野沢菜
野沢菜は信州特産の青菜で、地域性の強いものだけに、菜そのものはもちろん、これを塩漬けした「野沢漬」も、あるいはご存知ない方が多いかと思います。
野沢菜の起源は、明らかではありませんが、下高井郡野沢温泉付近が発祥の地といわれ、いまからおよそ百九十年前、同地の健命寺の住職が京都から種子《たね》を導入したと伝えられています。その時の原種がなんであったか、はっきりしませんが、一説によれば天王寺かぶか、これに近いものといわれます。その後、かぶを栽培の目的としないで、主として葉を利用するものとなったもので、いわゆる「かぶ菜」の一種です。
高冷地では八月の末、平地では九月の上旬に種子を蒔き、十一月中旬頃に収穫します。雪空の迫って来る十一月下旬から十二月にかけて、農家は、どこもかしこも、野沢菜の漬け込みに忙しい日を送ります。漬け込みに先立って、近くの湧水や小川で手を赤くしながら水洗いし、漬け込むのは主婦の役目。大樽に漬け込み、その味がいちばんうまくなるのは、翌年の二、三月頃です。
温かいごはんに薄塩の味のなれた野沢菜は、恰好の取り合わせ。スキーシーズンにこの地を訪れ、民宿などで出され、あまりのうまさに野沢菜のおかわりをした話は、しばしば耳にします。
漬けものにかぎらず名物は、やはり、その土地で味わってこそのうまさで、とくに「野沢漬」など、信州の知合いから、はるばる送ってもらったものは、丹精籠めたものでも、ちょっと味が落ちるようです。
野沢菜の種子の産地は、下高井郡豊郷村、瑞穂村、往郷村あたりが主で、中でも、発祥の地といわれる薬王山健命寺の畑で穫れるものを寺種子《てらだね》と呼んで、もっとも優れたものとしています。