むかし、むかし、あるところにシンという人がありました。そのシンさんは、お酒を売っておりました。お酒屋《さかや》さんだったのです。
ある日のこと、そのシンさんのお店に、ひとりのおじいさんがやってきました。そのおじいさんがいいました。
「ゼニはないのだが、ちょっとお酒をのませてくださらないか。」
シンさんが、そのおじいさんを見ましたところ、きたないふりはしておりますが、なんとなく、エライところがあるように思われます。そこで、
「はい、はい、ゼニがなければ、なくてもよろしい。」
そういって、そのおじいさんに、お酒をついでやりました。おじいさんはにっこりして、そのさかずきを手にとり、さもうまそうに、グイ、グイとのみました。そして、のんでしまうと、
「ああ、うまかった。」
そういって、舌うちをして、出て行きました。しかし、つぎの日、おなじ時刻になると、またやってきました。そして、
「ゼニはないが、ちょっとお酒をのませてください。」
そういいました。
「はいはい、ゼニがなければ、なくてもよろしい。」
シンさんはやはりそういって、そのおじいさんにお酒をついでやりました。おじいさんは舌うちをして、うまそうにのみ、
「うまい、うまい。」
と、出て行きました。しかし、またそのあくる日、
「ゼニはないが。」
と、やってきました。シンさんは、
「なくてもいいです。」
と、またのませてやりました。それからは毎日、おじいさんはやってきて、お酒のごちそうになりました。そして何日たったでしょうか。ある日のこと、おじいさんがいいました。
「お酒の代《だい》が、だいぶたまったな。絵でもひとつかいていくか。」
そして、そばにあったカゴの中からミカンをひとつ取り、その皮をむきました。その皮でもって、お店の白い壁《かべ》に絵をかきました。サッサッサッと、見るまにかいたそうですが、それは大きな一羽《いちわ》のツルでした。ミカンの皮でかいたので、黄いろいツルになりました。しかし、りっぱなツルで、まるで生きてるように見えました。
「お客さんが来たら、この絵に向いて、手をたたいて、歌をうたってもらいなさい。」
おじいさんはそういって出て行きました。と、もうお客さんが来ました。
「お客さん、ひとつ、手をたたいて、歌をうたってください。」
シンさんがいいました。
「はい、はい。」
お客さんは手をたたいて歌をうたいました。すると、ふしぎなことに、今かいたばかりのツルの絵が、壁の上で羽をひろげました。そして、あっちへ行き、こっちへ行き、歌に合わせて、舞いをまい始めました。
これが町じゅうの大評判になり、それからシンさんのお店は、たいへんはんじょういたしました。
ところで、それから何年かたちました。おじいさんがまたやってきました。おじいさんはツルの絵のまえで、そのとき笛をふいたそうです。すると、ツルが絵から出てきて、おじいさんのまえに立ちました。おじいさんは、笛をもったまま、そのツルにまたがり、天にのぼっていきました。そのとき、シンさんはじめ多くの人たちが、おじいさんとツルが白い雲の上をとんでいくのを見送ったということです。