むかし、むかし、美作《みまさか》という国の山の上の道ばたに、一軒《いつけん》の茶店がありました。茶店というのは、そこを通る人が休んで、お茶を飲ませてもらうところです。その茶店に喜平《きへい》という人が住んでおりました。
ところが、ある日の晩《ばん》、りっぱなふうをした武士がはいってきて、休ませてくれといいました。喜平が見ると、はかまやきものや刀なんかは、ほんとうの武士でしたが、顔がどうもへんでありました。
毛がはえていて、口のほうがとがっております。耳も三角で、上につき立っております。これはキツネが武士のまねをしておるのです。
喜平はおかしくてたまりません。けれども、やっとがまんして、笑わないでおりました。
そして、金《かな》だらいに水をいっぱいくんで、
「おさむらいさま。顔をお洗《あら》いなさいませ。」
といって、そのキツネの武士の前におきました。
キツネは武士のようにいばって、顔を洗いに、その水の上にうつむきました。すると、顔が水にうつりました。
それではじめて、からだは武士でも顔はキツネであることを知りました。
キツネはおどろいて、キャーンと鳴いて、茶店からとびだして行ってしまいました。
そのつぎの日、喜平は山へ木を切りに行きました。そして帰ってこようとしておりますと、林の中から、
「きへいさん、きへいさん。」
と、よぶ者がありました。
「なんだい。」
といいますと、
「ゆうべはおかしかったね。」
と、その声がいいました。それで、それが昨晩《さくばん》のキツネだということがわかりました。
むかしは、キツネがこんなに人まねをすることがあったそうです。そしてまた、こんなに人間といっしょに笑うこともあったそうです。
ほんとうだか、どうだかわかりませんが、なんにしてもおかしい話ではありませんか。