むかし、むかし、あるところに、たいへんなお金持がありました。そこでは、主人や子どもたちは、上のいろりでごはんを食べましたが、やとわれている男や女は、下のいろりをとりまいて、食事をいたしました。ところが、お正月の三日の間だけは、その使われている人たちが、上のいろりでごちそうを食べ、主人がごはんをもったり、お酒をついだりするのでした。で、その正月の二日のことでした。やとい人の男や女が、主人についでもらって、お酒を飲んでいると、その主人がいいました。
「今晩《こんばん》は初夢を見る晩だから、今夜見た夢を、あす、わたしに教えてくれ。夢一つ、一分《いちぶ》というお金で買いうける。」
で、あくる朝になりました。ごはんのときに主人がいいました。
「さ、初夢を買いますぞ。上座《かみざ》の者からじゅんじゅんにいいなさい。」
ところが、上座にいたやとわれ人の中のいちばん年よりの人が、
「どうも、わたし、すっかりねむってしまって、夢ひとつ見ませんでして。」
そんなことをいいました。すると、つぎの人も、
「わたしも、夢も見ずに、ぐっすり朝までねむりました。」
といいました。と、またつぎの人も、
「わたしも夢を見ずに。」
といいました。それで、つぎつぎ、みんな夢を見なかったといいました。ところが、いちばんおしまいの十五六ばかりになる小僧《こぞう》さんがひとり、
「わたしは見ました。」
といいました。それで、主人は、
「では、その夢を売ってくれ。一分で買うぞ。」
といいましたが、小僧さんは、
「しかし、その夢、ちょっとお売りできませんので。」
といいます。
「では、二分で売ってくれ。」
主人がいいましたが、
「いいえ、お売りできません。」
小僧さんがいいます。
「では三分では。」
「それでも、売れません。」
「では、四分。」
と、主人はだんだん値あげをして、とうとう、二十両というたいへんなお金になりました。そのころ、二十両というのは、今の二万円にも三万円にもつく大きなお金だったのです。それでも、小僧さんは、どうしても売らないといいはります。それで、主人はすっかり腹をたてて、
「そんな、べらぼうなことをいう小僧なら、島流しにしてしまう。」
ということになりました。舟《ふね》に乗せて海へ流してしまおうというのです。しかし、そんなことをしても、死んでしまってはかわいそうだというので、舟の中へ粉でつくったおもちを、すこしばかり入れてやりました。
で、小僧さんは小さい舟に乗せられ、海の中へおしだされましたが、風にふき流され、波におしやられておりますと、遠くに、一つの島を見つけました。で、小僧さんは思いました。
「あの島へ、ひとつあがってやろう。」
で、その島のほうへ櫓《ろ》をこいで行って、島へあがってみました。ところが、そこには人間はひとりもいなくて、サルばかりが住んでいました。そのサルどもがたくさん集まってきて、小僧さんを見ると、
「これはなんだか、うまそうにみえる人間だ。ひとつ、みんなで食べてみようではないか。」
そんなことをいいだし、
「食べろ、食べろ。」
と、おしよせてきました。
「これはいかん。」
と、小僧さんはこまって、粉もちをちぎっては投げ、ちぎっては投げして、それをサルが食べているあいだに、ようようのこと、舟へ逃げて帰りました。それから、大いそぎで舟を沖《おき》のほうにだし、やっと、サルからのがれました。
すこし行くと、また、むこうのほうに島が見えてきました。こんどの島は、どうだろうかと、小僧さんはその島に向かって、櫓をこぎました。何時間もかかって、それに近より、島にあがってみますと、なんだかへんな大声をだして集まってきたものがあります。見れば、それは、たくさんの青鬼、赤鬼、黒鬼たちだったのです。そして、くちぐちにいうのを聞けば、やはり、
「これは、うまそうな人間だ。みんなで、わけて食べようじゃないか。」
などといっております。しかたがないので、また持っていた粉もちをわけてやって、
「これで、ひとつ、かんべんしてくれないか。」
といってみましたが、
「こんな粉もちなんかで、かんべんできるものか。」
といって、どうしても小僧さんを食べると、ききません。そこで、小僧さん、
「じつはおれは、とってもいい初夢を見て、それを主人に教えてやらなかったので、この海に流されたんだ。それをおまえたちに教えてやるから、おれを食べることだけはゆるしてくれ。」
と申しました。すると、鬼たちは、おたがいに相談しあって、
「そんないい初夢を、おれたちに教えてくれるなら、それでゆるしてやってもいい。」
ということになりました。すると、小僧さん、
「しかし、あれだぜ、ご主人にさえ二十両で売らなかったたいへんな初夢だ。ただじゃ教えてやれない。」
といいました。それで、赤鬼、青鬼、黒鬼たち、また相談して、
「それでは、おれたちの車を一つやる。それと、その初夢ととっかえよう。」
ということになりました。そして、鬼どもはむこうへかけて行き、大きなりっぱな車を取ってきました。そして、
「これは、千里万里の車といって、この鉄棒《かなぼう》で一つたたけば千里飛ぶ、二つたたけば万里行く。どうだ、これととりかえっこしようではないか。」
そういいました。小僧さんは、そのりっぱな車を見て、しかし、
「ふーむ。」
といって、考えこむようなふりをしました。すると、鬼どもはまた相談を始め、こんどは、二本の針《はり》を持ってきました。そして、
「この一本の針は、これでさされると、どんな元気な人でも、すぐ死んでしまうし、こっちをさすと、どんなに死にそうな人でも、すぐ元気になるという、われわれ仲間での宝の針だ。これを車につけるから、その二十両でも売らなかったという初夢を教えてくれないか。」
といいました。で、小僧さん、
「では、初夢を教えてやる。しかし、そのまえにこの車を一ぺんためしてみなくちゃ。」
そういって、その車にさっきの二本の針を持って乗り、鉄棒でポンと一つたたきました。すると、車はピューッと走りだし、
「あれあれ、あれあれ。」
と、鬼どもがさわぐまに、もう空のかなたに見えなくなってしまいました。鬼どもは、どんなにくやしがったことでしょう。リンゴのような、ナシのような、カボチャのような大涙をボタボタ落として、大声をあげて泣《な》いたそうであります。
小僧さんは、大得意《だいとくい》になって、車に乗っていますと、ひろびろとしたたんぼのところへ出てきました。そこで、また、ポンと車をたたきますと、車は走って、橋の下へ出てきました。車をおりて、橋の上にあがってみますと、そこに、一軒《いつけん》の茶店がありました。そして、ひとりのおばあさんがすわっております。で、
「こんにちは。」
と、おばあさんにあいさつして、茶店にはいって行き、店にあったもちを買って食べました。そうしていると、そのとなりがたいへんなお金持らしく、大きな家なんですが、人が門から出たり入ったりしていて、なんとなく、そうぞうしくみえました。
「おばあさん、おとなりはどうしたんです。なにか変わったことでもおこってるんですか。」
こうききますと、おばあさんがいいました。
「いや、ひとりむすめのおじょうさんがご病気で、今にも死にそうだというさわぎなんだよ。」
「そうか、それならわけはない。おれは、死にそうな人でもなおせる術を知っている。」
小僧さんはそういって、すぐその家をたずねて行きました。
「おじょうさんがご病気なそうで、となりの茶店で聞きました。わたしはそんな病気をなおす鬼の宝の針を持っています。なんでしたら、すぐなおしてあげますが。」
主人にあってそういいますと、
「どうぞおねがいいたします。」
ということで、小僧さんは座敷《ざしき》に通され、すぐ針をだして、おじょうさんをなおしてやりました。すると、そのお金持の家ではもう大喜びして、小僧さんが帰ろうとしてもなかなか帰してくれません。生命《いのち》の恩人だというので、毎日毎日ごちそうをしたり、芝居《しばい》を見せたり、音楽をきかせたりして、もてなしました。そのすえ、しまいにはその家のむすこになってくれとたのまれました。
そのうち、こんどは川むこうの大金持の家で、やはりむすめさんが病気になり、今にも死にそうになりました。で、その小僧さんのことを聞き、ぜひ来てくれとたのんできました。で、小僧さん、またそこへも行って、針をさしてなおしてやりました。そうすると、そこでも大喜びして、毎日毎日ごちそうしました。そしてなかなか帰してくれず、しまいにはやはりその家のむすこになってくれとたのみました。
このように両方の家からむすこになってくれとたのまれ、小僧さんすっかりこまりました。すると、両方の家とも大金持ですから、間にある川に金のそり橋をかけました。それはお日さまをうけて、まるでにじの橋のように光りかがやいたということですが、その橋をわたって、小僧さんは半月一方の家におれば、後の半月をもう一軒の家の方におることにして、両方の家のむすこになりました。
小僧さんの初夢というのは、にじのような金の橋をわたってゆく夢だったそうであります。では、これでおしまい。めでたし、めでたし。