田螺の願立
わたくしたちの祖先は、自然の風物によって、季節感を表現してきました。また、それを日常生活(農耕ばかりでなく、時には狩猟や漁業などを含めて)の目安としてきました。これは「自然暦」と言われ、「暦」以前のコヨミでした。もちろん、暦法が普及するにつれ、暦に頼ることが増大しましたが、自然暦は今日でも存在意義を失っていません。
「田螺の願立」も実は自然暦の一例で、佐賀県北東部辺で言い継がれてきたもので、三月、桃の節句前に天候の荒れることを言います。桃の節句には必ずタニシを取って雛《ひな》に供え、また、みずから祝ってタニシを賞味します。その節句前に天候が荒れて、田んぼや川が濁れば、タニシが拾い上げられることを免《まぬか》れるので、それはタニシが念願して荒れさせるのだと伝えています。
この種の自然暦に、「冬のミナミ(南風)は、姑バアサンのソラ笑い」というのがあり、今笑っていても、後がおっかない。手のひらを返すように直ぐ寒くなるということのたとえです。
「霜っ降り鯵《あじ》は犬も食わない」
「雷さんが鳴ると寒《かん》があける」
「蕗《ふき》の葉が一銭銅貨ほどになった頃、鱒《ます》は白川村に遡《さかのぼ》って来る」
例を挙げればキリがありません。土地ごとに自然の風物や気候の変化を通じて、季節の到来を予感したわけです。
老たのしいつまでかんで田螺和 あふひ
タニシはシジミの取れない山国や寒村では、貴重なたんぱく源で、ドジョウなどといっしょに取ったものです。最近では農薬のため、田んぼには、ほとんど姿を見せなくなり、居酒屋などで出されたり、お魚屋さんの店頭で見かけるタニシは、あらかた養殖物です。
田んぼにいるニシ(ニシは海にいる)というのでタニシと名付けられ、地方によってはタツブ、タツボとも言い、中部地方では単にツブとも言います。マルタニシ・オオタニシ・ヒメタニシ・ナガタニシの四種あり、とりわけ大型のがオオタニシです。昔は、しょうゆで煮て乾燥したタニシを毎朝二、三個食べれば水あたりしないとか、尿閉《にようへい》、急な腹痛によく、浮腫《ふしゆ》(むくみ)に効くとされ、民間療法では、肺炎にはタニシを石の上でつぶして飲む(福島・茨城)、つぶしたものを胸に貼る(福島)、殻を取ってつぶしたものをしぼり、ブドウ酒に混ぜて飲む(和歌山)とか、脚気にはタニシを食べるとよい(愛知・岡山・高知)などとされてきました。
水を吐かせてからゆで、殻から抜いて酢みそあえにしたり、みそ煮などにしてよく、信州ではみそ汁にタニシを入れたものをツブ汁と言い、土地では「シジミ汁よりうまい」という人もおります。魯山人は大のタニシ党で、白みそに木の芽を入れ、擂《す》り合わしたものにタニシをあえた「木の芽あえ」は、「イカの木の芽あえなどに比して一段としゃれた美食」と、絶賛していました。ご婦人方には、「串刺しの田楽」がよろこばれましょう。
「田螺の願立」も実は自然暦の一例で、佐賀県北東部辺で言い継がれてきたもので、三月、桃の節句前に天候の荒れることを言います。桃の節句には必ずタニシを取って雛《ひな》に供え、また、みずから祝ってタニシを賞味します。その節句前に天候が荒れて、田んぼや川が濁れば、タニシが拾い上げられることを免《まぬか》れるので、それはタニシが念願して荒れさせるのだと伝えています。
この種の自然暦に、「冬のミナミ(南風)は、姑バアサンのソラ笑い」というのがあり、今笑っていても、後がおっかない。手のひらを返すように直ぐ寒くなるということのたとえです。
「霜っ降り鯵《あじ》は犬も食わない」
「雷さんが鳴ると寒《かん》があける」
「蕗《ふき》の葉が一銭銅貨ほどになった頃、鱒《ます》は白川村に遡《さかのぼ》って来る」
例を挙げればキリがありません。土地ごとに自然の風物や気候の変化を通じて、季節の到来を予感したわけです。
老たのしいつまでかんで田螺和 あふひ
タニシはシジミの取れない山国や寒村では、貴重なたんぱく源で、ドジョウなどといっしょに取ったものです。最近では農薬のため、田んぼには、ほとんど姿を見せなくなり、居酒屋などで出されたり、お魚屋さんの店頭で見かけるタニシは、あらかた養殖物です。
田んぼにいるニシ(ニシは海にいる)というのでタニシと名付けられ、地方によってはタツブ、タツボとも言い、中部地方では単にツブとも言います。マルタニシ・オオタニシ・ヒメタニシ・ナガタニシの四種あり、とりわけ大型のがオオタニシです。昔は、しょうゆで煮て乾燥したタニシを毎朝二、三個食べれば水あたりしないとか、尿閉《にようへい》、急な腹痛によく、浮腫《ふしゆ》(むくみ)に効くとされ、民間療法では、肺炎にはタニシを石の上でつぶして飲む(福島・茨城)、つぶしたものを胸に貼る(福島)、殻を取ってつぶしたものをしぼり、ブドウ酒に混ぜて飲む(和歌山)とか、脚気にはタニシを食べるとよい(愛知・岡山・高知)などとされてきました。
水を吐かせてからゆで、殻から抜いて酢みそあえにしたり、みそ煮などにしてよく、信州ではみそ汁にタニシを入れたものをツブ汁と言い、土地では「シジミ汁よりうまい」という人もおります。魯山人は大のタニシ党で、白みそに木の芽を入れ、擂《す》り合わしたものにタニシをあえた「木の芽あえ」は、「イカの木の芽あえなどに比して一段としゃれた美食」と、絶賛していました。ご婦人方には、「串刺しの田楽」がよろこばれましょう。