むかし、むかし、おじいさんがありました。おじいさんはきこりで、毎日、山へはいって、木を切っておりました。ある日のこと、たくさん木を切ったもので、すっかりおなかがすきました。
それで、
「ああ、つかれた。それに、おなかもすいた。」
と、木の株に腰《こし》をかけて、おべんとうをひらきました。中のおにぎりを食べようとして、前を見ると、草のあいだからウサギが首を出して、さも食べたそうにおじいさんを見ていました。これを見ると、おじいさん、
「おお、おまえも、食べたいのか。」
そういって、おにぎりを一つ、投げてやりました。おにぎりはどうしたのでしょう。ひとりでにころころころがって、そこにあった穴《あな》の中にころがりこんでしまいました。
すると、ウサギはぴょんととんで、その穴の中にはいって行きました。
まもなく、その穴の中からいい声で、
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。」
と、歌の声が聞こえてきました。おじいさんは、おどろきました。それで、その声のやんだとき、もう一つおにぎりをその穴の中に、ころがしてやりました。と、またいい声がうたいました。
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。」
おじいさんは、おもしろくなって、おにぎりをつぎからつぎと投げこみ、おべんとうのおにぎりを、みんな投げこんでしまいました。
あくる日のことです。おじいさんは、おべんとうを出したとき、
「きょうは、どうかな。」
そう思って、おにぎりを一つ投げこみました。すると、きのうのように、歌が聞こえました。そこでまた、おもしろくなって、つぎからつぎへ、おべんとうのおにぎりを、みんな投げ入れてしまいました。そして、そのいい声の歌を楽しみました。
また、そのあくる日、おじいさんは、
「きょうは、どうだろう。」
と、お昼におべんとうを食べるとき、また、穴におにぎりを投げました。
やはり、いい声はうたいました。
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。」
それで、またおべんとうをみんな一つ残らず投げ入れてしまいました。いや、おべんとうを投げこんだばかりでなく、ついおもしろがって、おべんとう入れの重箱《じゆうばこ》まで、投げ入れてしまいました。
と、歌は、
「重箱、ころりん、すっとんとん。」
と、うたいました。おじいさんは、あんまりおもしろいもので、こんどは、自分で穴のそばに行き、中をよく見ようと首をのばして、のぞきました。すると、そのとたん、足がすべって、すってんころりんと、穴の中に落ちこみました。
と、こんどは歌が、
「おじいさん、ころりん、すっとんとん。」
と、うたいました。おじいさんは目をぱちくりして、まわりを見まわしました。
おどろいたことに、そこは大きな座敷《ざしき》になっていて、たくさんのウサギが臼《うす》をならべて、おもちをついていました。そして、みんなで声をそろえてうたっていたのです。
おじいさんが落ちてきたのをみると、みんながおもちつきをやめて、おじいさんの前にならびました。
その中のいちばん大きなウサギが、出てきて、おじいさんにあいさつしました。
「おじいさん、おにぎりを毎日ありがとうございました。おかげさまで、おいしくいただきました。きょうは、みんなで正月のもちつきをしております。どうか、ゆっくり遊んでいってください。」
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。重箱、ころりん、すっとんとん。おじいさん、ころりん、すっとんとん。」
と、声をそろえてうたいながら、おもしろくおもちをつきはじめました。
おもちがつきあがると、まずおじいさんにこのおもちを、大きなおさらに山もりにして、持ってきました。
「さあ、おじいさん、たくさん食べてください。」
といいました。
おじいさんが食べてみると、ほっぺたが落ちるように、おいしいおもちでした。おじいさんは、そのおもちをたくさん食べ、帰りには、せおいきれないほど、おみやげをもらって、うちに帰ってきました。
むかしむかしのお話です。
しかし、お正月に近いころ、山へ行けば、きっと、このような穴の中で、今でもウサギが、おもちをついて、
「ころりん、ころりん、すっとんとん。」
と、いい声でうたっているかもしれませんね。では、めでたし、めでたし。