むかし、むかし、あるところに、兄と弟が住んでおりました。おとうさんがなくなりますと、兄は欲《よく》っぱりなもんで、家のお金や、道具などみんな持って、出て行ってしまいました。しかし、弟のほうは親孝行でしたから、ひとり家に残って、おかあさんを大切にして、くらしました。大切にするといっても、お金がありません。毎日、山へ行っては枯《か》れ枝《えだ》を集め、それを町へかついで行っては、
「ボヤやあ、ボヤ、ボヤはいりませんかあ。」
と売って歩きました。それで、もうかったわずかなお金で、お米を買ったり、おかあさんの好きなお菜《さい》を買ったりして、くらしていました。
ところが、ある日のことです。足もとからチョロチョロと、小さいカメが出て来ました。カメは出て来ると、甲《こう》から首をつきだして、弟を見あげました。弟は、小さいかわいいカメだと思って、ついにっこりしました。すると、そのカメが人間のことばで話しかけました。
「もしもし、あなたはほんとうに、感心な人なんですね。そうして、一生けんめい働いて、おかあさんにたいへん孝行をなさるそうですね。そこでわたしが、いいことを教えてあげます。ひとつやってみる気はありませんか。」
弟はカメのことばにびっくりしましたが、しかし、いいことを教えてくれるというので、カメの頭の前にしゃがみこみました。そして、
「なんだってカメくん、いいことを教えてくれるって——」
そういいますと、
「そうです。たくさんお金のもうかることを教えてあげます。」
カメがそういいました。それで弟が、
「ほう、お金のもうかることをかい。」
ふしぎに思って、そういいますと、
「いや、なんでもないんです。わたしはカメでも、ほんとうは、これでなかなか歌がうまいんですよ。聞いてごらんなさい。これから、ちょっと歌ってみますから。」
カメはこんなことをいいました。
「へ、へえ。」
そういって、弟は、これはいよいよふしぎなカメだと思って、見ておりました。
カメは、
「え、へん。」
そんなことをいってから、カメの歌というのをうたいだしました。カメの歌というのは、しかし、どんな歌でしょう。わたしに、この話をしてくれた人も、それがどんな歌だったか、もう忘れてしまったというのですが、もし山の林の中なんかで、みなさんのうちだれでも、ものいうカメを見つけたら、このカメの歌というのを聞いてごらんなさい。きっと、おもしろい、にこにこせずにはおられないほど、いい歌なのにちがいありません。
で、弟は、カメがそのカメの歌をうたってしまうと、とても感心して、
「うまいうまい、じょうずじょうず。ふしもいいし、声もいいしなあ。」
首をかしげかしげ、そういいました。と、カメがいうのでした。
「ね、おもしろいでしょう。で、ぼくを町へつれてってね、人通りの多い町かどなんかで、今のように歌をうたわしてごらんなさい。ボヤなんかを売るより、きっとたくさんのお金が、もうかりますよ。それで、あなたの大切なおかあさんに、もっともっと孝行しておあげなさい。」
これを聞くと、弟は喜びました。
「そうだねえ。じゃ、ひとつそうしてみようか。これからしだいに寒くなるので、おかあさんにきものも買ってあげたいし、ふとんもつくってあげたいんでねえ。」
すると、カメはつき立てた首を、こっくりしいしい、いいました。
「そうですか、そうですか。じゃ、すぐ、そうしましょうよ。ぼくは、まだほかにいくつでも、歌を知ってるんですよ。ウサギの歌、キツネの歌、それからウグイスや、カッコウや、ホトトギスの鳴くまねなんかもできるんですよ。」
そして、カメは、ホウホケキョウ、カッコウ、カッコウと鳴くまねをして聞かせました。
さて、そのあくる日のことです。弟はいつものように、ボヤをかついで、町へ売りに出かけましたが、そのボヤの上に、ちょこんときのうのカメを乗せて行きました。で、
「ボヤや、ボヤや。」と、その枯れ枝を売ってしまうと、カメのいったとおりに、にぎやかな町かどにやってきました。そこで手のひらにカメを乗せて、大きな声でよびました。
「みなさん、ちょっと聞いてください。これからこのわたしの手のひらに乗っているカメが、おもしろい歌をうたいます。しかも人間の声でうたいます。ふしもおもしろければ、声もいいのですよ。」
そういうかいわないうちに、そこはとても人通りの多いところでしたから、もう何十人という人がそこをとりかこみました。そして口々にいいました。
「ほんとでしょうか、カメがうたうなんて。」
「しかし、ふしぎなことですねえ。」
けれども、よくいいおわらぬうちに、まったくふしぎなことに、カメは始めました。弟の手のひらの上で、大きな口をあけて、声はりあげてうたうのでした。カメの歌、ウサギの歌、キツネの歌、それからいろいろの鳥や、けだものの鳴き声のまね。ついに人間の子どもの泣きまねをしたときには、みんながどっと大笑いをしました。そして、それがおわると、だんだん数をまして、そのときは何百人という人たちが、まわりをとりまいていましたが、
「まったくふしぎなカメだ。まったくかしこいカメだ。こんなカメは、世界じゅうどこをさがしてもいないだろう。」
そういわない者はないくらいでした。それで、中のひとりが、いくらかのお金をだして、
「さあ、歌のお礼だ。」
そういって、弟の前へつきだしました。すると、みんなも、
「そうだ、こんなふしぎなカメの歌を、ただで聞いてはすみません。」
と、つぎからつぎへと、お金を持ってきてくれました。弟は思わぬお金もうけをして、大喜びでうちに帰ってきました。そしておかあさんとふたりで、また大喜びしました。いいえ、カメもいっしょに喜んだのです。それからあとは、たびたび町へ行き、ほうぼうの町かどで、カメに歌をうたわせました。そのたびにたくさんのお金が集まり、まもなく、たいへんなお金持になりました。それで、おかあさんに、おいしいものをたくさん食べさせてあげるのはもとより、りっぱな家を建てたり、美しい道具や、あたたかいきものなどいくつも買ってあげました。
ところで欲っぱりのにいさん、これを知ると、びっくりしてやってきました。
「弟、弟、おまえは近ごろずいぶんお金持になったようだが、いったいなんでそんなにお金をもうけたんだ。」
それで弟は、正直にその歌をうたうカメの話をしました。すると兄は、それがうらやましくてならなくなり、
「どうだい弟、ちょっとでいいから、そのカメをおれに貸してくれないか。おれもそんなにお金をもうけてみたいよ。」
そういうと、弟の返事も聞かないで、大いそぎでカメをつかまえ、かけだして行きました。兄は、それから町へ行き、弟のやったとおりに、
「うたうカメ、歌のじょうずなカメ。カメに歌をうたわしておめにかけます。」
そんなことをいって、人を集めました。そして、
「さあ、カメ、歌をうたいなさい。歌をうたって、みなさんからどっさりお金をもらっておくれ。」
そういってせきたてました。ところが、カメは、うんとも、すんともいわないのです。兄は気が気でなく、そらうたえ、やれうたえとせきたてましたが、カメはいつまでたっても、なにもいいません。それで見物人はしだいにさわぎはじめ、
「こいつ、にせ者なんだな。うたいもしないカメを持ってきて、おれたちをだましてお金を取ろうとしていやがる。なんともかんとも、ひどいやろうだ。」
そんなことをいって、とうとう兄をさんざんなめにあわせました。なんといわれてもしかたなく、兄はすごすごとうちに帰ってきました。帰ると、すぐそのカメを殺してしまいました。
弟は、いつまで待っても、兄がカメを返してくれないので、どうしたことかと心配して行ってみました。すると、カメは死んでいるのです。弟は、涙《なみだ》を流して悲しみましたが、しかし、もうしかたがありません。それでそのカメをもらってきて、家のそばにうめました。そして、そのうめたところに、一本の小さな木を植えました。
ところで、そのあくる日のことです。そこへ行ってみますと、その小さな木が、大きな、天にとどくような大木になっていました。
びっくりしてそれを見ていますと、上のほうから何かぴかぴか光るものをくわえて、行列しておりてくるものがあります。近よったのを見ますと、それは何十何百の小さなカメだったのです。みんな口に金のかたまりをくわえておりました。そしてまもなく弟の手のとどくところへ先頭のカメがやってきました。弟が手の上に乗せてやろうと、手のひらをさしだしますと、カメは手のひらには乗らないで、そこへ、金のかたまりをぽとりと落とし、すぐ向きを変えて、木の上のほうへのぼりはじめました。一ぴきがそうすると、あとからきたカメもつぎからつぎへそうして、やがてみな木の上のほうへどこともなくのぼって行ってしまいました。それでまた弟はいっそうたいへんなお金持になりました。
この話を聞くと、にいさんがまたやってきました。そしてその大木の枝を一本切って行き、自分の家の庭にさしました。あくる日になってみると、それがやはり天にとどくような大木になっていました。これはうまい。きっとカメが金をくわえておりてくるだろうと、欲っぱりのにいさんですから、そう思って、上を見あげておりました。と、まもなく小ガメが行列をしておりて来ましたが、小ガメの行列は、兄の手のとどかない上のほうでとまって、まるで人をバカにしたように、しばらく首をふったり、手を動かしたりしていました。それからすぐくるりと向きをかえ、大いそぎで上にひきかえして行ってしまいました。これを見た兄は、たいへん腹をたて、カメを追うて登りはじめました。ずいぶん上に行ったところで、一本の枝に手をかけますと、その枝が思いがけなく、ぽきんと、折れてしまいました。それと同時に、兄はまるで石のように下に落ちて来ました。そしてたいへんな大けがをしました。欲っぱりをしてはいけないという話です。めでたし、めでたし。