むかし、むかし、あるところに、金剛院という山伏《やまぶし》の修験者《しゆげんじや》がありました。山伏の修験者というのをごぞんじですか。頭《あたま》にときんというものをいただき、背中《せなか》にはおいずるというものをおい、手には金剛杖《こんごうづえ》というものをつき、ホラ貝を鳴らして行くのです。それを山伏の修験者というのです。そんなふうをして、この人たちは、諸国の山々をめぐり、難行苦行《なんぎようくぎよう》をして、神仏《しんぶつ》の道をおさめるのです。
で、まずここに金剛院というその山伏がおりました。ほうぼうの山々をめぐり、長い旅をしたあと、ボウボウとホラ貝をふき鳴らして、元気に自分の村へ帰ってきました。ちょうど、村の入口の丘《おか》のそばまでやってくると、その丘の下のやぶかげに、一ぴきの大ギツネが、いい気持で、グウグウいびきをかいて昼寝をしていました。これを見ると、金剛院はいたずら気をだし、そっと、ぬき足さし足で、寝ている大ギツネのそばへよって行きました。そして、ひもで首にぶらさげているあの大ホラ貝を、キツネの耳もとにあてがい、一度にボウーッとふき鳴らしました。いや、キツネのびっくりしたこと、ピョンッ——と、高くとびあがったかと思うと、ころがるようになって逃《に》げて行きました。
「わっはっははは。」
金剛院は、おもしろくて、おもしろくて、ひさしくそこで腹をかかえて笑っていました。しかし、これがキツネにとってはずいぶんくやしかったとみえ、遠くの草のしげみの中まで逃げて行って、そこに、もぐりこんでかくれておりました。
そのつぎの日の晩のことであります。町で修験者のよりあいがあって、きのう村に帰ったばかりの金剛院も、そのよりあいに出ることになっていました。で、村々の山伏たちもほうぼうから集まってきて、つれだって町のほうへ歩いておりました。すると、そのとちゅうで、その人たちはじつにめずらしいものを見つけました。だって、一ぴきのキツネが人の通るのも気がつかず、池のはたで人間に化《ば》けているのです。水鏡に自分をうつしながら、草や木の枝《えだ》を頭にのせたり、肩《かた》にかけたりしているのです。
みんなが足をとめてそっと見ていますと、どうでしょう。キツネはぶるぶるっとからだをふるわせたかと思うと、なんと金剛院のすがたになってしまいました。あっけにとられて、このありさまをながめていたみんなは、
「なんとにくいキツネじゃないか、ああして、今によりあいへやってきて、金剛院だ、といって、われわれをだますつもりなんだろう。どうして、だまされてなんかいるものか、金剛院がやってきたら、すぐひっとらえて、うむをいわさず松葉《まつば》いぶしにかけてやろう。」
そういう相談をいたしました。で、みんなはよりあいに行くと、今か、今かと、この金剛院を待ちうけておりました。そこへやってきたのが、ほんものの金剛院です。そんなことは夢《ゆめ》にも知らず、
「どうも、すこしおくれまして——」
そういってはいって行きました。すると、そこにいる修験者のひとりが、
「ああ、金剛院さんだ。」
そういって、かけよるようによってきて、その片手を取りました。
またひとりが、
「ああ、金剛院さんだ。」
そういって、これもかけよるようにやってきて、片手を取りました。
と、ほかの連中も、
「金剛院だ。金剛院だ。」
と、口々にいって一度にどっとおしよせて、手を取り足を取り、座敷《ざしき》のまんなかへ運んで行きました。そして、みんなでがっしりおさえつけました。
金剛院は、これはどうしたことかと、ふしぎでなりません。すると、修験者の中にいう者がありました。
「早くしっぽを見せろ。」
と、またいう者がありました。
「耳を引っぱれ。それが早道だ、すぐ化けの皮がはげる。」
そんなことばで、だれか、金剛院の耳を引っぱる者がありました。また尻《しり》のほうをさぐる者もありました。そのすえ、ひとりが、
「しかし、よく化けたものだなあ。どこから見ても、金剛院さんそっくりだ。」
こんなことをいって感心しました。
それまでは、なんのことか少しもわからなかった金剛院も、これでやっと、キツネとうたがわれていたことがわかりました。
それで、
「なにをおっしゃる、わたしはほんとうの金剛院です。きのう旅から帰ったばかりです。耳も人間の耳なら、キツネのしっぽなんかありっこありません。」
と、一生けんめいになっていいましたが、キツネとばかり思っているみんなは、なかなか承知いたしません。
「なにをいってる。キツネのぶんざいで、今、われわれはきさまが、金剛院さんにばけるところを見てきたばかりじゃないか。」
と、いう者があれば、
「それ、なわを持ってきて、ぐるぐるまきにせい。こんなことでは正体《しようたい》をあらわさん。」
そういう者もありました。それで、とりどり二、三人の者がなわをとってきて、金剛院をぐるぐるまきにしてしまいました。
そのうえ、竹の棒《ぼう》でぶんぶん背中のほうを打ちました。
「これでも正体をあらわさんか。これでも正体をあらわさんか。」
かわるがわる打つのですが、キツネでない金剛院は正体をあらわすことができません。
「どうせられても、わたしは、ほんとう正真正銘《しようしんしようめい》まちがいなしの金剛院です。けっしてけっして、どんなことがあっても、キツネなんかじゃありませんよ。」
金剛院は弱りはてて、声をしぼっていうのでした。
「こりゃいけない。まだ、われわれをだますつもりだ。では、いよいよ松葉いぶしだ。」
こういう者が出てきました。とうとうそのよりあいの場所の庭で、青い松葉に火をつけました。
煙がもうもう立ちあがりました。みんなはそれをうちわであおいで、金剛院の顔にあおりたてました。キツネでない金剛院は煙にむせて、まったく、ひどいことになりました。
しかし、いつまでたっても、正体をあらわさない金剛院に、みんなはすこし気味わるくなってきました。
「どうも、すこしへんだぞ。ほんとうの金剛院さんじゃないのか。そうだったら、どうも、たいへんすまないことをして、申しわけのないことになってしまったらしいぞ。」
こんなことをいう者も出てきました。そこをねらって、金剛院がキツネでない証拠《しようこ》を見せましたので、やっと、みんなはなわをとき、キツネが化けていた金剛院を見た話をしました。
金剛院も、きのう、ねむっているキツネを、ホラ貝でおどろかせた話をしました。それでキツネが、化けるまねをして、こんなかたきうちをしたことがわかりました。
それからは、昼寝のキツネを見つけても、けっして、ホラ貝などふかぬことになったということであります。
みんなが足をとめてそっと見ていますと、どうでしょう。キツネはぶるぶるっとからだをふるわせたかと思うと、なんと金剛院のすがたになってしまいました。あっけにとられて、このありさまをながめていたみんなは、
「なんとにくいキツネじゃないか、ああして、今によりあいへやってきて、金剛院だ、といって、われわれをだますつもりなんだろう。どうして、だまされてなんかいるものか、金剛院がやってきたら、すぐひっとらえて、うむをいわさず松葉《まつば》いぶしにかけてやろう。」
そういう相談をいたしました。で、みんなはよりあいに行くと、今か、今かと、この金剛院を待ちうけておりました。そこへやってきたのが、ほんものの金剛院です。そんなことは夢《ゆめ》にも知らず、
「どうも、すこしおくれまして——」
そういってはいって行きました。すると、そこにいる修験者のひとりが、
「ああ、金剛院さんだ。」
そういって、かけよるようによってきて、その片手を取りました。
またひとりが、
「ああ、金剛院さんだ。」
そういって、これもかけよるようにやってきて、片手を取りました。
と、ほかの連中も、
「金剛院だ。金剛院だ。」
と、口々にいって一度にどっとおしよせて、手を取り足を取り、座敷《ざしき》のまんなかへ運んで行きました。そして、みんなでがっしりおさえつけました。
金剛院は、これはどうしたことかと、ふしぎでなりません。すると、修験者の中にいう者がありました。
「早くしっぽを見せろ。」
と、またいう者がありました。
「耳を引っぱれ。それが早道だ、すぐ化けの皮がはげる。」
そんなことばで、だれか、金剛院の耳を引っぱる者がありました。また尻《しり》のほうをさぐる者もありました。そのすえ、ひとりが、
「しかし、よく化けたものだなあ。どこから見ても、金剛院さんそっくりだ。」
こんなことをいって感心しました。
それまでは、なんのことか少しもわからなかった金剛院も、これでやっと、キツネとうたがわれていたことがわかりました。
それで、
「なにをおっしゃる、わたしはほんとうの金剛院です。きのう旅から帰ったばかりです。耳も人間の耳なら、キツネのしっぽなんかありっこありません。」
と、一生けんめいになっていいましたが、キツネとばかり思っているみんなは、なかなか承知いたしません。
「なにをいってる。キツネのぶんざいで、今、われわれはきさまが、金剛院さんにばけるところを見てきたばかりじゃないか。」
と、いう者があれば、
「それ、なわを持ってきて、ぐるぐるまきにせい。こんなことでは正体《しようたい》をあらわさん。」
そういう者もありました。それで、とりどり二、三人の者がなわをとってきて、金剛院をぐるぐるまきにしてしまいました。
そのうえ、竹の棒《ぼう》でぶんぶん背中のほうを打ちました。
「これでも正体をあらわさんか。これでも正体をあらわさんか。」
かわるがわる打つのですが、キツネでない金剛院は正体をあらわすことができません。
「どうせられても、わたしは、ほんとう正真正銘《しようしんしようめい》まちがいなしの金剛院です。けっしてけっして、どんなことがあっても、キツネなんかじゃありませんよ。」
金剛院は弱りはてて、声をしぼっていうのでした。
「こりゃいけない。まだ、われわれをだますつもりだ。では、いよいよ松葉いぶしだ。」
こういう者が出てきました。とうとうそのよりあいの場所の庭で、青い松葉に火をつけました。
煙がもうもう立ちあがりました。みんなはそれをうちわであおいで、金剛院の顔にあおりたてました。キツネでない金剛院は煙にむせて、まったく、ひどいことになりました。
しかし、いつまでたっても、正体をあらわさない金剛院に、みんなはすこし気味わるくなってきました。
「どうも、すこしへんだぞ。ほんとうの金剛院さんじゃないのか。そうだったら、どうも、たいへんすまないことをして、申しわけのないことになってしまったらしいぞ。」
こんなことをいう者も出てきました。そこをねらって、金剛院がキツネでない証拠《しようこ》を見せましたので、やっと、みんなはなわをとき、キツネが化けていた金剛院を見た話をしました。
金剛院も、きのう、ねむっているキツネを、ホラ貝でおどろかせた話をしました。それでキツネが、化けるまねをして、こんなかたきうちをしたことがわかりました。
それからは、昼寝のキツネを見つけても、けっして、ホラ貝などふかぬことになったということであります。