお世話さま……」
「いいえ、僕のほうこそいつも秀ちゃんに世話をかけているんですよ」
「秀夫はあとから来るのね」
有里は三郎が一足先に来たものとばかり思っていた。ところが意外なことに、
「小母さん、秀ちゃんは来ません……」
と、三郎が言いにくそうに答えた。
「どうして、何故なの、秀夫はどうかしたの……病気か怪我《けが》でも……?」
有里は狼狽《ろうばい》した。
「何か事故でも起したの?」
「いいえ、秀ちゃんは元気です、僕と一緒の家に民泊しています、班長は秀ちゃんに行けと言ったんです、この海岸へ……一時間だけお母さんに逢《あ》って来いと……」
「それなのに、どうして来られないの?」
「秀ちゃん自身が行かないと言うんです」
「秀夫が……秀夫がそう言ったの……」
「小母さん、すみません……」
三郎は気の毒そうに有里から視線をそらした。
「秀ちゃんはこう言ったんです……みんな、誰《だれ》だって親に逢いたいのに……みんなが我慢してるのに……自分だけ規律を破ることは出来ないって……」
「でも、班長さんが許可なすったんでしょう」
「小母さん……」
三郎は有里を見詰めた。
「正しい方法で許可されたのではないことを秀ちゃんは知っています……秀ちゃんはそのことにこだわっているんです……秀ちゃんは僕にかわりに行って、小母さんにそう伝えてくれというんです、言い出したらきかない奴《やつ》です……お気の毒ですが、もしお言附がありましたら、僕から伝えます」
有里は茫然《ぼうぜん》とした。足許《あしもと》へ全身の血がひいて行くような気がした。口をきく元気もなく、立ちつくしていた。
「小母さん……秀ちゃんは元気でいます、訓練はつらいですが、がんばっています。いつも小母さんのことを心配しています、病気をしないだろうかとか、ひとりぼっちになって寂しいだろうとか……」
有里はようやく顔を上げた。
「三郎さん……あの子に伝えてください。母さんはもう、秀夫が海兵団にはいったことに反対はしていないと……母さんは大丈夫だから心配しないで、どうか、お国のために……命を無駄にしないようにって……」
「わかりました……」
秀夫は習慣的に不動の姿勢をとった。
「そう伝えます」
「せめて一口食べてもらいたいと思って、こんなものを用意して来たけれど……あなた、秀夫のかわりに食べて下さいな……」
大事に抱えて来た重箱を差し出した。
「ありがとうございます、折角ですが、僕ら今日は農家の方のご厚意で充分食べております。秀ちゃんの口にはいらんものを、僕が食べては秀ちゃんにすみません、どうか持って帰ってください……それじゃ……小母さんも体に気をつけて……失礼します」
敬礼をすると、そのまま形をくずさず回れ右をして両手の拳《こぶし》を腰に当て、あっという間に走り去った。
「さぶちゃん……三郎さん……」
有里はあわてて三郎のあとを追おうとして、砂に足をとられ、両手をついた。
そのはずみで重箱の蓋《ふた》がとれ、中のにぎり飯が外へ転がり出た。有里が拾いあげた時にはあとの祭で、折角苦心して手に入れ、秀夫に食べさせようと楽しみにして来たにぎり飯が、すっかり砂だらけになってしまっていた。
有里の胸に、ワッと熱いものがこみ上げて来た。低い嗚咽《おえつ》が有里の唇を洩《も》れた。
しかし、この時、秀夫は有里のすぐそばに来ていたのである。規則を破ることは、彼の潔癖さが許さなかったが、せめて一目なりと母の顔が見たかった。
砂丘の松のかげに隠れ、夜の砂にまみれて泣いている母の姿を、秀夫はみつめていた。
走りだせば、十数|米《メートル》の近さであった。
今にも泣きそうな眼が母を見詰め、固くくいしばった唇が母を呼んでいた。
「……母さん……母さん……母さん……」
その声にならぬ声を、母の本能が聞いた。
「秀夫……」
有里が顔を上げたとき、秀夫の影は、もう闇《やみ》の中へ消えていた。
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