赤蜻蛉南瓜畑の雨上がり 紫影
わたしの郷里は、富津黒皮の名で知られるかぼちゃの特産地。戦時中、食糧増産にはげめ——ということで、わたしども中学生まで勤労動員され、しばしば、かぼちゃの花合わせ(交配)を手伝わされました。かぼちゃは雌雄が別で、雌花が先に咲き、雄花が咲くと、それを摘んで雌花と交配させなければならないからです。しっとりと露の降りた早朝のかぼちゃ畑で、花合わせをしながら、漏斗《じようご》状の雌花の底にたまった花蜜を、即製のストローで吸い上げると、蜂蜜ほどの甘味はありませんが、淡い上品な甘味を蔵していて、それはおいしいものでした。
かぼちゃは、その名の示すとおり、カンボジアから、天文年間(一五三二〜一五五四年)ポルトガル人によって豊後の国(大分県)にもたらされたといわれます。もっとも、現在では、かぼちゃ類は、アメリカ大陸産の原種をもとに、改良種が作り出されたもの——と、考えられています。
土の詩人、長塚節の「佐渡ヶ島」の一節に、「娘は黙つて南瓜を切りはじめる。堅い南瓜は小さい手の力では容易に刃が立たぬ。布巾で庖丁の背を押したら漸く二つに割れた、娘は自在鍵《じざいかぎ》を一尺ばかり下げて鍋を懸ける。黄色に刻んだ南瓜が鍋一杯に堆《うずたか》くなつて蓋はぬれた儘南瓜の上に乗せてある。焔は鍋の尻から地の四方に別れて鍋蔓の高さまで燃えあがる。遙かなる地の底からでも出るやうな微かなる湯気が黄色な南瓜の中から騰《のぼ》りはじめる。」と、記されています。一つのかぼちゃと娘を点出して、生々しい臨場感を催させますね。
よく熟れて、皮に爪をたてて固い実の締まったもので、大きさの割りに、ずしりと重いものが美味。うま煮にするほか、揚げもの、田楽、みそ汁の実と、いろいろに料理して食べます。
わたしの郷里は、富津黒皮の名で知られるかぼちゃの特産地。戦時中、食糧増産にはげめ——ということで、わたしども中学生まで勤労動員され、しばしば、かぼちゃの花合わせ(交配)を手伝わされました。かぼちゃは雌雄が別で、雌花が先に咲き、雄花が咲くと、それを摘んで雌花と交配させなければならないからです。しっとりと露の降りた早朝のかぼちゃ畑で、花合わせをしながら、漏斗《じようご》状の雌花の底にたまった花蜜を、即製のストローで吸い上げると、蜂蜜ほどの甘味はありませんが、淡い上品な甘味を蔵していて、それはおいしいものでした。
かぼちゃは、その名の示すとおり、カンボジアから、天文年間(一五三二〜一五五四年)ポルトガル人によって豊後の国(大分県)にもたらされたといわれます。もっとも、現在では、かぼちゃ類は、アメリカ大陸産の原種をもとに、改良種が作り出されたもの——と、考えられています。
土の詩人、長塚節の「佐渡ヶ島」の一節に、「娘は黙つて南瓜を切りはじめる。堅い南瓜は小さい手の力では容易に刃が立たぬ。布巾で庖丁の背を押したら漸く二つに割れた、娘は自在鍵《じざいかぎ》を一尺ばかり下げて鍋を懸ける。黄色に刻んだ南瓜が鍋一杯に堆《うずたか》くなつて蓋はぬれた儘南瓜の上に乗せてある。焔は鍋の尻から地の四方に別れて鍋蔓の高さまで燃えあがる。遙かなる地の底からでも出るやうな微かなる湯気が黄色な南瓜の中から騰《のぼ》りはじめる。」と、記されています。一つのかぼちゃと娘を点出して、生々しい臨場感を催させますね。
よく熟れて、皮に爪をたてて固い実の締まったもので、大きさの割りに、ずしりと重いものが美味。うま煮にするほか、揚げもの、田楽、みそ汁の実と、いろいろに料理して食べます。