むかし、むかし、あるところに、貧乏《びんぼう》なおじいさんとおばあさんがおりました。ある日のことです。おじいさんは、山へシバかりに行きました。すると、むこうの山のほうから、
「デンカショウ、デンカショウ。」
という声が聞こえてきました。
(はて、ふしぎなことだ。)
おじいさんはそう思って、その音をたよりに、むこうの山へ行ってみました。むこうの山では、一ぴきのやせたネズミと、一ぴきのこえたネズミとが、そのてっぺんで、たがいに、すもうをとっておりました。デンカショウ、デンカショウというのは、その二ひきがいきおいこめて、ぶつかったり、力を入れておしあったり、たがいにかけあう声だったのであります。
しかし、木《こ》の間《ま》がくれにおじいさんがよく見ておりますと、そのやせたほうのネズミは、おじいさんの家のネズミでありました。よくこえた、力のありそうなネズミのほうは、長者《ちようじや》の家のネズミだったのです。しかも、長者のほうのネズミはとても力が強く、おじいさんのほうのネズミを、スッポンスッポン、とって投げておりました。それでも、おじいさんのほうのネズミは、何度も何度もとっかかって行っておりました。
おじいさんは、その自分のほうのネズミが、とてもかわいそうになってきました。それで、シバもからずに、さっさと家に帰ってきました。
そして、おばあさんにいいました。
「おばあさん、おばあさん、山でわたしはずいぶんかわいそうなことを、見てきてしまった。いや、のう、うちのネズミが、長者どんの家のネズミとすもうをとって、スッポンスッポン、投げられどおしに投げられていた。あまりかわいそうだから、もちでもついて食べさせてやったらと、そう考えて帰ってきた。」
これを聞いて、おばあさんも、
「それはよいことを考えつかれました。では、さっそくもちをついて、うちのネズミに食べさせてやりましょう。」
そういって、ふたりはすぐもちをつく用意にとりかかりました。
「ペッタンコー、ペッタラコー。」
もちはまもなくつきあがりました。すると、おばあさんはネズミの食べよいような小さなもちをつくって、それをたくさん戸だなの奥の、ネズミの出てくるところに、おいておきました。
「さあさ、ここにおいとくからの、このもちをうんと食べて、あすのすもうには、きっと勝ってくるんですよ。」
そこにネズミがいるわけでもないのに、おばあさんはそんなことをいいました。しかし、その晩《ばん》、ネズミはうんともちを食べました。
そのあくる日のこと、おじいさんがシバかりに行くと、まえの日のとおり、やはりデンカショウ、デンカショウというかけ声がしております。その声をめあてに、むこうの山へ行ってみますと、きのうのネズミがあいかわらず、二ひきですもうをとっておりました。おじいさんはきのうどおり、木の間がくれにそれを見物しました。すると、うちのネズミは、一晩のうちに、思いのほか強くなっていて、もう投げられてなんかおりません。もっとも、長者のネズミも強いのですから、押しあったり、つきあったり、上手投《うわてな》げ、下手投《したてな》げというようなわざをやったりして、とりくんでおりますけれども、どうしても勝負《しようぶ》がつきません。それで、ひきわけ勝負なしということになって、二ひきは左右《さゆう》にわかれました。すると長者のネズミがいいました。
「どうして、おまえは、そう一晩で、力が強くなったんだい。」
おじいさんのネズミがいいました。
「じつは、おれは、昨晩、もちをうんとごちそうになったんだ。それで力が強くなった。」
これを聞くと、長者のネズミは、それをひじょうにうらやましがり、
「おれも行くから、そのおもちを、ごちそうしてくれないかい。」
というのでした。おじいさんのネズミは、
「おれんちのおじいさんも、おばあさんも、ほんとうはたいへん貧乏なので、なかなかおもちはつけないんだ。でも、おまえがお金をうんと持ってくるなら、おもちをごちそうしてやってもよい。」
そんなことをいいました。
「それでは、お金を持って行くから、おもちのごちそうたのんだぞ。」
長者のネズミはそういいました。
おじいさんはそんな話を聞いているうちに、なんだかたいへんおかしくなり、つい笑いだしそうになるのを、じっとこらえて家に帰ってきました。そしてさっそくおばあさんにその話をし、ふたりでクツクツ笑いあいました。しかし、その晩ももちをついて、こんどは二ひきぶんのもちをこしらえ、戸だなの奥へおいておきました。なお、そのそばに、赤いふんどしを二すじそろえておいときました。ネズミがすもうのときしめるような、細い短いふんどしです。
ところで、それからまもなく、長者のネズミは、大判小判《おおばんこばん》をたくさん負《お》って、その戸だなの奥へやってきました。そして、そこにあるもちをごちそうになり、その金をおいて、ふんどしをもらって帰って行きました。
さて、そのつぎの日のことです。おじいさんがいつものように、山へシバかりに行きますと、これはまあどうしたというのでしょう。今までにました元気な声で、
「デンカショウ、デンカショウ。」
と、かけ声して、すもうをとってる声がしております。それで、むこうの山のてっぺんへのぼって、木の間ごしにながめて見ますと、二ひきのネズミは、昨晩もらった赤いふんどしをしめ、シコをふんだりして、勇んでおります。しかしまもなくとりくみあい、上手投げや、下手投げ、または腰投《こしな》げなどというような、すもうの四十八手のわざをつくして勝負をしました。しかし、もう両方とも、ほんとうに強くなっていて、この日は、いつまでやっても勝負がつきません。
おじいさんは見ているうちにおもしろくなって、つい声をだしたり手をたたいたりしてやりたくなりました。
しかし、そんなことをしては、ネズミがおどろいて、すもうをやめるだろうと思われたものですから、そんな気持をじっとこらえて、木々のあいだからのぞき見をしていました。しばらくたって、勝負つかずで、そのすもうがおわりますと、おじいさんは大いそぎで、家に帰って来ました。おばあさんが、どんな勝負か、早く知りたがって、待っているからです。
おじいさんは家に帰って、その二ひきのネズミが赤いふんどしで、すもうをとったありさまを、手ぶり身まねで、おばあさんに話してやりました。そしてふたりで、これをおもしろがりました。
おじいさんとおばあさんは、長者のネズミがおいていったお金をもとに、それから大金持になって、一生を安楽《あんらく》にくらしました。