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旅路107

时间: 2019-12-30    进入日语论坛
核心提示:    32この頃《ころ》が、室伏雄一郎の一生を通じて最もつらい時期だったのではないだろうか。生きて日本へ帰っては来られた
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    32

この頃《ころ》が、室伏雄一郎の一生を通じて最もつらい時期だったのではないだろうか。
生きて日本へ帰っては来られたものの、息子《むすこ》には去られ、体の具合は思わしくなく仕事にも張合いというものがなかった。おまけに、生活は苦しくなる一方だった。
雄一郎は真剣に、鉄道員をやめて他の職業に転じようかと考えたものだった。
そのきっかけになったのが、遠藤八郎である。
彼は雄一郎とは小学校の同級で、長いこと樺太《からふと》のパルプ工場に勤めていたが、今度の戦争で帰郷し、今では幾春別の炭鉱に付属する木工場の主任をしていた。といっても、彼が幾春別に赴任して来たのはつい先日で、駅で偶然雄一郎と再会したのだった。
遠藤八郎に関する思い出は、なんといっても三千代にあてたラブレターの一件である。あれは、もとはといえば遠藤の頼みで、雄一郎が恋文の代筆をしたのであった。そのお蔭《かげ》で、雄一郎と三千代の人生にはさまざまな波紋が生じたのに反し、当の遠藤はそれからすぐ樺太へ行ってしまい、三千代とはまったく無関係に今日まですごして来たのも皮肉だった。
早いもので、あれからもう三十年近い歳月が流れている。二人とも、今年は四十二の厄年だった。
遠藤は駅で再会した翌晩、早速、一升瓶を下げて旧友の家をたずねて来た。
三十年間、別々に暮していても、しばらく話しているうちに、二人ともたちまち昔の八ちゃん、雄ちゃんの間柄に戻っていた。互に酒をくみ交わしながら戦争中の苦労話やら今の生活の愚痴やらを述べ合った。
「とにかく、こう物価の変動が激しくては、給料生活者はたまらんよ、どこもみんなそうらしいが……鉄道の方はどうなんだ」
「こっちは弱り目にたたり目さ、戦争中は富良野の空襲で家財道具一切合財焼いてしまうし、戦後は復員が遅れたばっかりに仕事からは取り残される……おまけに大病してしまって、ついこのあいだまで寝込んでしまったんだ」
「そうか、病気したのか……」
遠藤は気の毒そうな表情をした。
「正直なところ、戦争のブランクがこたえた」
「ふむ……大事な時だったからな……本当ならとっくに駅長になっとる筈《はず》なんだろう……」
「いや、そういう問題ではないんだが……なにかこう、張り合いっていうものがなくなってしまって……自分で自分に自信がなくなることが怖いよ」
「なんだ、お前らしくもない、弱気を出すな……」
遠藤は急にしんみりしてきたその場の雰囲気を、笑いで吹きとばした。
「人間、誰《だれ》しも波はあるさ、そんなことにへこたれてたらどうしようもないぞ」
しかし、雄一郎の様子は矢張り気になったものとみえ、帰り際、ふと表情をあらためて、
「なあ室伏、お前、職場を換えてみる気はないか」
と言った。
「職場を換える……?」
「ああ、もしお前にその気があれば口をきいてやってもいいぞ、俺《おれ》の会社の重役で、俺に大層目をかけてくれている人がある……なんだったら、話してみるが……」
「しかし、そう急に言われても……」
「まあ、好きではいった鉄道だ、そう簡単にやめるわけにもゆくまいが……考えるだけは考えてみろよ、及ばずながら、俺も骨を折るよ……」
「ありがとう……」
雄一郎は正直なところ、かなり戸惑いながら礼を言った。
その次の休日、雄一郎は遠藤八郎に誘われて午後から札幌《さつぽろ》へ出掛けて行った。
留守中、有里は内職の針仕事にいそがしかった。
木工所の主任が雄一郎の幼友達では、もう坑木の積み下し作業に出て行くわけにもいかなかったが、そのかわり、炭鉱景気目当に出来た酒場や料理屋で働く女たちの着物の仕立てで、結構いい内職になった。
夜になって、雄一郎はかすかに酒の匂《にお》いをただよわせながら帰って来た。有里のいれた茶を美味《うま》そうに飲んでから、ちょっと間を置いて、
「有里……俺、鉄道をやめようかと思う……」
と、いきなり言った。
「なんですって……」
有里は耳をうたぐった。夫が鉄道をやめることなど、夢にも思ってみたことはないのだ。
「実は今日、札幌で遠藤の会社の重役に会ったんだ」
「遠藤さんの……それでどうしたんです」
「親分肌の豪放な人だった……いろいろ、話を訊《き》かれたよ、つまり、俺の人物試験てわけだったんだ」
「まあ……」
「俺のような人間のどこが気に入ったのか、もし、希望するなら、会社へ来てもいいというんだ、一、二年辛抱すれば、きっとそれ相当のポストを与えてくれるという……なにしろ戦後大改造した会社だけに、上から下まで新人ばかりなんだそうだ、それだけに働き甲斐があるというんだ。遠藤だって、戦後はいってもうあの地位まで昇進したのだそうだ」
「まあ……あなた、それで返事をなさったんですか」
「いや、まだだ……考えさせてくれと言って来た、そう簡単に答えられることではないからな……帰る道でも、ずっと考え続けて来た……子供の時から、好きではいった鉄道だから、そりゃあ自分から退職したくないさ、したが、俺が戦争へ行ってる間に、鉄道はすっかり変ってしまった……今の俺は、復職してはみたものの、鉄道で働くことにどうやって生甲斐《いきがい》を見出したらいいのか、まるっきり判らなくなってしまったんだ……」
「あなた……」
「若い連中が一生懸命になっている組合問題にもついて行けない……といって現状に満足しているわけでもない……こういうことを言って良いかどうかわからんが、とにかく今の鉄道はめちゃくちゃだ。昔からお客あっての鉄道だと教育されて来た俺には、どうしても昨今の鉄道のありかたに合点が行かないのだ……駅長と駅員の関係だってそうだ、俺たちは駅長を親父《おやじ》さんと呼んだ、信じた、敬愛した……駅長は自分のことを忘れて部下の身を案じ、いたわったものだ……そういう人間関係はもうどこにもない、みんな自分の身が大事だ、ことなかれ主義とばかり、口をつぐんで危いことには触らぬ神にたたりなしだ……そういう鉄道に、俺は失望しているんだ……」
雄一郎は言っているうちに、次第に興奮してくるらしかった。
「俺は自分の将来にも夢が持てなくなっている……定年退職までがんばっても、せいぜい小さな駅の駅長か、それとも部下と上役の顔色を見ながら、お役目大事におずおずとつとめ上げるか……連れ添う女房には貧乏のさせ通しだ、炭鉱の坑木の積み下しから、水商売の女たちの着物まで縫わせて……そんな人生がつくづくたまらなくなっているんだよ」
「待って下さい、あなた……」
「隠さなくたっていい……俺が知らないとでも思っていたのか……遠藤も言ってくれた、この際思い切って新しい職場へとび込んでみろと……なにも金に眼がくらんだわけではないが、月給だけでも今の倍近くになるんだぞ……」
「したって、あなた……あなた、本当に鉄道を去って、あとあと後悔しませんか。ほんの少しでも、未練ということがないんでしょうか……」
有里は、夫が今、人生の岐路に立たされているのを感じた。夫をこの混乱の中から救い出さなければと思った。しかし、そう思えば思うほど、自分の頭の中は混乱するような気がした。
「あなたのおっしゃることはわかります、苦しんでいらっしゃるのだって……夫婦ですもの、気がついています。でも、私、思うんです……あなたは鉄道が心底好きなんだ、鉄道をはなれては生きて行けない人なのではないかって……あなたは、もう鉄道には失望したとおっしゃるけれど、本当にそうなんでしょうか……そりゃあ、あなたの今の周囲にはあなたを失望させることばっかりかも知れません、でも、本当にそれだけなんでしょうか……それは石炭会社へ行けば生活は楽になるかもしれないけれど、十年、二十年たった後、本当に後悔しないですむでしょうか……」
「お前にはわからんのだ……」
雄一郎はぷいと横を向いてしまった。
それきり、もう、何も喋《しやべ》ろうとはしなかった。
しかし、翌日、遠藤が雄一郎の返事をききに来たとき、雄一郎はこう答えた。
「若いうちならやり直しもよかろう、だが四十すぎたこの年まで、とにかく鉄道が好きで鉄道に生きて来たんだ……不満があったら、なんとかそいつを自分の力で打開したらいい、出来ないまでも努力すべきなんだ……残された人生を、せめて自分の選んだ道で頑張りたいと思うんだよ」
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