むかし、あるところに、とても流れの急な川がありました。流れが急で、橋がかけられないのです。それで、そのへんの人は困《こま》っておりました。おたがいに、むこうの村からこっちの村へこられないし、こっちの村からむこうの村へ行かれません。どうしたらいいでしょう。みんなで相談しましたところ、近くに、とてもじょうずな大工さんがいることがわかりました。
「あの人なら、こんな川、わけありませんよ。たのめば、すぐ橋をかけてくれますよ。」
そんなことをいう人などありました。
「それでは——。」
ということにきまり、その大工さんのところへ、みんなで行ってたのみました。
「大工さん、大工さん、おねがいです。どうか、あの大川に橋をかけてください。」
こうたのまれては、しかたがありません。
「はい、はい、それでは、わたしが引き受けました。どんなことをしてでも、あの大川に橋をかけてあげます。」
大工さんは、引き受けました。しかし、なにぶんたいへんな川なのです。底《そこ》は深くて、どんなに深いかわかりません。それに川はばのひろいことといったら、こちらの岸に立つと、むこう岸の人がよく見えないというほどなのです。大工さんは引き受けはしたものの、まったくどうしていいかわかりません。心配で、心配で、その川岸に立って、じっと流れる川を見つめていました。
どれくらい時間がたったでしょうか。ふと気がつくと、その水の底からブクブクブクブク、あわがうかんできました。
「はてな。」
へんなことだと、首をかしげていますと、そこへ水の中から、大きな大きな、頭がうかびあがってきました。
「ザア——。」
これは水が、その頭から流れ落ちる音です。
「ブルブル、ブルブル、ブーッ。」
これは、その頭が水をふいて、それをふり落とした音です。
「おい、大工さん、なにを考えてるんだい。」
その頭がいいました。大工さんは、ちょっと返事もできません。だって、その頭は、ひたいのところに大きな二本の角《つの》があり、口が耳のへんまで割《わ》れてるという、大鬼《おおおに》の頭なんです。
大工さんがおそろしく、口もきけないでいると、鬼はまたいいました。
「ここへ橋をかけたいんだろう。」
「そうなんです。」
大工さんは、思わずそういってしまいました。
「だが、おまえさんのうでまえじゃ、ちょっと、かかりそうもありませんね。」
鬼がいうと、大工さんはまた、
「そうなんです。」
思わずいってしまいました。
「それで困ってるんだろう。」
鬼がまたいいました。
「まったく、それで困っているんです。」
こうなっては、大工さんはそういわないでおれませんでした。
「じゃ、ひとつ、この鬼のオレサマが心配してあげましょう。」
鬼にいわれて、
「そうですか。橋をかけてくださるんですか。」
大工さんがいいました。
「人間にとっちゃ、たいへんなことかもしれないが、オレサマのような鬼にとっちゃ、これぽっちの橋なんか、まず朝めし前の仕事だね。おたのみとありゃ、明日朝早く、ここにきてごらんなさい。ちゃーんと、りっぱな橋がかかっておりますよ。」
鬼にいわれて、大工さん、なみだが出るほどうれしく、
「ありがとうございます。しかし鬼さん、それはホントのことなんでしょうねえ。」
そういいました。すると、鬼は大口をあけて、
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」
と笑いました。
「人間というものは、ときどきウソというものをいうそうじゃが、鬼に二言《にごん》はありませんぞ。鬼の世界には、ウソというものがありませんのじゃ。」
こう聞くと、大工さん、ありがたくて、ありがたくて、
「鬼さん、しかし、なにかお礼をとっていただかなくては——。」
こういいかけますと、鬼がいいました。ひとりごとのようにいいました。
「お礼といっても、さてな、人間のくれるもので、鬼の役にたつものというと——。」
ここで、しばらく鬼は考えこみ、
「そうだな。じゃ、目玉でももらうか。」
こんなことをいいました。大工さんはビックリしました。わけなく目玉といわれても、わけなく、はいというわけにはいきません。目玉は二つしかないのです。
「目玉ですか。このわたしの目玉ですか。」
大工さんは、そういって、自分の目玉を指さしました。大工さんにくらべ、鬼はいたって平気な顔で、
「そうだよ。その目玉だよ。」
そういうのでした。
「へえ、そうですかね。それで、その目玉が、鬼のなんの役にたつのでしょう。」
大工さんがいうと、鬼はまた思い返したらしくいうのでした。
「じゃ、こうしよう。まず、橋はオレサマがかける。お礼は目玉。だけども、おまえさんが、このオレサマの名まえをいいあてたら、目玉の礼はカンベンしてあげる。どうじゃ、そういうことで約束したら。」
これを聞いて、大工さんはいろいろと考えこんだのですが、
「ありがとうございます。では、なにぶんともよろしくおねがい申しあげます。」
そういわないでおれませんでした。とにかく、ここへ橋をかけなければと、一生けんめい考えていたもので、つい、そういってしまったのです。すると、
「じゃ、いいかい。約束したぞ。」
そういう声がしたかと思うと、またブクブク、ブクブクブクブクと、あわがたち、鬼の頭は水底ふかくしずんでしまいました。
ところで、そのあくる朝です。大工さんが、
「あんなに約束したけれど、あの川の橋はどうなったろうか。かかっていないのも困るし、かかっていても困るし。」
そう思いながら、そうっと、そこへやってくると、まるで夢かと思うばかりに、そこには新しい大きな橋が、むこう岸まで、りっぱにかかっておりました。
「そうか。やっぱり鬼はウソをつかないで、ちゃーんと、大橋をかけてくれた。しかし、この目玉をどうしたものだろう。」
大工さんは目玉をおさえて、そんなひとりごとをいいました。と、もう、橋の下の水の上に、鬼の大首がうかんでいました。
「大工さん、このとおり、りっぱに橋はかけましたぞ。それで、目玉はどうしてくれるんだ。」
鬼がいいました。
「わかりました。一日待ってください。そのあいだに、あなたの名まえを考えます。」
「はっはっはっ。わかるもんかい。鬼とつきあいのない人間に、鬼の名まえがわかってたまるかい。はっはっはっ。」
鬼はそういって、また、水底にしずんでいきました。大工さんはいよいよ困りました。こまり困って、山の方へ歩いて行きました。歩いても、歩いても、いい考えもうかびません。しかし、気がつくと、もうたいへんな山奥《やまおく》へ来ていました。道に迷ったらしいのであります。ところが、フシギなことに、そんな山奥なのに、子どもの声がしております。それも、大ぜいで歌をうたっているような声なのです。
「ではひとつ、村へ帰る道を教えてもらいましょう。」
大工さんはそう考えて、その子どもたちの方へ歩いて行きました。歩いて行ってみて、しかし大工さんはビックリしました。だって、その子どもたちと思ったものが、人間の子どもではないのです。どれも、これも、みんなひたいに角のある鬼の子どもなんです。思わず、
「ワア、こりゃたいへん——。」
と、いいそうになりましたが、大工さんはこらえました。鬼の子たちが、まだ大工さんが近くにいることを知らず、おもしろそうに歌をうたっていたからです。しかも、その歌が、
「鬼六《おにろく》、鬼六、鬼六さん、
早く目玉を持ってこい。
大工の目玉を持ってこい。
橋のお礼を持ってこい。
鬼六、鬼六、鬼六さん。」
こう歌っておるのです。ふと、それに気がついて、大工さんはおどろくやら、うれしがるやら、むちゅうでそこを走りだし、メチャクチャに山の中をかけてました。そして、いつのまにか、村へ帰ってきていました。
そのあくる日のことです。大工さんは、また橋のところへ出かけました。すると、まもなく鬼の頭がブクブクうかんできました。
「どうだい、大工さん、オレの名がわかったかね。」
鬼がいいました。
「それが、なかなかわからないんです。」
大工さんがいいました。
「わからなけりゃ、その、あんたの目玉を二つちょうだいいたそうかね。」
鬼は大工さんの方へ、水の中を歩き、手をあげて、大工さんの目玉を指さしました。しかし、
「では、いいますよ。」
大工さんが、鬼の名をいいはじめました。
「川鬼。」
「フフフ、ちがう、ちがう。」
「では、水鬼。」
「ハハハ、ダメダメ。」
「では、大首鬼《おおくびおに》。」
「ホ、鬼の名まえがわかってたまるかい。」
鬼がそういったときです。大工さんは根《こん》かぎりの声で、
「鬼六っ。」
とよびました。すると、どうでしょう。そのしゅんかん、鬼の大首がポカッと消えて、あとには一つ、大きなあわが残りました。それもしかし、すぐポッと消えたということです。メデタシ、メデタシ。