むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとがありました。子どもがなかったものですから、子どもがほしくて、ほしくて、明けても暮れても、このことばかり、神さまにおねがいしておりました。
「どうぞ神さま、指にもたりないほどの子どもでもようございますから、ひとり、子どもをおさずけくださいませ。」
すると、どうでしょう。あるとき、ほんとうに指にもたりないほどの子どもが生まれてきました。そんなに小さな子どもでしたけれど、やはり、子どもは子どもで、おじいさんおばあさんは、かわいくてかわいくて、たいへん大切にそだてました。ところが、その子どもはかしこい子でしたけれども、いつまでたっても大きくなりません。それで近所のおとなたちは、これを『一寸法師』といいました。子どもたちは、『チビ、チビ。』と、はやしたてました。
ある日のこと、この一寸法師は、都に出て出世したいと考えました。それでおじいさんおばあさんにいいました。
「おじいさん、おばあさん、わたしにしばらくのおひまをください。」
すると、おじいさんとおばあさんは、びっくりしてたずねました。
「それはまた、どうしてなんだい。」
「いいえ、これから、わたしは、都へ出て、いろいろのことを見たり、ならったりして、えらい人になりたいと思います。」
「そうか、そうか。」
おじいさんもおばあさんも心配でしたけれども、かしこい一寸法師のいうことですから、すぐにゆるしてくれました。それで一寸法師は、おわんとおはしをもらいました。おわんをかさにしてかむり、おはしをつえにしてつきました。それから針《はり》を一本もらい、それには麦わらのさやをかぶせて、腰《こし》にさしました。
そうして、
「では、行ってまいります。」
と、出かけました。すこし行くと、アリにあいました。都へ行くのには、川をくだって行けばいいと聞いておりましたから、一寸法師はききました。
「アリさん、アリさん、川はどこにありますか。」
すると、アリがいいました。
「タンポポ横町、ツクシのはずれだ。」
そこで、すこし行くと、タンポポの花のさいているところがありました。そこを横にはいって行くと、なるほどツクシが立っていました。そして、そこに大きな川が流れていました。一寸法師は、さっそく、今までかぶってかさにしていたおわんを取りました。それをこんどは舟にして、川にうかべました。はしは、こんどは、かいになりました。
一寸法師が乗るか乗らないに、もうおわんの舟は流れだしました。そして、見るまに、矢のように早く、ときにはくるくるまいながら、ときには波にゆれながら、下へ下へと流されて行きました。流れている木の枝《えだ》などにぶつかりそうになるときは、そのかいでかじをとりました。一度大きなさかながきて、おわんの舟をひっくりかえしそうにしました。けれども、それは、やっと、そのおはしのかいでふせぎました。
そのうち、流れが静かになって、そして、舟が岸につきました。そこがもう都だったのです。
岸にあがると、おわんの舟はかさになりました。おはしのかいはつえになりました。針の刀をさしていることは、まえのとおりです。で、法師は、こんどは都の大臣をたずねて行きました。
「たのむ——たのむ——」
大臣のお屋敷《やしき》の玄関《げんかん》で、法師はこういってよびました。
「は——い。」
お屋敷の人が出て見ましたが、玄関にはだれもおりません。ふしぎに思ってひっこむと、
「たのむ——たのむ——」
と、声がいたします。出て見ると、また、だれもおりません。ひっこむと、またよびます。どうにもふしぎで、玄関の足駄《あしだ》を動かしてみましたところ、その下に法師が立っていました。
「わたしは一寸法師ですよ。都へ修業《しゆぎよう》のために出てまいりました。大臣さまの家来《けらい》にしていただきとうございます。」
そんなことをいうものですから、お屋敷の人が、大臣の殿さまのところへ行って、申しあげました。
「今、玄関に、一寸法師という、ふしぎな子どもがまいりまして、殿さまの家来にしていただきたいと申しております。おわんのかさ、おはしのつえ、針を刀にさしております。そして、せいは、まったく小指ほどしかございません。」
「ほ、ほう。」
これを聞いて、殿さまはおどろきました。
「めずらしい子どもじゃ、つれてきてみい。」
それで、屋敷の人は一寸法師に、
「殿さまが会ってやるとおっしゃるぞ。」
そういって、手のひらの上につまみあげて、殿さまのところへ持ってきました。殿さまもこれを手のひらの上にうけて、
「これ、おまえが一寸法師か。」
と、目の前へ持ってきていいました。
すると、一寸法師は、
「はい。これは、殿さまですか。はじめておめにかかります。どうか、わたしを家来にしてくださいませ。」
そういって、その手のひらの上にすわって、両手をついて、おじぎをしました。これを見て、殿さまはじめ屋敷の人たちみんな、すっかり感心してしまいました。ことに殿さまは、もうそれだけで、この一寸法師が、おもしろいやらかわいいやらで、手ばなすことができなくなりました。
「よしよし、一寸法師、もう家来にしてやったぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
また法師が手のひらの上で、両手をついておじぎをしました。みんなはまた、すっかり感心いたしました。そこで殿さまがいいました。
「これ、一寸法師、おまえに何ができるか。」
「はい、なんでもいたします。」
一寸法師がいいました。
「それでは、そこでおどってみい。」
で、一寸法師は、殿さまの手の上で、「手のひらおどり」というのをいたしました。これが、屋敷じゅうばかりでなく、大臣の知りあいから近所近辺の大評判になりました。まったくそれはおもしろいおどりで、これ一つで法師は、このお屋敷の人気者になってしまいました。たれもかれも法師をそばにおきたがりました。なかでもおひめさまがいちばん法師がお気に入りで、「法師、法師。」と、かわいがりました。
おひめさまの机の上に、おもちゃのような小さな法師のうちがつくられ、そこで法師はくらしておりました。そしておひめさまの読まれる本を一枚一枚めくる役をつとめたり、すずりのふちを綱《つな》わたりのようにわたって、遊んだりしていました。そして、毎日のようにおともをして、清水《きよみず》の観音《かんのん》さまへおまいりいたしました。おともをするといっても、歩いてついて行ったのでは、法師は人や馬にふまれる心配がありました。また、どんなことで、ネコや犬がかみつかんものでもありませんでした。それで、いつもおひめさまのたもとに入れられたり、帯の結びめの中にかくされたりして行きました。
その日もおひめさまの帯の結びめにはいって行っておりますと、とちゅうに鬼《おに》が三びきいて、自分たちを見て、何かひそひそいっておりました。これはただごとでない、何かわけがあるなあと思ったものですから、おひめさまにいって、帯から下にとびおりました。そして、鬼のいるところへ走って行きました。小さなものですから、鬼はすこしも気がつきません。そして、おひめさまのほうを指さしながら、まだいいつづけておりました。
「あそこに行く、あのおひめさまと、それからおひめさまのつれている一寸法師な、あのふたりをさらって行ってやろうじゃないか。」
一ぴきがいえば、
「でも、一寸法師が見えないね。」
一ぴきがいいます。と、またもう一ぴきが、
「うん、たもとか、ふところか、おひめさまのどこかにくっついているんだ。豆つぶのように小さな子どもだからな。」
などといっております。
これを聞くと、一寸法師は、腰にさしてる針の刀を、麦わらのさやからぬきはなしました。そして、そのときちょうど土の上にひじまくらをして、ねころんで話していた一ぴきの鬼の大きな目に、
「えいッ、えいッ。」
と、その刀をつきとおしました。鬼には何か虫でも目の前にとんできたように思われたでしょうが、それと同時に、
「あッ。」
といって、目を両手でおさえました。これを見て、二ひきのほかの鬼どもが、
「どうした、どうした。」
と、下にかがみこんで、その目をつきさされた鬼の顔をのぞきました。
そこを一寸法師は、またとびかかって、あッというまに二ひきの目四つを、チク、チク、チク、チク、とつきさしてしまいました。鬼は、これには弱りました。どんなに力が強くても、目が見えなくては、どうすることもできません。手をふりまわしてみても、足でけってみても、空《くう》をたたくか、でなければ、おたがいどうしでけりあうようなことになってしまいました。
「かなわぬ、かなわぬ。」
一ぴきがいえば、
「逃げろ、逃げろ。」
と、ほかの一ぴきがいいました。そして、
「それ逃げ、やれ逃げ。」
と、三びきが、てんでんばらばらに、めくらめっぽう逃げて行ってしまいました。
ところで、鬼が逃げたあとを見ますと、小さなツチが落ちていました。これは『打出《うちで》の小ヅチ』という鬼の宝物《たからもの》で、これで打てば何でも出るという、世にも便利なものであります。鬼がうろたえて忘れて行ったものです。それを拾うと、一寸法師はそれを持って、おひめさまのところへ行きました。そしてそれを見せました。するとおひめさまが、
「一寸法師や、これは打出の小ヅチじゃ、金でも米でも、ほしいものは何でも出せるよ。」
といいました。しかし一寸法師は、
「お金もお米もいりません。わたしのせいを出してください。」
といいました。そこでおひめさまが、
「せい出い。せい出い。一寸法師のせい出い。」
といって、ツチでたたきましたら、法師のせいがずんずんのびて、見るまにりっぱな男になりました。
それで法師はそのおひめさまのおむこさんになり、おじいさんおばあさんも都へよんで、一生安楽にくらしました。