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旅路110

时间: 2019-12-30    进入日语论坛
核心提示:    35秀夫は約束の時間に空地へ行った。どうせこの間の仕返しをたくらんでいるのだろうと、すぐ察しはついたが秀夫は平気だ
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    35

秀夫は約束の時間に空地へ行った。
どうせこの間の仕返しをたくらんでいるのだろうと、すぐ察しはついたが秀夫は平気だった。毎日、親の金で、酒と女に入りびたっているような奴《やつ》になにが出来るものかという気があった。
秀夫が空地へ行ったとき、糸川はすでに先に来て待っていた。
「良く来てくれたね、あんたに逢《あ》わせたい人がおるのや、ちっと、そこのバーまで来てんか」
「逢わせたい人……誰《だれ》だ……?」
「誰でもええがな、一緒に来ればわかることやさかいな……」
「嫌だね、とにかく俺《おれ》は、お前なんかと一緒に行く気はしねえよ、金持の道楽息子のように、毎晩遊んで暮せる身分じゃないんだ……」
「まあ、そう言わんと……たまには一緒につき合えよ、金は一切こっち持ちや、おまけに吃驚《びつくり》するような人に逢わしてやんのやで……」
「けっこうだよ……それよりちょっと言っとくけどな、お前こそあんまりたちの悪い遊びをすんなよ、レイ子のような女だって女にかわりはねえんだからな、あんまりむごい真似すると可哀《かわい》そうだぞ」
「大きなお世話や、海兵団の死にぞこないが、えらそうなことぬかすな」
「なにッ」
秀夫は思わず糸川の胸ぐらを掴《つか》んだ。
「お前のような奴に、俺たちの青春がわかってたまるか……親の金で大学行って、毎日のらくら遊び歩いてる奴に、俺たちの気持がわかってたまるもんか……」
秀夫は怒りにまかせて、糸川の首を締め上げた。
「く、くるしいッ……助けてくれ……」
糸川は顔を真赤にして、たちまち悲鳴を上げた。しかし、すでに暴発してしまった秀夫の胸は、容易なことでは納まらなかった。秀夫は糸川を腰車にのせて、大地に叩《たた》きつけた。更にその上に馬乗りとなると、頭といわず顔といわず、狂ったように拳《こぶし》を叩きつけた。
「助けて……ゆるして……」
糸川の咽喉《のど》がヒューヒュー鳴った。それでも秀夫は力を抜かなかった。糸川の顔が、たちまち血で真赤に染った。
そのとき、うすぐらくなった空地に、二、三人の人影がばらばらと走って来た。
秀夫は、糸川の仲間が来たのだなと思った。何人来ようと相手になってやる。新手の人数を確めようと、顔を上げたとたん、その眼の中に母の哀しげな表情がとび込んで来た。
「あッ、母さん……」
母のうしろには父も居た。伯母《おば》も居た。
父も母も物も言わずに秀夫を見詰めていた。と、父がとびかかるようにして秀夫に近づいたかと思うと、いきなり彼の横っ面をひっぱたいた。
「こ、この、親不孝もの……」
その勢いで、秀夫は横っとびに地面に転った。なんの事なのか、何が起ったのか、秀夫にはよく判らなかった。どうして父と母がそこに居るのか、なぜ自分が撲《なぐ》られたのか……。
「あなた……秀夫……」
有里が二人の間に割ってはいった。
茫然《ぼうぜん》としている秀夫の体を揺さぶるようにして、有里は激しく泣きはじめた。
 打ちのめされたような心を抱いて、雄一郎夫婦は秀夫と共に、その夜のうちに東京行の列車に乗った。
親も子も、話したいこと聴きたいことが渦のように胸一杯にこみ上げていながら、何一つ口にすることが出来なかった。親子三人、手をとり合って泣くことが出来たら、涙がなんでもなく押し流してくれたであろう心のしこりが、それが出来なかったばっかりに、高い心の垣根を作ってしまっていた。
(逢《あ》いたくなかった……)
と、秀夫は泣きたい思いでくり返していた。こんなみじめな状態を両親の前に晒《さら》したことで、彼は自分の気持が救いようもないものになって行くのを感じていた。
雄一郎は雄一郎で、息子《むすこ》を撲ったことにこだわっていた。撲りつけた息子が泣きもせず、すがりついても来なかったことが、彼をすっかり混乱させていた。
雄一郎の胸の中で、秀夫は、出征当時に別れた時のままの少年でしかなかった。長い歳月の果に、めぐり会った息子は、思い出の中の息子とはあまりにも違いすぎた。それが雄一郎の違和感になっていた。
それは又、秀夫の側にとっても、全く同様であった。
久しぶりにめぐり会った父と息子は、父と息子というより、男と男であった。
そんな夫と息子の間に立って、有里はただおろおろするばかりだった。
彼女がおろおろすればする程、三人の感情は一層微妙にくい違って行った。
「そうそう、いいもの持って来たのよ……」
有里はなんとかして親子の感情をときほぐそうとつとめた。
いつかの列車に乗り遅れた進駐軍兵士が、その後、お礼にと持って来たチョコレートと煙草を手提袋に入れて来たことを思い出し、
「これね、お父さんがいただいて来たとっときのチョコレートなのよ、あんたにあげようと思って持って来たの……」
秀夫の前に差し出した。
「なんだ、これチョコレートじゃないよ、煙草だよ」
「あらまあ」
有里は苦笑した。
「どっちも綺麗《きれい》な包装だもんだから、母さんうっかりして……」
「いいんだよ、チョコレートは母さん食えよ、俺、これでいいよ」
秀夫は煙草の封を切り、何気なく一本を口にくわえた。
「秀夫、あんた煙草吸うの?」
ひどく驚いたように言う母の言葉に、秀夫ははっとして父を見上げた。
しかし、不快そうに眉《まゆ》をひそめる父の視線に気付いたとたん、秀夫は逆に不貞腐《ふてくさ》れたようにマッチで火をつけ、悠々と煙を天井に吹き上げた。
有里はこの意外な結果に慌てた。
秀夫から煙草を取りあげて、雄一郎に今度はすすめた。戦地でおぼえたとかで、復員後、雄一郎は煙草を吸っていた。
有里は雄一郎が秀夫と同じように煙草を吸ってくれることを期待していた。そうすることによって、秀夫の気まずさが少しでも軽くなり、父と子に気持の交流が生れることを願った。
ところが、雄一郎は、いきなりその煙草をひったくると、列車の窓から外へ投げ捨ててしまった。秀夫はじろりと横眼で見ただけで、平然と煙草を吸っていた。しかし、それは表面だけであって、よく見ると、彼の煙草を持つ指先はかすかにふるえていた。
長い長い夜であった。
時間は親子の間をのろのろと進み、それが三人にやりきれなかった。
名古屋を過ぎたあたりで、窓ぎわに坐《すわ》っていた秀夫が立ち上った。すると、それまで睡《ねむ》っているとばかり思っていた雄一郎が眼をひらいた。
「おい、どこへ行く……」
「咽喉《のど》がかわいたんだ、水のみに……」
「母さんも行くわ……」
二人が席を立って間もなく、秀夫と背中合せの場所に坐っていた中年の男が、
「掏摸《すり》だ、掏摸だ……」
と騒ぎだした。
たちまち車内は騒然となり、車掌がとんで来た。
「財布はいったいどこに入れてあったんですか」
「上着のポケットです、この窓ぎわにかけておいたんです」
それを聞いて、雄一郎はドキッとした。
その上着をかけてあった場所というのは、秀夫の位置からなら楽に手が届くのだ。
(まさか、あいつが……)
雄一郎の額に冷汗がにじんだ。
ちょうどそこへ秀夫と有里が戻って来た。
「なにかあったんですか、あなた……」
「掏摸にやられたらしい……」
雄一郎は顎で有里のうしろを示した。
「この窓ぎわにかけておいたんですね」
車掌が質問を続けていた。
「上着をおかけになった時は、間違いなく内ポケットにあったんですね」
「ええ、そりゃもう、間違いないですよ」
そんなやりとりを聞いているうちに、有里は次第に不安になった。ちらと夫の方をうかがうと、彼も同じような気持らしい。有里は余計心配になりだした。
雄一郎と有里の視線が期せずして、秀夫の上に集った。そして、秀夫は二人のその気持を敏感に感じとってしまった。秀夫の眼の奥に、激しい怒りと悲しみが湧《わ》いた。
秀夫は体を固くして、暗い窓の外を見詰めていた。
「しかしお客さん、記憶ちがいということもありますよ」
「とんでもない、たしかに上着の内ポケットに入れて、この窓ぎわに……」
中年の男は明らかに妙な眼つきで、秀夫をじろじろ見下した。そのとたん、秀夫の怒りは遂に爆発した。
「うるせえな、そんなに疑わしいんなら、調べたらいいだろう……」
叫んだかと思うと、いきなり上着を脱いで中年の男に叩《たた》きつけた。
ちょうどその時、ボストンバッグの中を調べていた中年の男の女房が頓狂《とんきよう》な声を張り上げた。
「あんた……財布、ここにあるがな」
「ええッ……」
「ほら……」
女房は黒い皮の財布を突き出した。
「誰《だれ》が入れたんだ、こんなところに……」
「わては知らんがな」
「おかしいなあ……」
「冗談じゃないですよ、中味は大丈夫ですか」
車掌が顔をしかめた。
「すんませんねえ、この人、そそっかしいもんで……」
「そうだ……」
中年の男が手をうった。
「上着に入れて掏摸《す》られるといけないと思って、ボストンバッグに入れかえたんだ……」
この偶然の掏摸さわぎが、秀夫を一層みじめにした。
さわぎが起った時、父も母も一瞬自分を疑ったということが、彼には悲しかった。やり切れなかった。そして又、それと逆の立場で、同じようなことが雄一郎と有里にもいえたのである。二人とも、息子を疑ったことに、たまらない寂しさを感じていた。
秀夫にはわかっていたのだ。
煙草を吸ったとき、上着を叩きつけたとき、そうした自分の振舞の一つ一つが、両親の心をずたずたに引裂いているのを……。わかっていて、秀夫はそうしか振舞えなかった。どうにもならない悲しさが、秀夫を心と裏腹な行動にかりたてていた。
どうしても、このまま両親について北海道へ行けないと思った。北海道で始まる両親との生活に、秀夫は絶望した。
東京駅から上野へ向う電車は混んでいた。
人ごみを利用して、秀夫は意識的に両親から遠ざかった。
上野駅に雄一郎夫婦が降り立った時、秀夫の姿は完全に消えていた。
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