火事
ある晩《ばん》のことです。きっちょむさんが便所に起きて、ひょいと、まどから外を見ますと、村に火事がおこっております。どんどんもえておるのです。まだ、たれも知らないらしいので、庄屋《しようや》さんに知らせなければなりません。
しかし、きっちょむさんは考えました。
「こういうときこそ、落ちつかなければならない。」
そこでまず、おかまに火をもやし、お湯をわかしました。それからカミソリをといで、ヒゲをそりました。なにぶん、庄屋さんへ行くのに失礼があってはなりません。
こんどは、タンスの中から親ゆずりのカミシモを出し、それにハカマもはきました。右手に扇《おうぎ》なんかも持って、ユウユウ、カンカン、儀式《ぎしき》に出るすがたで、庄屋さんの家へやって行きました。玄関《げんかん》の外で、エヘン、せきばらいをしておいて、それからしずかにいいました。
「お庄屋さん、ただいま、村内が火事でござります。」
ま夜中のことですから、庄屋さんのうちでも、みんな、よくねむっております。そこへこんなしずかな声ですから、いっそう目はさめません。
「ごめんくださいませ。庄屋さん、ただいま、村内が火事でござります。」
きっちょむさんは、なおもしずかにいいつづけました。何分たったのでしょうか。きっと、二十分も三十分もたったのです。
そのころになって、やっと、庄屋の奥《おく》さんが目をさましました。玄関の外で、なにか、声がすると思ったのです。よく聞いてみると、火事ですといってるようです。
「そりゃたいへんだ。」
ということになり、すぐもう大さわぎです。庄屋さんは気ちがいのようになって、火事場へかけつけましたが、そのときは、火事は消えたあとでした。そこで代官《だいかん》という上役《うわやく》の人に、たいそうしかられました。それというのも、きっちょむさんが、へんな起こし方をしましたからなので、こんどは庄屋さんがきっちょむさんをしかりました。
「きっちょむどん、火事というときは、あんなしずかな起こし方なんかしちゃダメだぞ。とにかく、すぐかけつけてきて、玄関の戸でも、えんがわの戸でもいいから、メチャクチャにたたいて、火事だ、火事だと大声にわめいてくれ、いいか。」
きっちょむさんは、
「はいはい、はいはい。」
と、頭をさげて行きましたが、その晩のことです。やはりま夜中です。きっちょむさん、ぱっととび起きると、軒下《のきした》にあった大丸太をかついで、庄屋さんさしてかけつけました。そして、窓《まど》といわず、戸といわず、めくらめっぽうたたきこわしました。つぎには、家の柱をその丸太でズシーン、ズシーンとつきたおしながら、村じゅうへ聞こえるような声でわめきました。
「庄屋さん、火事だあ、火事だあ。大火事だあ。」
庄屋さんのおどろいたことといったら、たいへんです。顔色をかえて、とびだしてきました。
「きっちょむどん、わかった、わかった。もうたたかなくともいい。家がこわれてしまうじゃないか。しかし、火事はどこじゃ。」
すると、きっちょむさんがいいました。
「庄屋さん、こんど火事があったとき、だいたい、このくらいでいいでしょうか。」
庄屋さんはあきれて、ものがいえませんでした。
しかし、きっちょむさんは考えました。
「こういうときこそ、落ちつかなければならない。」
そこでまず、おかまに火をもやし、お湯をわかしました。それからカミソリをといで、ヒゲをそりました。なにぶん、庄屋さんへ行くのに失礼があってはなりません。
こんどは、タンスの中から親ゆずりのカミシモを出し、それにハカマもはきました。右手に扇《おうぎ》なんかも持って、ユウユウ、カンカン、儀式《ぎしき》に出るすがたで、庄屋さんの家へやって行きました。玄関《げんかん》の外で、エヘン、せきばらいをしておいて、それからしずかにいいました。
「お庄屋さん、ただいま、村内が火事でござります。」
ま夜中のことですから、庄屋さんのうちでも、みんな、よくねむっております。そこへこんなしずかな声ですから、いっそう目はさめません。
「ごめんくださいませ。庄屋さん、ただいま、村内が火事でござります。」
きっちょむさんは、なおもしずかにいいつづけました。何分たったのでしょうか。きっと、二十分も三十分もたったのです。
そのころになって、やっと、庄屋の奥《おく》さんが目をさましました。玄関の外で、なにか、声がすると思ったのです。よく聞いてみると、火事ですといってるようです。
「そりゃたいへんだ。」
ということになり、すぐもう大さわぎです。庄屋さんは気ちがいのようになって、火事場へかけつけましたが、そのときは、火事は消えたあとでした。そこで代官《だいかん》という上役《うわやく》の人に、たいそうしかられました。それというのも、きっちょむさんが、へんな起こし方をしましたからなので、こんどは庄屋さんがきっちょむさんをしかりました。
「きっちょむどん、火事というときは、あんなしずかな起こし方なんかしちゃダメだぞ。とにかく、すぐかけつけてきて、玄関の戸でも、えんがわの戸でもいいから、メチャクチャにたたいて、火事だ、火事だと大声にわめいてくれ、いいか。」
きっちょむさんは、
「はいはい、はいはい。」
と、頭をさげて行きましたが、その晩のことです。やはりま夜中です。きっちょむさん、ぱっととび起きると、軒下《のきした》にあった大丸太をかついで、庄屋さんさしてかけつけました。そして、窓《まど》といわず、戸といわず、めくらめっぽうたたきこわしました。つぎには、家の柱をその丸太でズシーン、ズシーンとつきたおしながら、村じゅうへ聞こえるような声でわめきました。
「庄屋さん、火事だあ、火事だあ。大火事だあ。」
庄屋さんのおどろいたことといったら、たいへんです。顔色をかえて、とびだしてきました。
「きっちょむどん、わかった、わかった。もうたたかなくともいい。家がこわれてしまうじゃないか。しかし、火事はどこじゃ。」
すると、きっちょむさんがいいました。
「庄屋さん、こんど火事があったとき、だいたい、このくらいでいいでしょうか。」
庄屋さんはあきれて、ものがいえませんでした。