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旅路96

时间: 2019-12-30    进入日语论坛
核心提示:    21伊東栄吉は帰宅前のひととき、いつものように今日一日の日誌をしたためていた。駅長室とはいっても、部屋の片隅に天水
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    21

伊東栄吉は帰宅前のひととき、いつものように今日一日の日誌をしたためていた。
駅長室とはいっても、部屋の片隅に天水桶《てんすいおけ》やら砂袋やらが積まれ、ガラスというガラスに紙のテープを貼って爆風による破片の散乱を予防してあった。殺風景この上もない状態だが、それを別に誰《だれ》も不思議とも思わなくなっていた。
最近、B29は昼に一度、夜に一度ずつやってくる。昼のは大概一機か二機で、これは一万|米《メートル》くらいの上空を飛び、もっぱら偵察飛行をして帰るらしかった。夜は、その昼間の偵察による資料をもとにして、七十機から百機もの編隊で、絨毯《じゆうたん》爆撃、無差別爆撃を行なっていった。
その時は空中と地上の間を、さまざまな色をした曳光弾《えいこうだん》がとび交い、サーチライトが交錯し、無数に投下される焼夷弾《しよういだん》の赤い火がゆっくりと暗い夜空を舞いおりる。すべての物を徹底的に破壊し去る行為に附随するものとしては、それはあまりに美しすぎる光景だった。
栄吉は日誌の最後の一行を書き終えると眼をつぶり、今日もこうして無事に日誌を書けたことを神に感謝した。爆弾で死ぬのはかまわないが、出来るだけ長生きして、国の為、輸送業務を遂行しなければならない責任が彼には有った。
七生報国、つまり七たび生れかわって、国の為に働かなければならない時代だった。
その時、表の戸が開いた。
「あの、駅長さん、もうお帰りになったでしょうか……」
若い女の声で、栄吉はわれにかえった。
いつの間にか、部屋はすっかり暗くなっていた。
「はあ……何か御用ですか……」
立ち上ってスイッチを入れた。
「まあ、伊東さん……」
女がなつかしそうに叫んだ。
「和子さん……和子さんじゃないですか……」
栄吉は思わず走り寄った。
「どうしたんですか、広島の工場へ行っとられたんでしょう」
「ええ、ちょっと本社の用事で帰って来たんです、すぐ広島へ帰るんですけど……」
「そうですか、そりゃあ……でも、よく来てくれましたね」
「どうしようかと散々迷ったんですけど、やっぱり来てしまいましたわ……」
和子の眼が臆病《おくびよう》そうに栄吉を見上げた。
「ご迷惑じゃなかったかしら……」
「迷惑だなんてそんな……どうです、よかったら家へ来ませんか、はる子もいつもあなたのことを懐しがっているんですよ」
「ええ…でも、その余裕はありませんの、これから広島へ行く娘さんたちを連れて、おそい夜行で東京駅を発《た》つんです」
「そうですか……そいつは残念だなあ」
「どうせ、来月にはまた上京することになっていますから、その時ゆっくりお寄りします」
「是非そうしてください、うちは千葉だからまだ当分は焼かれないと思いますから……」
栄吉は机のひきだしの奥から、大事そうに小さな茶筒を取り出すと、自分で茶をいれて和子にすすめた。
「どうです、東京は……驚いたでしょう」
「ここへ来る途中、駿河台《するがだい》の、昔、両親と一緒に住んでいた家のへんへ行ってみたんです……すっかり、焼けてしまって……」
「あの辺は、たしか三月十日の空襲でやられたんですよ」
「なんだか見当がつかなくて、うろうろしてしまいましたわ。石の門が残っていたので、ようやくわかったんです」
「焼けた翌日、私も行ってみました……もう、尾形先生のお邸ではないのに、やっぱり寂しかったですよ」
「そういえば、伊東さんがあの家へみえたのは震災の前でしたものね、私がまだ女学校にはいりたての頃《ころ》で……」
「よく、人力に乗って学校へいらっしゃるのを拝見しましたよ、東京の女学生っていうのは、なんて綺麗《きれい》なんだろうと思ったもんです」
「ま、おじょうずね……」
「いや、実感でしたよ……」
栄吉は過去をなつかしむように、遠い眼つきになった。
「今から考えると、まるで夢のようです」
「いい時代だったんですね、私、今でも時々思い出すんです……自分ではあの頃とあまり変っていないつもりなのに、月日のほうがどんどんたって行ってしまって……人間の一生は長い旅路のようなものだって、南部の小父さまがおっしゃったけど、私の一生はまるで急行列車の旅ですわ、いそがしくって、あわただしくって……」
和子はいつものおだやかな微笑をたたえていたが、眼はやはり寂しそうだった。
「私、時々、自分の通りすぎた青春を思うんですよ、もっとゆっくり、一つ一つ、しっかりと確かめて旅をすればよかったなんて……でも、後悔はしていませんわ、私は私なりに一生懸命生きて来たんですもの……」
それにたいする栄吉の応《こた》えはなかった。
「あら、もうこんな時間……」
時計を見上げて、そそくさと立ち上った。
「じゃ、遅くなりますので、これで……」
「今度は本当にゆっくりしてって下さいよ」
「はい、きっと……」
和子はなんのこだわりもなく頷《うなず》いた。
「奥さまによろしくね」
栄吉はホームまで和子を送って行った。
小高いホームからは、下町の焼野原が一望のもとに見晴らせた。ちょうどホームの屋根の庇《ひさし》のあたりに、まんまるい月が出ていて、あたりを明るく照していた。
「あら、きれいなお月さま……」
和子は素朴な歎声《たんせい》をもらした。
「東京が焼野原になっても……B29の空襲が今夜にもあるかもしれないのに……あんな、きれいなお月さまが出ているなんて……」
月にみとれている和子の横顔を、栄吉は何故《なぜ》か哀《かな》しい気持で見詰めていた。
それから僅《わず》か一週間の後、八月六日、広島に巨大なきのこ雲が立ちのぼった。
一発の原子爆弾は、一瞬にして二十五万人もの罪もない人々の生命を奪い、全市は灰燼《かいじん》に帰した。
それはまさに、人類の最期を思わす一瞬だった。
伊東栄吉の耳には、あの晩、東京の焼野原の上に照っていた月を見て呟《つぶや》いたあの声が、いつまでも消えずに残っていた。
そういえば、あの時の和子の横顔は、まるで月の精のように気高く、美しかった。
栄吉とはる子は仏壇に和子の写真を飾り、心から彼女の冥福《めいふく》を祈った。
四、五日して、広島の視察から帰って来た関根重彦から、栄吉はその日の和子のくわしい消息を聞いた。
それによると、和子は両腕にしっかりと二人の女子工員を抱きしめたまま、死んでいたそうである。遺骨は関根が持って来て、青山墓地にある両親の墓の中に納めた。
「和子さん、あなたの一生は、たしかに急行列車のようにあわただしかったかもしれない……しかし、あなたほどきれいな人生を送った人もいないと思います……」
栄吉は墓に向ってそう呟《つぶや》いた。
「安らかに睡《ねむ》ってください……あなたの旅は終ったのだ……」
広島に原子爆弾が落ちてから、二日後にソ連が対日宣戦布告をし、次の日には長崎にも原子爆弾が投下された。
日本の敗北は、かなり前から上層部にはわかっていたという。しかし、その間も一般国民は空襲に追われ、逃げまどい、なにも知らずに戦いつづけていた。
横須賀《よこすか》の海兵団に居た秀夫にしても同様である。彼等は連日、米軍の敵前上陸に備えて、訓練につぐ訓練をくりかえしていた。
その日、敵の機動部隊による艦載機が海兵団の兵営を襲った。
このところ毎日のように艦載機の攻撃を受けているので、みんな素早く壕《ごう》の中にとび込んで退避した。ところが、ちょうど炊事当番だった秀夫だけが逃げ遅れ、獲物《えもの》をねらっていた敵機に発見されてしまった。
グラマンは態勢を立て直し、あらためて攻撃をしかけようと機首をめぐらした。その間に、充分の余裕を見てとった秀夫は壕へ向って駆け出した。しかし、気がせいていたのと、前日の雨で足許がゆるんでいたのとで、秀夫はあっというまに営庭の真中で転んでしまった。
「秀ちゃん、危いッ……」
友だちを助け起そうと三郎が夢中で壕からとび出して来た。
「駄目だ、来ちゃいけないッ……」
秀夫が呶鳴《どな》った時はすでに遅く、グラマンの機関砲は火を吹いた。
「伏せろッ!」
誰《だれ》が叫んだのかわからない。秀夫はとっさに顔を地面に叩《たた》きつけるようにして伏せた。
激しい炸裂音《さくれつおん》が周囲に渦巻いた。
やがて、爆音が遠ざかり、まるで死の世界のような静かさがやって来た。
秀夫はおそるおそる顔をあげてみた。敵機は去り、青い空に入道雲が高く湧《わ》いていた。
「おい、さぶちゃん……」
横で、まだ身を伏せている三郎の肩を叩いた。
「起きろよ……」
しかし、次の瞬間、秀夫の心臓はドキンと大きく波打った。
三郎の背中から胸にかけて、真赤な血に濡《ぬ》れていた。
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