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食物ことわざ事典92

时间: 2020-01-12    进入日语论坛
核心提示:握って江戸前、押して上方 所変われば品変わる──と言うように、どの地方にも郷土色豊かなすしがあります。その中でも代表的な
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握って江戸前、押して上方

 所変われば品変わる──と言うように、どの地方にも郷土色豊かなすしがあります。その中でも代表的なのが、江戸前の握りずしと上方の押しずしです。
すしを作り方の上で分類してみますと、熟鮓《なれずし》と早鮨の二つに大別できます。もともとすしは、山中に住むひとびとのたんぱく源であった──とはよく言われることですが、確かにその通りで、たんぱく源に不自由している民族が、たまに手に入れたさかなを、米や粟などのでんぷん質のものといっしょに漬け込んで保存したものです。
漬け込んださかなが馴れるころには、米や粟などのでんぷん質は、どろどろになっていますから、当然、でんぷん質は捨て去り、さかなだけを食べたのでしょう。ところが時代を追うに従って、食べ物なども次第に豊かになってきて、いわゆるすし本来の保存の意味が薄れ、お菜の一種、つまり料理として考えられるようになりました。この状態が「生成《なまなれ》」で、米飯は発酵して、いくらか酸味が感じられますが、さかなのほうはほとんど|なま《ヽヽ》──といったすしを食べることになるのです。この生成がはじまったのが室町時代と言われています。
やがて時代が下がると、生成の馴れを早めるために米糀《こめこうじ》を混ぜることが考え出されましたが、日本列島でも南の地方はともかく、北日本や北陸など気温の低い地方では、なかなか「馴れ」が進行しないことから工夫された手法に違いありません。
上方風の押しずしは、別名「箱ずし」とも言われるように、すし箱の中へすし飯を敷き詰め、上に魚介類や野菜などのすしだねを並べ、蓋《ふた》をして、重石《おもし》を置いて一定の時間置き、取り出して勧《すす》めるものです。昔の熟鮓《なれずし》の面影を残したものと言え、古風なすしの進化は、ここにおいて、その終点に到着したものと言えましょう。歴史的には、慶長時代(一五九六〜一六一五)から行われているすしで、握りずしが発明されるまですしと言えば、この押しずしを指していたようです。歌麿の描いた『画本江戸|爵《すずめ》』に出てくる屋台のすしは、みな押しずしですから、一八世紀末の江戸のすしは上方風だったことが分ります。江戸で握りずしが発生してからは、「大坂鮨」の名で呼ばれるようにもなりました。
一方、今日の東京ずしのように、酢飯を握って、上に|なま《ヽヽ》の刺身をはりつける、いわゆる江戸前の握りずしは、今から一六七年ほど前の文政初年からの話で、悠久のすしの歴史から見ますと、きわめて新しいすしと言えましょう。両国の華屋与兵衛(与兵衛鮨)の発明だと伝えられますが、疑問の余地があります。
ともあれ、当時の江戸前の海からは新鮮、無公害のさかながたくさん獲れましたし、刺身は日本人の好物です。握りずしはまたたく間に、江戸はもとより日本中に広がりました。土佐の高知の播磨屋《はりまや》橋の屋台に並ぶのに二〇年かからなかったと言いますから、その普及の速さがうかがえます。
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