むかし、むかし、学問のすきな若者がありました。座敷《ざしき》に机をすえて、本を読んでおりますと、天から天人《てんにん》がおりてきました。その天人のいいますことに、
「きょうから、わたしをここのおよめさんにしておいてください。」
若者はびっくりしましたが、なにさま天人のいうことですから、
「はいはい、こんな家でよろしかったら、どうぞ、およめさんになって、いつまでもいてください。」
すると天人は、その日から、そこのおよめさんになって、毎日毎日機《はた》を織りだしました。そしてキッコン、パッタン、キッコン、パッタン、三年もおりつづけました。四年めにやっと一ぴきの布を織りあげました。すると、
「この布を持って町へ行き、こういって売ってください。」
といいました。
「これはおれんちの、みにくいおよめさんの織った、タダゾ布、タダゾ布売る——」
どうもへんな売り声でしたけれども、天人のいうことでしたから、若者は、
「そうか、そうか。」
と、うけあって、町をそのとおりによんで歩きました。しかしそんな妙《みよう》ちきりんな売りものを買おうという人は、ひとりもありません。それで、殿《との》さまの屋敷の外までやってきました。すると殿さまが、その売り声を聞きつけたのでしょうか。中から役人がひとり、かけだしてきて、
「タダゾ屋、中へはいって、そのタダゾという布を、殿さまにおめにかけてくれ。」
といいました。若者がはいって、それを殿さまに見せますと、殿さまはびっくりしました。だって、殿さまだって今まで見たこともないような、りっぱな美しい織りものだったからです。で、殿さまはずいぶんたくさんのお金をだして、その布を買い取りました。若者は大喜びして、家に帰ってきました。
ところが、四五日すると、殿さまから使いがきました。——このあいだの若者、すぐ屋敷に出てこい。——というのでした。
なにごとがおこったのかと、おそるおそる、お屋敷に出て行きますと、殿さまがいいました。
「先日おまえが持ってきた布は、あれはサイマンダラという、世にもめずらしい織りものである。あれはいったい、だれがおったのか。ふつうの人間の織れる布ではない。おまえの家のよめは、さだめし、いわれのある者にちがいない。すぐこの屋敷につれてまいれ。ここであの布を織らせることにする。ただし、つれてまいらぬにおいては、灰なわ千たば、そうそうに持ってまいれ、わかったか。」
灰なわというのは、灰でつくったなわのことですから、これはたいへんな難題《なんだい》でした。若者は、すっかりこまってしまって、心配そうな青い顔をして、家に帰ってきました。帰ると、天人のおよめさんに、殿さまはなんといわれましたか、ときかれました。しかたなく、こうこうかくかくといいますと、およめさんが、
「そんなこと、ぞうさもないことです。」
そういって、十二ひとえという、大むかしの女の人の着るきものをだして着ました。そして座敷のえんがわにすわって、天にむかって、タンタンタンと手を打ちました。すると、むらさきの雲が空にかかり、その雲に乗って、ひとりの天人がおりてきました。
「どういうご用でございますか。」
庭におりたむらさきの雲の上にすわって、ていねいに、その天人がききました。
「灰なわ千たば、すぐとどけてください。」
およめさんがいいました。すると、天人はまたむらさきの雲に乗って、天にもどって行き、まもなく、りっぱな箱《はこ》に灰なわ千たばを入れて持ってきました。天人といっても、灰でなわがなえるわけではありませんが、これは、なわ千たばを箱に入れ、それを箱の中で、なわの形のまま、灰にしたものであります。しかし、それでも灰のなわですから、殿さまに、
「ハイ、灰なわを持ってまいりました。」
といって、若者がさしだしましたところ、殿さまは、どうすることもできず、
「うむ、よろしい。」
といって、うけ取ったそうであります。しかし、四五日すると、また殿さまのところから、若者にこいという使いがやってきました。若者が行ってみると、こんどはたいへんな難題が待っていました。
「雷《かみなり》がつれてこられるか、どうじゃ、若者。つれてこられないなら、おまえのおよめさんをつれてきなさい。」
そういうのでした。若者はすっかりこまってしまって、
「はいはい、家に帰りまして、相談いたしまして、どちらかにいたしますれば、しばらくお待ちになってください。」
そうたのんで帰ってきました。家ではおよめさんが待っていて、
「きょうは、どんなことをいわれましたか。」
と聞きました。
「それがこうなんだよ。」
と、若者はまったくしおれかえって話しました。と、およめさんの天人は、
「心配しなくてもよろしいよ。」
そういって、また十二ひとえを着て、えんがわに出て、タンタンタンと手をたたきました。すると、まえのときと同じに、ひとりの天人がおりてきました。
「なんのご用ですか。」
その天人がきくのでした。
「雷さまをつれてきてください。」
およめさんがいいました。
「はい、かしこまりました。」
そういって、天人は空へ帰って行きましたが、まもなくまた一つの箱を持ってやってきました。雷さまがその箱の中にはいっているのでした。それをうけとると、およめさんがいいました。
「さ、これを殿さまのところへ持ってお行きなさい。持って行ったら、殿さまの前で、ちょっと、フタをお取りなさい。そうすると、殿さまが、もうすこしフタを取れというのでしょうから、そうしたら半分フタをお取りなさい。すると、殿さまがもっとフタを取れというにちがいありませんから、こんどは、一度にみんなフタを取っておしまいなさい。」
そこで若者は、その雷のはいった箱を、だいじにふろしきにつつんで、殿さまのところへやってきました。
「雷さまを持ってまいりました。」
そういいますと、殿さまが、
「ほんとに持ってきたか。」
そういいました。
「はい、ほんとに持ってまいりました。この箱の中にはいっております。」
そういって、若者はその雷入りの箱をふろしきからだして、フタをすこしあけました。すると、中から雷の音がカラコロ、カラコロと、小さく聞こえました。これを聞くと、殿さまが、
「うむ、雷らしいが、しかし小さい雷だな。雷の子でもつれてきたか、もっとフタを取ってみい。」
そういいました。で、若者は、フタを半分あけました。と、こんどはガラガラと、すこし大きい音になり、イナビカリもピカピカ線香花火ほど光りました。雨もサラサラ、糸のようなのがふってきました。
「うむ、これはおもしろい、若者、もっとフタを取ってみんか。」
殿さまがおもしろがっていいました。そこで若者は箱のフタを全部さっととりのけました。と、たいへんなことになりました。イナビカリがピカピカ、ピカピカと、まぶしいほど光りだし、雷がガラガラゴロゴロ、ドシーン、ピチャーン、と屋敷をゆり動かして、あばれだしました。雨もザアザア、ドウドウ、座敷が流れるほどにふりだしました。おおぜいの役人たちはおそろしくなって、
「これはたまらん、逃《に》げろ、逃げろ。」
と、逃げだしてしまいました。殿さまもまったくこれにはふるえあがって、
「若者、若者、もういい、もういい。以後難題はいいつけないから、雷さまを早く箱に入れて、持って帰ってくれ。」
そういってたのみました。そこで若者がしずかに箱のフタをいたしました。すると、雨もやみ、イナビカリもしずまり、雷もおさまりました。で、箱をまたふろしきにつつみ、家をさして帰ってきました。
殿さまの難題がことなくすんだので、若者はこんどは灰なわや、雷さまをくださった天のボンテン王というのへお礼に行くことになりました。それでまた、およめさんの天人が、十二ひとえでタンタンと手をたたいて、空からむらさきの雲をよびました。それには竜《りゆう》の駒《こま》というのが乗って若者をむかえにきました。若者はその駒に乗り、むらさきの雲につつまれて、空を飛んで、天のボンテン王の御殿《ごてん》へ行きました。門前につくと、竜の駒が、ヒヒン——ヒヒン——と鳴きました。若者はそこで駒からおりて、待っていますと、ボンテン王がむかえに出てきました。そして、御殿の中に案内して、ありとあらゆるごちそうをいたしました。若者は殿さまの難題を助けてもらったお礼をいい、天人の音楽を聞かせてもらったり、そのおどりを見せてもらったり、ゆっくりとまっていました。すると、ボンテン王は、ある日のこと、一つぶ食べれば千人力、二つぶ食べれば二千人力、力のつくという米つぶを若者にくれて、日本へみやげにせよといいました。
ところが、若者がそれを持って、ボンテン王の御殿のうちを、あちらこちらと見てまわっておりますと、御殿のうしろの岩屋のところへ出てきました。そこには一ぴきの赤鬼《あかおに》が太い鉄のくさりでつながれていました。その赤鬼が若者を見ると両手をついて、頭をさげて、
「どうかお助けください、おねがいでございます。」
と、涙《なみだ》を流していいました。その涙がまるでダイズのように大きくて、ポロポロ、とめどもなく鬼の目から流れ落ちました。それで若者はかわいそうになり、つい千人力の米つぶをだしてやりました。すると、鬼はそれを口に入れたとたんに、たいへん元気になり、鉄のクサリをパーンと切って、ひととびにどこかに飛んで行きました。これはたいへん、しくじったと、若者はすぐ、ボンテン王のところへかけつけ、その話をいたしました。と、ボンテン王はいいました。
「そうですか、あれは鬼の中でもいちばん悪い鬼で、恩をあだでかえすというやつです。きっと、おまえさんのところへ行って、およめさんをさらって行ったにちがいない。早く帰ってみなさるがいい。」
若者は、これはというので、また竜の駒に乗って日本へ帰ってきました。ところが、ボンテン王のことばのとおり、およめさんは鬼にさらわれていました。若者はどうしていいかわからず、すっかり弱りました。それで、日ごろ信心している内神《ないじん》さまというのにお祈りをあげ、一生けんめいに祈りつづけました。
「どうぞ、天人のおよめさんを助けてください。およめさんのいどころをお教えください。」
すると、その夜の明けがた、若者は夢《ゆめ》を見ました。神さまが出てきていわれたのです。
「この笛《ふえ》をおまえにさずける。これをふいて、西のほうをたずねて行け。」
目がさめてみると、赤い美しい横笛が一つ、まくらもとにおいてありました。そこでさっそく、若者はその笛をふいて、西のほうをさして旅に出ました。何日か行っていますと、大きな山のふもとに厳重《げんじゆう》な黒い門の立っている一つの屋敷がありました。もう日が暮れかかっていましたので、若者はその門番にたのんで、その門の屋根の下に寝かしてもらいました。そのとき、若者は、寝るまえに腰にさした笛を取りだし、まず一ふきと、その笛をふき鳴らしました。ところが、これを聞いた門番は、ひじょうに感心して、
「ただ今、門前に日本一の笛ふきがきて、それはおもしろいふしをふいております。」
そう、その家の主人にしらせました。その家の主人というのは、じつは、天人のおよめさんをさらって行った、あの悪い赤鬼だったのです。しかし鬼はその笛ふきが若者とは知らないものですから、
「それならば、その笛ふきをすぐこちらへつれてこい。」
と、門番にいいつけました。笛をふかせて、鬼どもは酒もりをして楽しもうというのでした。で、若者は座敷へ通されて、笛を一生けんめいにふきました。おもしろくて、楽しくて、だれでもかれでも、うっとりせずにはおれないようにふいたのです。で、鬼どもはすっかり喜んで気をゆるして大酒を飲み、主人の赤鬼をはじめ一ぴき残らず、ぐうぐうねむりこけてしまいました。そのとき、その座敷のすみに天人のおよめさんがトリコになっていたのです。で、若者は、鬼の宝物である千里車というのをさがしてきました。これは、一打ち打てば千里走るという車だったのです。それにふたりで乗って、日本をさして逃げました。
ところが、まもなく鬼たちが目をさましました。そして若者とおよめさんのいないのに気がつきました。それっというので、物見台の上にあがって、鬼の遠《とお》目鏡《めがね》で日本のほうをながめました。するとはるかむこうに、若者とおよめさんの乗っている車が走っております。それがスズメの大きさに見えました。鬼はこれを見て、
「まだ遠くには行っていない、はやく追っかけろ。」
といって、二千里車で追いかけてきました。それでふたりの乗ってる車は見るまに追いつかれ、赤鬼の手が若者のえりくびへとどきそうになりました。それで天人のおよめさんが手をタンタンとたたいて、天にむかってお祈りをいたしました。
「早くわたしたちをお助けください。」
すると、天からボンテン王が、赤鬼めがけてまっさかさまにとびおりて来ました。ボンテン王は手にピカピカ光る大きな刀を持っていましたが、
「今まではかんべんしてやったが、もう許してはおけないぞ。」
そういって赤鬼の首をひと打ちに打ち落としました。それで若者と天人のおよめさんは危《あぶな》いところを助けられ、無事に日本へ帰ることができました。めでたし、めでたし——。
ところが、若者がそれを持って、ボンテン王の御殿のうちを、あちらこちらと見てまわっておりますと、御殿のうしろの岩屋のところへ出てきました。そこには一ぴきの赤鬼《あかおに》が太い鉄のくさりでつながれていました。その赤鬼が若者を見ると両手をついて、頭をさげて、
「どうかお助けください、おねがいでございます。」
と、涙《なみだ》を流していいました。その涙がまるでダイズのように大きくて、ポロポロ、とめどもなく鬼の目から流れ落ちました。それで若者はかわいそうになり、つい千人力の米つぶをだしてやりました。すると、鬼はそれを口に入れたとたんに、たいへん元気になり、鉄のクサリをパーンと切って、ひととびにどこかに飛んで行きました。これはたいへん、しくじったと、若者はすぐ、ボンテン王のところへかけつけ、その話をいたしました。と、ボンテン王はいいました。
「そうですか、あれは鬼の中でもいちばん悪い鬼で、恩をあだでかえすというやつです。きっと、おまえさんのところへ行って、およめさんをさらって行ったにちがいない。早く帰ってみなさるがいい。」
若者は、これはというので、また竜の駒に乗って日本へ帰ってきました。ところが、ボンテン王のことばのとおり、およめさんは鬼にさらわれていました。若者はどうしていいかわからず、すっかり弱りました。それで、日ごろ信心している内神《ないじん》さまというのにお祈りをあげ、一生けんめいに祈りつづけました。
「どうぞ、天人のおよめさんを助けてください。およめさんのいどころをお教えください。」
すると、その夜の明けがた、若者は夢《ゆめ》を見ました。神さまが出てきていわれたのです。
「この笛《ふえ》をおまえにさずける。これをふいて、西のほうをたずねて行け。」
目がさめてみると、赤い美しい横笛が一つ、まくらもとにおいてありました。そこでさっそく、若者はその笛をふいて、西のほうをさして旅に出ました。何日か行っていますと、大きな山のふもとに厳重《げんじゆう》な黒い門の立っている一つの屋敷がありました。もう日が暮れかかっていましたので、若者はその門番にたのんで、その門の屋根の下に寝かしてもらいました。そのとき、若者は、寝るまえに腰にさした笛を取りだし、まず一ふきと、その笛をふき鳴らしました。ところが、これを聞いた門番は、ひじょうに感心して、
「ただ今、門前に日本一の笛ふきがきて、それはおもしろいふしをふいております。」
そう、その家の主人にしらせました。その家の主人というのは、じつは、天人のおよめさんをさらって行った、あの悪い赤鬼だったのです。しかし鬼はその笛ふきが若者とは知らないものですから、
「それならば、その笛ふきをすぐこちらへつれてこい。」
と、門番にいいつけました。笛をふかせて、鬼どもは酒もりをして楽しもうというのでした。で、若者は座敷へ通されて、笛を一生けんめいにふきました。おもしろくて、楽しくて、だれでもかれでも、うっとりせずにはおれないようにふいたのです。で、鬼どもはすっかり喜んで気をゆるして大酒を飲み、主人の赤鬼をはじめ一ぴき残らず、ぐうぐうねむりこけてしまいました。そのとき、その座敷のすみに天人のおよめさんがトリコになっていたのです。で、若者は、鬼の宝物である千里車というのをさがしてきました。これは、一打ち打てば千里走るという車だったのです。それにふたりで乗って、日本をさして逃げました。
ところが、まもなく鬼たちが目をさましました。そして若者とおよめさんのいないのに気がつきました。それっというので、物見台の上にあがって、鬼の遠《とお》目鏡《めがね》で日本のほうをながめました。するとはるかむこうに、若者とおよめさんの乗っている車が走っております。それがスズメの大きさに見えました。鬼はこれを見て、
「まだ遠くには行っていない、はやく追っかけろ。」
といって、二千里車で追いかけてきました。それでふたりの乗ってる車は見るまに追いつかれ、赤鬼の手が若者のえりくびへとどきそうになりました。それで天人のおよめさんが手をタンタンとたたいて、天にむかってお祈りをいたしました。
「早くわたしたちをお助けください。」
すると、天からボンテン王が、赤鬼めがけてまっさかさまにとびおりて来ました。ボンテン王は手にピカピカ光る大きな刀を持っていましたが、
「今まではかんべんしてやったが、もう許してはおけないぞ。」
そういって赤鬼の首をひと打ちに打ち落としました。それで若者と天人のおよめさんは危《あぶな》いところを助けられ、無事に日本へ帰ることができました。めでたし、めでたし——。