俗に「すし屋もわさびに三年」といい、一流の職人ともなると、ひとに知られぬ陰の苦労をしているものです。一説によると、この三年は、わさびは三年経ったものを使っていたので、その三年に意味をかけたのだといいます。現在は長くても二年八カ月、早いものですと一年半ぐらいで出荷されます。
食べものについての素養、四季に従って微妙に変化する素材を細かに味わい分ける舌、そのいずれも持ち合わせの乏しくなった近頃のひとびとには、涙の出るほどわさびをきかせればそれで済むのですから、今のすし屋さんは、わさびに三年の苦労はいりません。しかし、こころある職人は、客が涙を催さない範囲で、わさびをきかせなければならないので、いいわさびを使うのはもちろん、タネによって、わさびのききがちがうため、タネに応じて量をかげんします。エビより赤貝、赤貝よりはマグロといった具合に、脂肪の程度に従って、わさびの量を多くしています。
わさびは清冽冷涼な水(十二、三度)を好み、深山の渓流を利用して、栽培されているアブラナ科の多年草です。伊豆の天城、静岡市の近郊、信州の穂高や本曾福島、東京の多摩川あたりが主産地。このうち、天城のわさびは、今から百五、六十年前に栽培がはじめられ、本場ものといわれ、品質、味ともによく、ねだんも張り、主に一流の料亭やすし屋で使われています。信州産や多摩川ものは、バチ(場ちがいの略)と呼ばれ、品質、味ともに落ちるようです。
コブコブした皮を剥《む》きすり、葉を落したほうから、おろし金を使って、力いっぱい回しながらおろします。力を抜いてのそのそおろしては、せっかくのわさびが味気なくなってしまいます。
山葵ありて俗ならしめず辛き物 太祗
食べものについての素養、四季に従って微妙に変化する素材を細かに味わい分ける舌、そのいずれも持ち合わせの乏しくなった近頃のひとびとには、涙の出るほどわさびをきかせればそれで済むのですから、今のすし屋さんは、わさびに三年の苦労はいりません。しかし、こころある職人は、客が涙を催さない範囲で、わさびをきかせなければならないので、いいわさびを使うのはもちろん、タネによって、わさびのききがちがうため、タネに応じて量をかげんします。エビより赤貝、赤貝よりはマグロといった具合に、脂肪の程度に従って、わさびの量を多くしています。
わさびは清冽冷涼な水(十二、三度)を好み、深山の渓流を利用して、栽培されているアブラナ科の多年草です。伊豆の天城、静岡市の近郊、信州の穂高や本曾福島、東京の多摩川あたりが主産地。このうち、天城のわさびは、今から百五、六十年前に栽培がはじめられ、本場ものといわれ、品質、味ともによく、ねだんも張り、主に一流の料亭やすし屋で使われています。信州産や多摩川ものは、バチ(場ちがいの略)と呼ばれ、品質、味ともに落ちるようです。
コブコブした皮を剥《む》きすり、葉を落したほうから、おろし金を使って、力いっぱい回しながらおろします。力を抜いてのそのそおろしては、せっかくのわさびが味気なくなってしまいます。
山葵ありて俗ならしめず辛き物 太祗