夏のアサリは中毒しやすいので気をつけよということ。麦の穂の出る時期は気候の暖かい南の地方ほど早く、気候の寒冷な北の地方ほど遅い。小麦を例にとれば、五月にはいると関東地方では穂が出そろい、北海道では六月の上旬から中旬に穂が出ます。ですから、夏の季節と言ってもだいたいは初夏の候となります。
[#小見出し] 蛤は雛に対してむかし椀
という宝暦時代の句があります。文化爛熟と言われた江戸時代も、まだ中期以前の質素な時代には、後世のような蒔絵《まきえ》の膳椀などは使わず、飯も汁もハマグリ貝に盛って供えました。宝暦はすでに後期(一七五一—六四)に属するわけですから、すなわち「むかし椀」なわけですが、当時はむろん陰暦ですから、現代の三月とはかなり感覚がちがいますが、ハマグリやアサリに関するかぎりは、かえって今のほうがあやまりが少なくてよいとも言えます。
月を基準とした陰暦では、雛祭の前後が大潮にあたるので、潮干狩が年中行事の一つのようになっていました。獲物にはハマグリやアサリが多く、これが雛壇のつきものになっているので、後世の人はこのころを貝類のしゅんのように錯覚してきましたが、これはあやまりで、大部分の貝類は晩春から初夏にかけて産卵期にはいるものが多く、往々にして中毒するおそれがあり、産卵後は肉がやせてまずくもなるので、秋を繁殖期とするアワビを除いては夏中、食用に供しませんでした。ハマグリなども雛祭を最後として、仲秋の名月まで食膳にのせないのが例でした。つまり、ハマグリやアサリでも雛に供えるのは季節の終わりで、雛人形を片づけると同時に、生きている貝はそのまま再び水中に放ってやる風習があり、これはまた合理的なむかしの人の処置でもあったわけです。
ところで、縄文時代の食生活を探る手がかりとなるものに貝塚がありますが、貝塚から数えられる貝類は二二〇種にも及び、その中でも多く発見される貝は、アサリ・ハマグリ・シジミ・アカガイ・バカガイ・サルボウ・カキなどで、特にアサリ・ハマグリ・カキ・シジミは全国的に多数を占めています。日本人が好んで食べる貝の中で現在でもいちばん多いのは、カキについでアサリ。ホタテガイとハマグリがこれに続き、その他はずっと少なくなっています。
アサリはハマグリ科の二枚貝で、全国いたるところの塩分の比較的少ない浅海の砂地や砂泥地に棲み、また河口にもいます。『大和本草』(貝原益軒著)には「殻に花紋ありて美なり」と記されていますが、アサリの殻の模様はふつう四、五型に分けられ、ハマグリとちがい、両殻の色彩が時によると、同一でないことで、この場合は必ず左殻のほうが色が濃く、殻の形もすむ所によってかなりはっきりしたちがいが認められます。貝殻つきのまま、みそ汁やお吸いものの実にしたり、その他、むき身にして、つくだ煮・ぬた・かき揚げなどにして賞味します。
潮恋ふて浅蜊泣くなり夜の厨 蟾江
[#小見出し] 蛤は雛に対してむかし椀
という宝暦時代の句があります。文化爛熟と言われた江戸時代も、まだ中期以前の質素な時代には、後世のような蒔絵《まきえ》の膳椀などは使わず、飯も汁もハマグリ貝に盛って供えました。宝暦はすでに後期(一七五一—六四)に属するわけですから、すなわち「むかし椀」なわけですが、当時はむろん陰暦ですから、現代の三月とはかなり感覚がちがいますが、ハマグリやアサリに関するかぎりは、かえって今のほうがあやまりが少なくてよいとも言えます。
月を基準とした陰暦では、雛祭の前後が大潮にあたるので、潮干狩が年中行事の一つのようになっていました。獲物にはハマグリやアサリが多く、これが雛壇のつきものになっているので、後世の人はこのころを貝類のしゅんのように錯覚してきましたが、これはあやまりで、大部分の貝類は晩春から初夏にかけて産卵期にはいるものが多く、往々にして中毒するおそれがあり、産卵後は肉がやせてまずくもなるので、秋を繁殖期とするアワビを除いては夏中、食用に供しませんでした。ハマグリなども雛祭を最後として、仲秋の名月まで食膳にのせないのが例でした。つまり、ハマグリやアサリでも雛に供えるのは季節の終わりで、雛人形を片づけると同時に、生きている貝はそのまま再び水中に放ってやる風習があり、これはまた合理的なむかしの人の処置でもあったわけです。
ところで、縄文時代の食生活を探る手がかりとなるものに貝塚がありますが、貝塚から数えられる貝類は二二〇種にも及び、その中でも多く発見される貝は、アサリ・ハマグリ・シジミ・アカガイ・バカガイ・サルボウ・カキなどで、特にアサリ・ハマグリ・カキ・シジミは全国的に多数を占めています。日本人が好んで食べる貝の中で現在でもいちばん多いのは、カキについでアサリ。ホタテガイとハマグリがこれに続き、その他はずっと少なくなっています。
アサリはハマグリ科の二枚貝で、全国いたるところの塩分の比較的少ない浅海の砂地や砂泥地に棲み、また河口にもいます。『大和本草』(貝原益軒著)には「殻に花紋ありて美なり」と記されていますが、アサリの殻の模様はふつう四、五型に分けられ、ハマグリとちがい、両殻の色彩が時によると、同一でないことで、この場合は必ず左殻のほうが色が濃く、殻の形もすむ所によってかなりはっきりしたちがいが認められます。貝殻つきのまま、みそ汁やお吸いものの実にしたり、その他、むき身にして、つくだ煮・ぬた・かき揚げなどにして賞味します。
潮恋ふて浅蜊泣くなり夜の厨 蟾江