むかし、むかし、雨のふる晩《ばん》に、おじいさんとおばあさんが、孫に昔話《むかしばなし》を聞かせていました。孫がたずねていいました。
「おじいさん、この世の中で、何がいちばんこわいでしょう。」
おじいさんがいいました。
「こわいものは、たくさんあるが、人間ならば、まずどろぼうがいちばんだ。」
すると、その時ちょうど、となりの馬屋にどろぼうが馬をぬすみにきて、屋根うらにのぼっていました。どろぼうはこれを聞いて、
(ははあ、おれがいちばんこわいものか。)と、じまんに思って、にこにこしました。
「それでは、けだものでは。」
と、孫がつぎに聞きました。
「けだものでは、まず、オオカミだろう。」
と、おじいさんがいいました。
ところが、またそのとき、馬屋のすみに、同じように馬をとりにきたオオカミがかくれていました。オオカミは、おじいさんの話を聞くと、これもじまんに思って鼻をひくひくさせました。
「もっと、もっとこわいものは。」
孫がまた聞きました。おじいさんとおばあさんは、口をそろえて、
「古屋のもりだ。」
といいました。古屋のもりというのは、古い家の屋根から雨のもることですが、そうとは知らないどろぼうとオオカミは、これを聞いてびっくりしてしまいました。そんなにこわいものがおったのかと、ガクガクブルブル、ふるえだしました。そしてどろぼうは、のぼっていた屋根うらから、ドサッと下に落ちてきました。落ちも落ちた、オオカミの背中《せなか》の上に落ちました。オオカミはおどろきました。それもりが来たと、あわてて外に逃げ出しました。
どろぼうはどろぼうで、これはたいへん、もりの上に乗っかったと思いました。しかし、いま落とされては命がないと思うものですから、一生けんめいにオオカミの首にしがみつきました。オオカミの方では、そうされれば、そうされるほど、死にものぐるいでかけました。そして野をこえ、奥山《おくやま》のはてまでかけて行きました。
そのうちに朝になりました。どろぼうは、もりというのはどんなお化《ば》けかと思って、よくよく見ますと、どうもオオカミに似た化けものです。しかし、何にしてもこれはたいへんと考えておりますうち、木の枝《えだ》がたれさがった下を通りました。このときだと、どろぼうはその枝にとりつき、木の上にはいのぼりました。
それとも知らないオオカミは、めくらめっぽうにかけて、やっと自分の穴《あな》に逃《に》げて来ました。そして心をおちつけて見ると、背中のもりがいつのまにかいなくなっております。そこでようやく元気が出てきて、まず友だちのトラのところへ出かけて行きました。そして、
「トラ殿、トラ殿、おれは、いまひどいめにあってきた。世の中で何よりこわいもりというものに、背中に乗られ、昨夜はひと晩じゅうかけどおしに逃げた。今ようよう穴にもどって来て、命ばかりは助かったが、あいつのいる間は安心してこの山に住んでいられない、ひとつ力をかしてくれないか。」
といいました。これを聞くと、トラは、
「おまえが、そんなにあわてているところを見ると、よっぽどこわいばけものにちがいない。しかし、おれが行ったら最後、いっぺんに殺してみせる。」
と、りきみました。そして二ひきで、もりをさがしにでかけました。すこし行くと木の上にサルがいて、
「トラさん、オオカミどん、ふたりそろってどこへ行くの。」
と、声をかけました。トラとオオカミは、
「おれたちは、今、もりというこの世の中でいちばんこわいものを退治《たいじ》に行くところだ。おまえは高いところにいるが、そんなものを見かけなかったか。」
と、聞きました。するとサルは大笑いをして、
「そういえば、オオカミどんが、けさ背中に乗せてきたものなら、そこの大木の枝にすわっている。あれがこの世の中でいちばんこわいばけものなのか。あんなものならおれひとりでいけどって見せる。」
と、いばりました。サルは人間だということを知っていたのです。しかし、トラとオオカミはむこうの木の上を見ると、人間に似たもりがいて、こっちのほうを見ていますから、またおどろいて、いっしょにほえたてました。
どろぼうは、オオカミの背中からのがれて、やっと木にはいのぼりましたが、それでもまだこわくて、びくびくしておりました。そこへこんどは、トラとオオカミといっしょになってやって来て、ウオウオ、ウオウオほえましたから、いよいよ危《あぶな》いと、その木の根もとのほら穴の中にかくれました。そこで、サル、トラ、オオカミは、そのほら穴をとりかこんで、相談しました。そのすえ、
「この中のもりという化けものを退治たものが、あくる日からは、けだものの中の大将《たいしよう》になることにしようではないか。」
と、約束ができました。すると、気の早い、でしゃばりもののサルは、中にいるのは人間だということを知っているものですから、いちばんにしっぽを穴の中につっこんで、
「こら、もりいるか。もりいるか。」
と、かきまわしました。
しかし、どろぼうもこうなっては命がけです。そのサルのしっぽをつかんで引っぱりました。サルも引っぱりこまれてはたいへんですから、ウンウン、ウンウン足をふんばりました。ところが両方であんまり引っぱりあったものですから、サルのしっぽが根もとからポキンと切れ、サルはころんで、土で顔をすりむきました。それで、サルはキャンキャンいって逃げて行ってしまいました。
オオカミも、
「やはりもりはこわかった。」
と、大声で鳴いて、サルについて逃げて行きました。
トラもこれを見て、
「これはかなわん。こんなにこわいもりがいられては、とても日本にいることもできない。」
といって、とうとう海をわたって、唐《から》の国まで逃げてしまいました。サルとオオカミは、
「おれたちには、海をわたることができないから、もりはこわいが、しかたがない。」
と、あきらめて、日本にいることといたしました。しかし、そのときから、サルはしっぽがなくて、顔が赤く、何かというと歯をむきだすようになりました。オオカミはまた鳴き声があんなに高くなったということであります。
「おじいさん、この世の中で、何がいちばんこわいでしょう。」
おじいさんがいいました。
「こわいものは、たくさんあるが、人間ならば、まずどろぼうがいちばんだ。」
すると、その時ちょうど、となりの馬屋にどろぼうが馬をぬすみにきて、屋根うらにのぼっていました。どろぼうはこれを聞いて、
(ははあ、おれがいちばんこわいものか。)と、じまんに思って、にこにこしました。
「それでは、けだものでは。」
と、孫がつぎに聞きました。
「けだものでは、まず、オオカミだろう。」
と、おじいさんがいいました。
ところが、またそのとき、馬屋のすみに、同じように馬をとりにきたオオカミがかくれていました。オオカミは、おじいさんの話を聞くと、これもじまんに思って鼻をひくひくさせました。
「もっと、もっとこわいものは。」
孫がまた聞きました。おじいさんとおばあさんは、口をそろえて、
「古屋のもりだ。」
といいました。古屋のもりというのは、古い家の屋根から雨のもることですが、そうとは知らないどろぼうとオオカミは、これを聞いてびっくりしてしまいました。そんなにこわいものがおったのかと、ガクガクブルブル、ふるえだしました。そしてどろぼうは、のぼっていた屋根うらから、ドサッと下に落ちてきました。落ちも落ちた、オオカミの背中《せなか》の上に落ちました。オオカミはおどろきました。それもりが来たと、あわてて外に逃げ出しました。
どろぼうはどろぼうで、これはたいへん、もりの上に乗っかったと思いました。しかし、いま落とされては命がないと思うものですから、一生けんめいにオオカミの首にしがみつきました。オオカミの方では、そうされれば、そうされるほど、死にものぐるいでかけました。そして野をこえ、奥山《おくやま》のはてまでかけて行きました。
そのうちに朝になりました。どろぼうは、もりというのはどんなお化《ば》けかと思って、よくよく見ますと、どうもオオカミに似た化けものです。しかし、何にしてもこれはたいへんと考えておりますうち、木の枝《えだ》がたれさがった下を通りました。このときだと、どろぼうはその枝にとりつき、木の上にはいのぼりました。
それとも知らないオオカミは、めくらめっぽうにかけて、やっと自分の穴《あな》に逃《に》げて来ました。そして心をおちつけて見ると、背中のもりがいつのまにかいなくなっております。そこでようやく元気が出てきて、まず友だちのトラのところへ出かけて行きました。そして、
「トラ殿、トラ殿、おれは、いまひどいめにあってきた。世の中で何よりこわいもりというものに、背中に乗られ、昨夜はひと晩じゅうかけどおしに逃げた。今ようよう穴にもどって来て、命ばかりは助かったが、あいつのいる間は安心してこの山に住んでいられない、ひとつ力をかしてくれないか。」
といいました。これを聞くと、トラは、
「おまえが、そんなにあわてているところを見ると、よっぽどこわいばけものにちがいない。しかし、おれが行ったら最後、いっぺんに殺してみせる。」
と、りきみました。そして二ひきで、もりをさがしにでかけました。すこし行くと木の上にサルがいて、
「トラさん、オオカミどん、ふたりそろってどこへ行くの。」
と、声をかけました。トラとオオカミは、
「おれたちは、今、もりというこの世の中でいちばんこわいものを退治《たいじ》に行くところだ。おまえは高いところにいるが、そんなものを見かけなかったか。」
と、聞きました。するとサルは大笑いをして、
「そういえば、オオカミどんが、けさ背中に乗せてきたものなら、そこの大木の枝にすわっている。あれがこの世の中でいちばんこわいばけものなのか。あんなものならおれひとりでいけどって見せる。」
と、いばりました。サルは人間だということを知っていたのです。しかし、トラとオオカミはむこうの木の上を見ると、人間に似たもりがいて、こっちのほうを見ていますから、またおどろいて、いっしょにほえたてました。
どろぼうは、オオカミの背中からのがれて、やっと木にはいのぼりましたが、それでもまだこわくて、びくびくしておりました。そこへこんどは、トラとオオカミといっしょになってやって来て、ウオウオ、ウオウオほえましたから、いよいよ危《あぶな》いと、その木の根もとのほら穴の中にかくれました。そこで、サル、トラ、オオカミは、そのほら穴をとりかこんで、相談しました。そのすえ、
「この中のもりという化けものを退治たものが、あくる日からは、けだものの中の大将《たいしよう》になることにしようではないか。」
と、約束ができました。すると、気の早い、でしゃばりもののサルは、中にいるのは人間だということを知っているものですから、いちばんにしっぽを穴の中につっこんで、
「こら、もりいるか。もりいるか。」
と、かきまわしました。
しかし、どろぼうもこうなっては命がけです。そのサルのしっぽをつかんで引っぱりました。サルも引っぱりこまれてはたいへんですから、ウンウン、ウンウン足をふんばりました。ところが両方であんまり引っぱりあったものですから、サルのしっぽが根もとからポキンと切れ、サルはころんで、土で顔をすりむきました。それで、サルはキャンキャンいって逃げて行ってしまいました。
オオカミも、
「やはりもりはこわかった。」
と、大声で鳴いて、サルについて逃げて行きました。
トラもこれを見て、
「これはかなわん。こんなにこわいもりがいられては、とても日本にいることもできない。」
といって、とうとう海をわたって、唐《から》の国まで逃げてしまいました。サルとオオカミは、
「おれたちには、海をわたることができないから、もりはこわいが、しかたがない。」
と、あきらめて、日本にいることといたしました。しかし、そのときから、サルはしっぽがなくて、顔が赤く、何かというと歯をむきだすようになりました。オオカミはまた鳴き声があんなに高くなったということであります。